30.闘わない勇者
「貴方は、魔王討伐には向かわないのですか」
勇者といえば、魔王の討伐。誰でも考えつくことである。
自称勇者は口だけ達者で結局一度も行かなかったが。
目の前の少年は、私の問いに少し考えてから答えた。「なぜ?」と。
……………なぜ???
「…なぜって。勇者は、魔王を討伐するものでは?」
「誰が決めたのですか?」
「…?????」
話が噛み合わない。
「……えっと。貴方は勇者でしょう?」
「……僕の生まれた村では、誰もが勇者です」
???
「ええ。そうだけど…」
「王女殿下は、魔王は絶対悪だと思っておられるのですか」
「えっ?」
予想外の質問である。ていうか、意味が分からない。
みんな、魔王は悪だと思ってるんじゃないの?だから、魔王を討伐する勇者がいるんじゃないの。
村長がやれやれといった感じで呆れている。
「僕は、村では異端者とも言われています。…その理由は、さきほど村長が言ったように闘いが嫌いであることも含まれていますが…。僕自身は、魔王は実は悪いやつではない、と思っているからなんです」
……………!!???
衝撃の発言。
クロードとユイも固まっている。
村長に至っては「言っちゃった」と顔を覆っている。
「……誠に申し訳ございません、王女殿下。こやつ、幼い頃からなぜか、“魔王は優しい人なんだ”と言い張っていて。大昔人間界に侵攻してきた話をしても、全く聞く耳を持たず…。数年前の魔王の復活以降、国王陛下が苦労されているというのに……。これでは面目が立たないので、一度王女殿下に激励をいただきたく、実は参った次第でございます……」
「…そういうことだったのですね…」
意外すぎる。人間界の常識、“魔王は討伐されるべき悪”というのが根強い。だからこそ正義である勇者が存在する。
その悪たる魔王が、実は悪ではないとなると、勇者とはどういう存在なのか。
「なぜ、魔王が悪ではないと?」
「実際にこの目で見れば分かります」
…はて。
「魔王に会ったのですか?」
「そうとも言えます」
謎解きか。
「もっと分かりやすく教えてくださいな」
「……今の魔王が、真に悪ならば。現在の人間界などとうの昔に滅ぼされているはず、ということです」
その言葉にいち早く反応したのはクロードで、ユイも警戒した。
「面白いことを仰いますね。まるで魔王が人間界を滅ぼす気などないと言いたげだ。…随分と魔王のことを分かっておられるようで」
「“分かっている”のではなく、事実です。今の魔王の実力は迷宮の数を見れば明らか。なのに、冒険者に闘いの場を与えるのみで実際には侵攻してくる様子もない。…となると、よほど酔狂なのか、人間が迷宮に挑戦しているのを見るのが好きな変人か」
結構的を得ているぞ、この勇者。
只者ではない。いや、勇者なんだから当たり前か。
確実なのは、自称勇者とは比べものにならない実力者ということ。クロードとユイの警戒心が高まる。
「魔王を侮辱とは、物好きな勇者で」
「侮辱なんて恐れ多い。例え話です。言ったでしょう、魔王は、本当は悪者ではないと。いつでも滅ぼせるはずの人間界に侵攻しない、酔狂でも変人でもないならそれは善人、優しい人だから。それだけです」
勇者の発言に悪気がないことは明確なので、二人に指示して下がらせる。
この勇者は魔王(私)を討伐しないと明言している。なら、私がすることはただ一つ。
「…平和に、穏便に。事が済むのであれば私としても願ってもないこと。私に出来ることがあるならば協力は惜しみません」
一国の王女として、表向き勇者に協力することだけだ。
『魔王様。あの勇者、危険です』
一見のどかな会話を終えた矢先、クロードからの思念伝達。
あれだけ真正面にいても、結局勇者の実力や魔力の底が見えなかった。こんなことは初めてである。
クロードも全てを暴くつもりでスキル透視の眼も使ったのに、それでも見えなかったらしい。
『敵意も闘う意思もないなら、様子見でいい。ここで無駄に闘ったら、それこそ私の正体もバレちゃうよ』
『しかし…!』
『それに、魔王を討伐しないっていうの、本心だと思う』
人、魔物、魔族。
いずれの種族にしても、“眼”は正直だ。
よほど上手に隠さなければ眼に感情は現れる。
彼は…勇者は。
とても優しい眼をしていた。相手が王女だからというのもあるだろうが、討伐すべき魔王の話の最中ずっと心優しい眼だった。あれは本心から「魔王は悪ではない」と思っている眼だ。
『仮に嘘だったとしたら、前の自称勇者みたいにアルバトロスのところに送ろう。こっちから下手に関わらないでいい』
『承知いたしました』
『警戒を続けます』




