【4:悪人と書いてナマエと読む】
時は少しだけ、ジョーがエクスプロードを蒸発させる少し前にさかのぼる。
頭上に迫る火球。
「……割の合わねえ仕事だったぜ」
刻一刻と迫る死を見つめて、俺はどこか冷静に、今までの人生を思い出していた。
――物心ついた時から、俺は悪だった。
親はどこの誰かもわからず、気づけば貧民街で泥をすする日々。
普通のガキが最初に覚えるのは多分、うまい食いもんとか、親からの愛なんだろうが、
俺が一番最初に覚えたのは嘘で、次は盗みだった。
どちらも生きるための術で、周りはみんなやっていた。
もちろん、できないやつもいたが、そういうやつは死んでいった。
「おい。今日の取り分をだせ」
「……」
「何黙ってんだ!!!」
蹴られる。呼吸ができず、ゲホゲホとむせた。
クソみたいな場所でも、どれだけ落ちた地獄の底でも、弱者をしぼるのはそいつより強い弱者だ。今は偉そうにふるまっているが、貴族に上がりの一部を上納することで、見逃してもらっているらしい。
結局は貴族にこびへつらうクズのくせに、俺らみたいなガキを集めて窃盗団を結成し、町にくる冒険者から金品をあつめる。
さしずめそいつはごみ溜めの王だった。
幸い、俺はガキの中じゃ覚えがよく、自分一人生かす以上の成果をあげることができた。
誰も何も言わなかったが、窃盗団では、リーダーのように扱われていた。
「さっさと出せばいいんだよ 手間かけさせやがって。」
俺はよろよろと立ち上がり、その場所を後にする。
早く死んでしまいたいと思っても、それでも腹は減るし、目の前に出されたパンはかじるしかない。
外で待っていた仲間たちが心配そうに俺の体を支える。
同じく搾取されながらも生きる俺たちが、身を寄せ合うのは自然なことだった。
「リーダー!あいつら、またリーダーにひでえことを……!」
「止せ、いい。それより、ほら……今日の飯だ。わりいな、このくらいしか残せなくてよ」
「あの、それはその、大丈夫っす……今日、その、新入りのやつが捕まって……その、えーと……」
「あぁ……」
人数が減れば、取り分が増える。
生きることを諦めたやつを横目に見捨てて、誰かの不幸を生みながら、それでも意地汚く生きるしかない。
……それでも、現実は想像以上にゴミだった。
その日、俺はいつも通り『仕事』に行こうとすると、
声をかけられた。
「――おい、お前、今日はいつものとこじゃなくて、ここに行け」
「――え、はい」
あの時のことを考えると自分の馬鹿さにうんざりする。
身体が出来上がりつつあり、ガキをまとめる求心力のあった俺を危険視したあのクズが、
俺を人買いに売り飛ばすための罠だった。
……その後は、そりゃあ俺なりに頑張ったんじゃないかと思う。
流れ流れて暗殺組織に買われた俺は、そのつかいっ走りをしながら技を盗んだ。
いつか、あのクズに復讐をするために。
だから、今度の任務は実に都合がよかった。
あの町からの依頼だ。
何も知らねえ田舎のガキを殺せ、ね。
ホント何も変わらねえごみ溜めらしい。
俺は任務を利用し、あのクズの前に姿を現した。
見慣れたきたねえ館……
でも……そこにはもう、誰もいなかった。
貧民街に行くと、見慣れた顔のやつらが驚いた表情を浮かべながら俺を迎えてくれた。
だいぶ顔ぶれが減っちまったが、それでもしぶとく生きてたらしい。
みんなとくだらない話をしていると、俺がいなくなった後にこいつらをまとめていたデインが涙を浮かべながら近づいてきた。
ひげ面で相変わらずきたねえツラだが、こいつの夢が裁縫で洋服を作ってみんなに着てもらうことだってことを俺は知っている。
「リーダー……!生きてたんすね……二度と会えないのかと思って俺……!!」
「あーそういうのいいから。で?あのクズはどこだ?だまし討ちのお礼をしてやらないと気が済まねえ」
「あいつなら、死にましたよ」
「……は?死んだ?」
「えぇ……なんだったかな、何かの仕事をしくじったとかで、消されちまいました。」
「……そう、か」
「で?リーダーは今何してるんです?」
「俺は……」
少しためらう。
話してしまったら、こいつらを巻き込んでしまう。
今までやってきたスリとは違う。明確に、人間を殺す任務だ。
しかも、俺は組織にしてみれば1度限りの使い捨て。
殺してしまえば追われる立場になるだろう。
とてもじゃないが、話すわけには……
「俺、嫌っすからね。またリーダーいなくなるの」
「え……」
「俺……ううん。俺らは、リーダーについていくっす。今いるメンバーは、リーダーがくれたパンで育ってきたっす。リーダーが作ってくれた地図で捕まらなかったっす。」
「リーダー、いや、ムーンさん。俺らを、巻き込んでください。」
ムーン。夜を照らしてくれる月明り。
いつかみんなにつけられた俺のあだ名。
呼ばれるのを嫌がってるのに、こいつらがやめる気配がなくて定着してしまった。
馬鹿のくせに、汚い土下座をする馬鹿ども。
……俺は、どうやら責任を取るしかなかったらしい。
その後は、雇った魔法使いを加えて任務に向かい……
ふっと、意識が現在に戻る。
目の前で落ちてくる、視界を塞ぐ大きな火球は、まるで運命の先に聳える壁そのもので。
熱さに耐え切れず伏し倒れる仲間たち。
それは、世界からの断罪だった。
ずっとずっと、こう生きるしかなかったのに。
俺は、俺たちはまだ、自分の生き方を一度も決めたことなんかなかったのに。
ここに飛び込むために、生きていたとでも?
「よう、神様よ、もしいるならさ」
「……最後に一度くらい……願いをかなえてくれよ」
「クソッタレ……!」
その時。
同じく巻き込まれただけのそいつは、真っすぐその壁に立ち向かっていった。
そして、まるで何かをつかむかのように運命に手を伸ばし――
「筋肉は、身体の中で最も熱を生産する。」
「熱を生産するということは、最も体温が高くなるということだ」
「つまり――」
「――炎より高い体温の俺には、炎耐性がある。」
――あっけなく、壁は蒸発し。
空にはきれいな月が、輝いていた。




