天下人に、私はなるっ!
私は歴史とは違い、姫路に行く事にした。
もちろん、信長様の仇をサルの軍勢を使って討つため。
そして、あの部屋にいた男たちの一人は、あの日の内に京を立ち、官兵衛の下へ急行し、事の次第を伝えていた。
官兵衛はその報を受けるや否や毛利と和睦し、兵の撤収を開始した。
官兵衛は信長様救出の作戦が成功しようと、失敗しようと、光秀討伐のため、兵を返す準備をしていたため、瞬く間に姫路まで引き返すことができ、私が姫路に到着した時には、すでにサルの軍は姫路に到着していた。
世に言う中国大返しである。
信長様の仇を討つ戦、負ける訳にはいかない。
官兵衛も策を考えてはいるが、不確定要素の多い事を不安視していた。
特に光秀と近い者たちが、どれだけ光秀に加勢するのかと言う事を心配しているようだった。
そんな官兵衛に、私は知っている事全てを告げた。
細川藤孝親子も、筒井順慶も、光秀には付かない事。
大坂で四国攻めの準備に取り掛かっていた信長の三男 信孝と丹羽長秀は必ずやって来るので、味方につける事。
決戦の場所は摂津と山城の境に位置する山崎の地となるであろう事などである。
官兵衛には、それだけで十分である。
あとは勝利に導いてくれる。
それに、歴史が後ろに付いている。
星が輝く空の下、今から出陣である。
松明が映し出す甲冑でかためたサルの後姿を部屋の奥から眺めている。
「これより京に向かい、上様の仇、明智光秀を討つ」
「おぉぉぉぉっ!」
一段低い場所に整列している兵たちが喊声を上げた。
揺れる松明の明かりに映し出される兵たちの顔には昂揚感が浮かんでいる。
嫡男 信忠も亡き後、信長様の仇をとると言う事の意味に感づいているに違いない。
サルが陣貝を手にした。陣貝を吹き鳴らせば、兵たちは進軍を開始する。
信長様の仇をとって! 官兵衛!
「サルじゃなくて、官兵衛なのね?」と、頭の中で別の私が突っ込みを入れる。
当り前じゃん。サルに何ができるって言うのよ。
サルにできるのはあの陣貝を吹き鳴らす事くらいよっ!
「ううん。でも、かっこいいかも」
はい?
今、私の頭の中で信じらんない言葉が聞こえてきた。
自分の言葉に鳥肌を立てながら、首を激しく振って、その信じらんない言葉を頭の中からふるい落とす。
情が移ってきたのかな?
と、少し自己嫌悪を抱きながら、サルの後姿を見つめていると、見知らぬ男の声がした。
「秀吉さま。お待ちくだされ」
今からだと言う時に、何なの?
そんな思いで、サルの近くまで歩いて行った。
兵たちの前に進み出て立っているのは一人の僧侶。
声の主はこの男らしい。
占いかぁ。
ちょっとげんなり。
神も仏も信じない私が、人の占いなど信じる訳もない。
「嘘はだめだよ。都合のいい占いだけ、信じちゃっているじゃん」と、また別の私が頭の中で、突っ込んできた。
そうよ、そうよ! ここで、この僧侶が士気を高めるようないい事を言えばいいのよ!
そんな気持ちで、僧侶に注目した。
「ご覧あれ!」
そう言って、北の空を指さした。
「普段は見えるはず無き北斗七星の横に輝く蒼い凶星。
それが輝いておりまする」
その言葉に、思わず私の背中の筋肉が一気に消滅したかのように力を失い、前のめりになって倒れそうになった。
あんたは北斗○拳とか言う昔のマンガの読み過ぎじゃね?
「いや、この時代、そんなマンガ無いし」と、冷静な私が言う。
「いや、それに、あれは見えた者が死ぬんだよ」と、知ったかぶりの私が言った。
そんな事はどうでもいいのっ!
これから出陣と言う時に何を言うのよ。
「本日、ご出陣なされれば、二度とこの城にお戻りになる事はあるまいかと。
日を改めるがよろしかろう」
そう自信ありげな表情で言った。
一方のサルは近づいてきていた私に気付いて振り返った。
「ねねぇぇぇ」
情けない声。目は涙目。鼻からは鼻水が垂れていそう。
マジで豊臣秀吉になれるの?
そう思わずにいられない。
信長様のための戦い。
サルがだめなら、私が表に立てばいい。
サルの横に並ぼうと、一歩を踏み出しながら、心の中で叫んだ。
天下人に、私はなるっ!
「またパクッたぁ。それ海賊王でしょ」と、頭の中で別の私が言ったけど、気にしない。
「御坊」
私は力を込めた声でそう言うとサルの横に並んだ。
打掛の襟の辺りを手でつかみ、服装を正すと顔に力をこめる。
「それは吉兆でありまする」
「なんと!
ふっ!」
自分の意見を女の私に完全即否定された事が気に入らないようで、嘲笑気味に返してきた。
何も知らぬ者が何を申すか! と言いたいのだろう。
サルは私と僧侶に視線を行ったり来たりさせていて、動揺がありありで情けない。
しっかりしてよねっ!
そう叫びたい気分。
「いいですか。御坊。
秀吉殿の此度の戦の意味をご存じないのですか?
秀吉殿はこの戦に勝ち、天下人になるお方。
天下人たる者のいる場所。それは京に決まっておりましょう。
それゆえ、秀吉殿はここには戻って来ないのですよ」
「おぉぉぉ!」
兵たちより喊声が上がった。
ぼんやりとは感じていただろうけど、「天下人」と言う言葉をはっきりと聞いた兵たちの士気はMax。
ありがとうね。御坊。
災い転じて福となす! ですよ。
何だか私が天下人を目指す気分で、もう一度繰り返す。
天下人に、私はなるっ!
「やっぱ、天下人になるのはサルでしょ」と、冷静な私が言う。
「じゃあさ。今度は二人羽織をサルとするんだぁ」
そんな頭の声に、その姿を想像してみる。
嫌よ、嫌、嫌。
うつけの殿となら、胸さえ引っ付けないでいられるなら、二人羽織だって、我慢できた。て言うか、信長様だったら、ぎゅって抱きしめて、抱きしめ返されたかった。
でも、サルとなら、同じ羽織に入る事さえ嫌!
そんな思いが私の顔を曇らせた。
振り返っていたサルが私の表情を誤解して、怯え始めた。
「ねねぇぇぇ」
「言ったよね。大名にしてあげるって。
そして、秀吉殿はなったでしょ。
大丈夫。今度も勝つから。
そして、天下人にしてあげるから、頑張ってね」
嫌だったけど、サルに近づいて、他の人には聞こえない程度の声で言った。
「しかしじゃなぁぁ」
兵たちの士気は上がっていると言うのに、サルの士気は激落ちらしい。
よっぽどこの僧侶の言葉を気にしている。
「秀吉殿。
お市さまの娘。欲しくないんですかぁ?」
仕方ない。最後の切り札を私は切った。
「マジか? ねね」
私が頷くと、一気にサルの目が爛々と輝き始めた。
「三人ともか?」
ひぇぇぇぇ。姉妹三人とする気なの? 野獣よ!野獣! 変態サル!
「茶々様だけですっ!」
「一人だけか」
何だかちょっと不満げ。マジ野獣よ!野獣!
「いや、獣はそんなことしないと思うよ」と、冷静な私が言って、サルは野獣以下だと主張する。
それはそれとして、ここは良く考えるとお得じゃないけど、お得な気分にさせる言葉で丸めこむ!
「でも、茶々様を何突きもできますよぅ。
いっぱい、いっぱい突けますよぅ。前からですか? 後ろからがいいですかぁ?」
「マジか? ねね。
何突きもできるのか?」
「そうですよぅ。私の言うとおりにしてたらねっ」
サルの顔は上気気味。
しかも、かちゃ、かちゃと言う甲冑の音に目を向けたら、サルが腰を振っていた。
マジ変態。
その変態おやじならぬ、変態サルが兵たちに向き直った。
「よいか、者ども。
これよりわしは光秀を討ちに、京に向かう」
「おぉぉぉ!」
再び兵たちより喊声が上がった。
そんな中、サルが陣貝を吹き鳴らした。
出陣。
いよいよ光秀討伐が始まる。
信長様の仇。私の代わりに、よろしくね。
勝つと分かっていても、両手を合わせて、祈らずにいられなかった。
そして、歴史通りサルの軍勢は山崎の地で、光秀の軍勢と激突し、勝利した。
光秀は落ち延びる途中、落ち武者狩りの百姓の竹やりにかかって死に絶えた。
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