32.王子と城下へ
馬車で揺られること数十分。出店で賑わう繁華街に着く。
エスコートに王子が手を差し伸べてくれたので甘んじて受け入れることに。
急な王族の登場だったのもあり、周囲の住民の視線が集まる。
「シイユ様。あまりおそばを離れませんよう」
「はい」
クロードの助言を素直に聞き入れ、すぐ後ろにユイがつく。…まあすごい厳戒態勢だ。
「…随分と過保護な護衛ですね。私もいるというのに」
「ケルヴィン殿下がお強いのは承知しておりますが、念には念を。これがお仕事ですのでご容赦を」
ちなみにクロードの「殿下がお強い」というのは社交辞令である。そう言っておいた方が丸く収まるのだ。
まさかクロードの正体が魔族だなんて口が裂けても言えないので、ものごとを順調に進めるためにはこれが最適。
ケルヴィン王子もしぶしぶ納得していた。
「殿下も、くれぐれも目立つ行動はお控えくださいね」
「私は子供ではないぞ」
「存じ上げております」
ムスッと不機嫌になる。
対してクロードは冷静に受け答えしていた。これが長年魔王に仕えてきた魔族としての貫禄か、すげぇな。
「…まあ、格好でどうしても目立ってしまいますけど」
現在進行形で周囲の注目を集めている。豪華な馬車から高貴な衣装の男女が降りてくれば当たり前である。しかも片方はこの国の王族だ。
絶対に目立つな、という方が無理。
「普通に楽しめばいいのです。普通に」
普通にって二回言ったぞ。
きっと、私が純粋な王女だったら“普通”の楽しみ方も分からなかっただろう。
けど!私は元スラム育ち!
一般的な楽しみ方の常識ならこの場の誰よりも把握している!!
普通に全力で楽しむ!
「ケルヴィン様、城下は初めてですか?」
「自国の城下をたまに視察で訪れます。…こちらは初めてですが」
「そうですか。私も初めてですので楽しみましょう!」
嘘だ。厳密には二回目。あのときはお忍びで目的があった。アルバトロスに再会して中断したからあながち間違ってもいないが。
私が明るくそう言うと、王子も気持ちを切り替えたらしい。「そうですね、楽しみます」と前向きな返答がきた。
市場や出店が立ち並ぶ大通り、立ち食い専門の屋台からは美味しそうな香りが流れてくる。
「…良い香りがしますね」
「食欲そそられますね!」
あとで食べに行ってみるか。こういう屋台の食べ物は大体めっちゃくちゃ美味い。いや、王城の食事も美味しいんだけどね? こう、がっつくタイプのは別の美味しさがあるんだよ。
「あら、こちらはアクセサリーを売っているようです!」
「…へえ。職人は腕がいいですね」
「いらっしゃい!どうぞ見てってください!」
「何かお召しになってみますか?」
「私が、ですか?」
王子にブローチを勧めてみた。
衣装にも映えて、良い感じになるだろうと。
けど、勧めた瞬間ふと思い出す。
王家にはお抱えの宝石商がある。高価な宝石と職人の技術が詰まった至高の一品。その存在がより王家の気品を際立たせるのだが。
こんな不用意に、いち商店の品物を勧めてしまって、無礼にならないか。
楽しもうと意気込むあまり忘れていた。私もそうだが、彼も王家の人間なのだと。
予想通り、王子が困惑している。
あやべ。やっちまったかも。ひえ。
「……あ、あの。」
「…では、貴女にはこれを」
「えっ」
王子が手にしたのは髪飾り。ただのガラス玉だがよく磨かれていて陽の光に反射してキラキラしている。シャラシャラと揺れる装飾も可愛い。
それを、ゆっくりと私の髪へ近付けた。っえ。待って。
未婚の男女が物を贈り合うのって婚約者同士か求婚のときだって確か––––
パシッと王子の腕が掴まれた。その手はクロードのものではない。一体誰の。
視線をその先へ向けると、見覚えのある人物。
「…失礼。婚約者同士でもない男女の贈り合いは、禁忌と聞いていますが」
そこにいたのは、あの社交場で出会った、「魔王を善人」と呼称する勇者その人だった。




