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元・天才子役は一般人になりたい  作者: 宵月しらせ


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18/20

第18話 ケンカ?

 圭介くんの家に友達が大勢行くらしい。

 学校でその話を聞いた時には、我が事のように嬉しくなった。


 友達と一緒に家で勉強会なんて、いかにも“普通の”学生っぽい。

 圭介くんは、間違いなくそういうのにすごく憧れている。

 きっと今頃、心の中でウキウキしているはず。


 そんな中に女子が一人だけ混ざったら、きっとお邪魔だろう。

 喜んで仲間ハズレを受け入れて、私は自分の部屋で、一人でテスト勉強をした。

 換気のために窓を開けたら、楽しそうな笑い声が隣から聞こえて来て……ちょっとさみしかったけど、笑顔になれたのは本当だ。


 これだけ盛り上がっていたら、きっとゴミもたくさん出る。

 友人たちが帰ったら、掃除を後回しにしないように手伝いに行ってあげよう。


 ――さすがに彼女面し過ぎかな?


 なんて自分で自分を笑った。


★★★


 そんな私が圭介くんの家のキッチンで見つけたのは、セクシービデオのDVD。

 表表紙には裸の女の人が映っていて、裏には……見どころが抜粋されていて……目のやり場に困る。


 ま、まぁ、私はそこまでお堅いことは言わない。

 年齢制限がある物とはいえ、誰に迷惑がかかるわけではない。

 私たちの古巣である芸能界は魔界であり、こういうのとは比較にならないヤバいブツも裏で出回っていたりする。

 それと比べれば、かわいいものだ。


 寛大な心で許してあげることにした。

 それはそれとして、こういうのは厳重に管理してほしい。

 私の目の届かないところにしまっておいて、一人の時にこっそり楽しんでほしい。

 今日は友達が来たから、自分のコレクションを披露したりしたのだろうか?


 別に気にしていないけど、せっかくだから、少しいたずらしてやろう。

 「こういうのが好きなんだ。へぇ~」とニヤニヤ笑ってやるか、それとも「私もこういう感じにした方がいい?」とセクシーにからかってやるか。


 とりあえず、どんなDVDがあるかだけでもチェックしておくか。

 巨乳系が多いといいな。

 へへっ、こんなこと考えてる自分も、まぁまぁ恥ずかしいな。


 一枚目のDVDは巨乳系。

 二枚目も巨乳系。

 よしよし、いい流れだぞ。次も巨乳で来い。


 そして運命の三枚目……それはいわゆるロリ系、コスプレ系の作品だった。

 背の低い女優が、幼く見えるメイクをしている。

 ロリ系に関しては思うところはあったが、そんなのは些細な話。


 問題は、その衣装だ。

 非常に見覚えがあるというか……着た覚えがある。


 パッケージにはこう書かれていた。


【〇海〇々激似!】


 ……………………。

 ………………。

 …………。

 ……。

 え?


 私っ⁉

 え、これ私に似せてるの⁉


 こういうののコスプレって、普通はメイドとか競泳水着とかじゃないの?

 実在人物の……しかも子どものコスプレってアリ? それは許されてるの⁉


 ほんの一秒くらいの間にいろんな考えや感情が交錯し、頭の中はぐちゃぐちゃのドロドロ。

 あれもこれもない交ぜになって、ひどいパニック状態の中、唯一はっきり認識できた感情があった。

 怒りだ。


 それから先は、自分でもよくわからないまま感情に突き動かされ、圭介くんのところに行き、彼にDVDの入った袋を投げつけ、


「ねぇ、この袋なに?」


 と詰め寄った。


★★★


「ち、違うんだ‼」


 〇海〇々激似のDVDの表紙を見た圭介くんは、青ざめた顔で声を震わせながら叫んだ。

 ちなみに、私に似ているらしい女優の名前は秋海麗々。

 ……頭に来る名前だ。


「なにが違うの?」


「それは、えっと、その……」


 圭介くんが視線を彷徨わせる。

 長い付き合いなので知っているが、圭介くんは感情を強調するためにわざと大げさに振る舞う癖がある。

 喜怒哀楽のどれなのかを正確に伝えるため、オーバーに表現するのが癖になっている――ということだ。


 感情を誇張する癖のせいで、逆に本心を見抜くのが難しい人なのだが……今ははっきりとわかる。

 ものすごく動揺している。

 演技ではなく、本気で動揺している。


 こんな姿、初めて見た。

 海外ロケに行って、滞在中にその国でクーデターが起きて空港が閉鎖されて帰国できなくなった時も、「こんな珍しいこと経験できるなんてラッキーだね。ニュース番組に呼んでもらえるかもしれないよ」って言って、ホテルの窓から外の様子をスマホで撮影していたくらい図太いくせに。

 それだけヤバい話ってことなのね……。


「なんで私に似た女優のこんなDVD持ってるの?」


 なお、言うほど似ていない。

 相当がんばってメイクして、写真の加工もかなりやっているだろうが、それでもそこまで似ていない。

 きっと本編の動画は、完全に別人にしか見えないだろう。


「ま、まぁ落ち着け。〇海〇々って言い方だと、どっちのことかは不明。春海楽々ではなく、夏海流々似という可能性も――」


「それだと余計に気持ち悪い!」


「た、たしかに……」


 もし私がもっと冷静だったら、夏海流々似のセクシー女優という存在は気持ち悪すぎて、一周回って面白くなって笑っていたかもしれない。

 でも、そういう状態じゃない。とてもではないが、笑える精神状態じゃない。


「どういうつもりでこれを買ったの?」


「落ち着いて聞いて。それは俺のじゃなくて、土産として置いていかれたものなんだ。そんなのが入っているなんて、今の今まで知らなかった」


「そんな言い訳が通用すると思う?」


「事実なんだよ。なにが悲しくて俺のコスプレしてる女のAVなんて見なきゃいけないんだよ。俺にとっては拷問と同じだよ」


 …………一理ある。

 私にとっては羞恥と怒りが湧いてくる作品だが、圭介くんにとってはまたさらに別の苦しみが湧くだろう。

 そういうのをひっくるめて楽しんでいる変態だとは……思いたくない。


「……これが圭介くんの私物じゃないって証拠を見せてくれたら許してあげる」


「わかった」


 圭介くんはさっき来ていた友達に連絡して、「いつまで返却すればいいんだっけ?」「置いて行ったのDVDの中でおススメは?」などの質問をした。

 そのやり取りの一部始終を私はチェックし、どうやら本当にただの土産だということに納得した。


「これでわかってもらえた?」


「……うん」


 頷いたが、心は晴れない。

 頭では私の勘違いだったと理解したが、怒りは全然収まらない。

 でも、なにに対して怒っているかもあいまいだ。


「よかった……いや、さすがにこんなの興味ないって」


 そう言って圭介くんは、例のDVDを袋にしまった。

 急遽明日には返すことになったようなので、後は明日まで私の家で保管すれば、何事も起こらない。

 そう、なにも起きなかったのだ。だからいいじゃないか。


 ……だというのに、まだふつふつと怒りが湧いてくる。

 一体なにに対して? 私は圭介くんのなにに怒っているのだろう?


 怒りたくない。圭介くんとケンカしたくない。

 私のことを怖がって、顔色を窺っている圭介くんなんて見たくない。


 だから、この怒りの原因を突き止めて解決しないと。

 私は圭介くんのなにが許せないんだ? それがわからない――。


「あ、そうか」


 天啓のように答えが降りてきた。


「圭介くんに怒っているわけじゃないだ」


 なにに怒っているのか考えてもわからないなら、原因は圭介くんにはない。

 そういうことだ。


「私のコスプレをしたDVDが売られていて、買った人は私を想像しながらこれを見てる……それが許せなかったんだ」


 答えを自分で口にした途端、心が一気に軽くなった。

 私はこのDVDの存在そのものに対して怒っている。

 圭介くんが持っているかどうかは、実は問題じゃなかったのだ。


 でも、このDVDが圭介くんの家にあったものだから、ごっちゃになって圭介くんに怒りをぶつけてしまっただけだ。


「ごめんね、圭介くんに八つ当たりしちゃって。そもそも圭介くんもこれの被害者だもんね。異性からより同性から性的な目で見られる方がキツイよね?」


「はっきり言われると、余計に気持ち悪く思えてくるな……。これだけ割ってしまって、別のやつを買って返すか。新作を二本買って謝れば、たぶん許してもらえるだろう」


「それはお金がもったいない気がするけど……それくらいしてもいいかもね、この特級呪物を消し去るためなら」


 それから二人で笑って、私はDVDを圭介くんの手から奪い取ると、それだけ抜き取って手で折って割ろうとした。

 でも、DVDというのは意外と硬くて割れない。こんな薄いのに……。


 ここであきらめるわけにはいかない。

 棚から爪とぎ用のやすりを取り出し、それで表面をガリガリ削ってやった。

 どうだ、どんなに高性能なプレーヤーでも、これなら読み込めまい!


「なんか怖い……そこまでするか」


「いいの、自分の手で物理的に破壊しないと安心できないから」


 そう言って、DVDをゴミとして片付けた。

 いろいろあったけど、これで解決。


「はぁ、疲れた……」


 ソファーにぐでっと座る。

 ずっとテスト勉強してて脳を酷使してたのに、最後の最後で怒りを爆発させて感情のエネルギーまで使い切った。

 もう空っぽだ。まともに考える余力なんて残ってない。


「もう怒ってない?」


 圭介くんがまだ怯えた表情をしながら、私から少し離れたところに立つ。


「座って」


 私は自分の隣を叩いた。優しく、ぽんぽん、と。

 圭介くんは恐る恐るそこに座る。

 私は彼の肩に頭を載せた。


 力を使い切っていて疲れたせいか、まぶたが重い。

 このまま目を閉じて眠ってしまいたいくらいだ。

 というより、もう半分くらい閉じている。


 視覚を遮断して圭介くんのぬくもりを感じていると、怒りが通り過ぎた後のまだカサカサした心に、潤いが戻って来るのがわかった。

 もう半分以上夢の中。


「怒ってないよ。そもそも大好きな圭介くんとケンカなんてしたくない。いつでも仲良く……なんならラブラブになりたいんだもの」


「え……ラブ?」


「うん、ラブラブになりたい………………」


 あれ、なんか……告白にしか聞こえないこと言わなかった?

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