清洲会議
信長様の仇を自らの手でとれず、ある意味面目を潰された感のある織田家筆頭家老の柴田勝家は、織田家の後継者や領地の配分を決めるべく、サルたちを清洲城に招集した。
清洲の城。
思えば私がこの世界に来た時に初めて見た城。
お市さま、信長様のうつけっぷり。
思い出せば懐かしい気さえしてしまう。
あれからかなりの時が流れて、また私はここにいる。
清洲城の一室。
一人、正座して気合を込めている。
「正座不得意なのにぃ。
また、よろけて四つん這い姿さらさないでよねぇ」なんて、冷かす別の私の言葉は無視。
足投げ出したり、崩したりして座っていたら、何だか気分もだれちゃう気がしてしまう。
これから、大勝負が始まると言うのに。
障子の向こうの廊下をかけてくる足音が聞こえてきた。
小走りで、テンポが速い。あの足音はサル。
障子にその小柄な姿が映ったかと思うと、障子を開けて、飛び込んできた。
「ねね。予定通りじゃ」
満面の笑み。怖っ!
正座したまま上半身を後ろにそらし気味にして、サルとの距離をとろうと努力してみる。
「わしは腹が痛いので、席を外したい。
代わりにねねと話をしてくれと申したら、勝家も承諾しおった」
今日の清洲会議は官兵衛も付けられない。
サル一人では荷が重すぎる。
そう思った私は、私が代わって参加する事を考えた。
この会議に出るのは柴田勝家、丹羽長秀、池田恒興。
勝家以外なら、サルの味方に付けることができる。
特に池田恒興はサルと共に山崎の合戦に参加している訳で、織田家の中でサルの力が伸びるかどうかで、その戦功の報われ方が変わって来る事を理解している。
長秀は元々サルを嫌ってはいない。
そこに長益を使って、「わしに代わって天下を盗れ」と言った信長様の言葉を伝えさせると、協力を約束してくれた。
今日の会議の最大の障害勝家。
それもサルに具合が悪いので、私を代理に立てるが、大人しい女なので、何も言わないかも知れぬと勝家に持ちかけさせると、受け入れたらしい。
「では」
私はそう言って、すくっと立った。
やっぱ足はしびれ気味でよろけた。
サルにしがみつくくらいなら、四つん這いの醜態の方がいい。
「痺れたぁぁぁ」
顔を歪めながら、畳に両手をついていると、背後からサルの声が聞こえてきた。
「ねねぇ。お尻がそそるのぅ。
後ろから突いていいかのう?」
変態サル! こんな時に欲情するなんて!
「それは他の女にしてくださいっ!」
ぷんぷん気分が足のしびれを吹き飛ばした。
すくっと立ちあがると、勝家が待つ部屋に向かって行った。
いざ、勝負。
勝家たちが控える部屋の障子を開いた。
勝家と長秀が並んで座っていて、向かいには恒興が。そして、その恒興の横に空席があった。
「失礼いたします」
そう言って、部屋の中に入って行き、恒興の奥にある空席に正座して座った。
「ねね。本来は女子などの来るべき場ではないのだが、光秀を討った筑前のたっての願い故、そちの参加を許す事と致した」
一体、何さまのつもり?
そんな思いを隠しながら、頭を軽く下げた。
「ありがとうございます」
「とは言え、当家の行く末を決める重要な会議に、女子が出ておったなどとなっては、世の笑いものになるやも知れぬ。
よって、記録上は筑前の言葉とさせてもらうがよいな?」
何、男尊女卑してんのよ!
と言う思いも隠しつつ勝家見つめて言った。
「それでかまいません」
勝家は不機嫌そうな顔で、私に視線も合わせず、私の言葉に何の反応も示さない。
両腕を組んで、背を逸らしたかと思うと、勝家は私たちを見渡しながら、語り始めた。
「さて、此度、みなみなに集まってもらったは上様、並びに信忠様亡き後の当家の事を決めるためである。
まずは跡目を決め、我ら心ひとつにして、当家を支えていかねばならぬ」
その言葉に、みな小さく頷くのを確認してから、勝家は言葉を続けた。
「信孝さまこそ、跡目にふさわしかろうと存ずるが、いかがじゃ?」
長秀は腕組みをして、目を瞑り、沈思黙考と言う風。
横の恒興も黙ったまま。
「みなみな異存なきと言う事でよいか?」
「柴田殿。それはちとおかしかろうかと」
私の言葉に、驚いた顔を私に向けた。
サルに何も言わないだろうと言われていたのを信じていたらしい。
全く、猪突猛進だけの猪武者。駆け引きできなくて、どうするのか。
「なんじゃ、ねね。申してみよ」
「では」
そう言って、一呼吸置いて、三人を見渡す。
「何故、信孝さまなのでしょうか?」
「当家を率いるご器量をお持ちなのは、信孝さま以外におるまいと存ずるが?」
「当家を率いるご器量?
それは柴田殿のご判断にすぎませぬ。
そのようなものより、みなが納得する理由が必要ではないでしょうか?」
「何が言いたい?」
「上様の跡目は、嫡男信忠様。
その信忠様の跡目は、三法師君。
三法師君こそ、跡目にふさわしかろう思いますが?」
「三法師君はまだ三歳。
当家をおさめられる訳あるまい」
「では、信孝さまをおされておりまするが、当家には信雄さまもおられます。
みなが納得せず、信雄さまをおされる方が現れましたら、当家は乱れましょう。
三法師君を奉じますれば、その決定に誰が異を唱えられましょうや?
信孝さまも、信雄さまも、異を唱えられないのではございませんでしょうか?」
そこで、言葉を止めた。勝家は苦々しげな表情で、口をゆがめている。
「あ! 異を唱えられる方として、柴田殿がおられましたか。
これは失礼いたしました。
で、みなみなが納得される理由をお持ちで?
もちろん、信雄さまもご納得いただく必要ありかと」
返す言葉が見つからず怒りに震えているのか、勝家は両拳をぎゅっと膝の上で握りしめ、小刻みに震えている。
「待たれよ」
口を挟んできたのは長秀である。
「わしは三法師君を推す。
ねねが申す事、もっともと存ずる」
「それがしもでござる」
相手は織田家筆頭の勝家。
その言葉に反旗を翻しにくかった恒興も、長秀の言葉に背中を押された。
これで決まった。
ぷるぷる気味の声と表情で、勝家が言った。
「あい分かった。
では、当家の跡目は三法師君といたそう」
不満げな表情。
とは言え、これ以上信孝を推す事は不利と理解したらしい。
その言葉に、みな大きく頷いた。
歴史通り。
三法師君が織田家を継ぐ事になった。
そして、私は三法師君の養育権を手に入れた。
織田家の後継者、その拝謁の儀。
三法師君を抱きかかえ、大広間に沿って設けられた廊下を歩いて行く。
三法師君に笑顔を向けると、にこりと笑みを返してくれる。
完全に懐かすことに成功!
大広間の一番奥の障子が目の前に来た。
その障子に手をかける。
この障子の向こうの大広間にいるは居並ぶ織田家の武将たち。
「ふぅぅぅぅ」
大きく深呼吸して、決意を固める。
ゆっくりと、障子を開いて行く。
三法師君到着を感じた武将たちが平伏する。
中にはすぐに平伏せず、私に抱きかかえられる三法師君を確認してから、平伏する武将たちもいた。
私を見ても素直に平伏している武将たちのほとんどは、私が何者かなんて知ってはいないはず。
私を知っている者たちの反応は面白かった。
サルは驚きの顔で一瞬固まった後で、平伏した。
長秀や恒興は表情を、驚きから、吹き出しそうな顔つきに変えてから、平伏した。
勝家は怒りの形相で平伏もせず、ぷるぷる震えている。
大広間の一段高いところに進み出て、勝家を見下ろす。
「三法師君ぞ」
嘲笑気味に勝家に声をかけると、ぷるぷる震えながらも、平伏した。
サルが頼りにならないなら、私が表に出てでも、天下を盗る。
信長様のためにも。
お気に入り入れて下さった方、ありがとうございました。
清洲会議、三法師君を抱きかかえて現れたのは、実は秀吉ではなく、ねねだったんです! んな訳、ないですね。




