【10:激重俺女と書いてムーンと読む】
「……まあ、俺の話はそんなところですね……」
ジョーは自分の経験をかいつまんで話すと、湯気の立つ器にそっと息を吹きかけ、ほんの少しだけパイジィの作ったスープを口にした。
「あぁぁあ……」
まるで登山に行って帰ってきた人間が、くたくたのまま温泉につかるような声を出している。
しばらく味わうと、器を見つめ、ためらいがちに口に含む。
そして、嘆息。
そんな様子を見ながら、パイジィは先ほど聞いた話について考えていた。
「ええと、つまり、ジョーさんは……違う世界からいらっしゃったんですか?」
「はい、その通りです。パイジィさん。」
「あの……なんでさっきから敬語なんでしょうか……?」
ジョーは居住まいを正す。
神にささげるように両腕で器を差し出した。
「……本当に、美味しいからです。俺のために毎日スープを作ってくれませんか?」
「えっ!?」
「パイジィさんのこと、命を懸けて守ります。素材集めも、護衛も、全部任せてください……だから、どうか……!!」
「ちょ、ちょっとジョーさん!そんな、いきなり……」
パイジィは顔を赤らめ、地に頭をこすりつけんばかりのジョーを制止する。
しかし、
もう二度と……とか、ダークマターは……というつぶやきが耳に入ったことで、
そういう意味ではないのだ、と理解した。
戸惑いが消え、ふ、と笑みがこぼれる。
この人は、あんなに強くて、私の命の恩人なのに、なんで低姿勢でお願いしてるんだろう。
命令すればいいだけなのに。
「……無理やり作らせないんですか?」
少し、意地悪な質問だったろうか、とパイジィが後悔する暇もなく、ジョーは即答した。
「しません。それではパイジィさんが笑顔で料理を作れませんから。」
「……ジョーさん……」
正直、かなり魅力的な提案だ。
普通、ジョーほどの護衛を雇う場合かなりの金額がかかる。
だが、これ以上ジョーを巻き込んでもいいものか……
パイジィが迷っていると、思いがけない方から背中を押す声がした。
「……その提案、受けるべきだと思うぜ」
「ムーンさん!まだ寝てないと……」
おぼつかない足取りで現れたムーンに、パイジィが心配そうな声を上げる。
平気さ、と言いながらも、支えがないと辛そうだ。
「……ジョー兄ぃ。頼ってもいいかい?」
「ん?ああ、構わないが」
ニコッと笑うと、そのスタイルの良いしなやかな身体をジョーに寄りかからせるムーン。
それを見たパイジィの心の底でモヤッ……と何か動いた気がした。
自分の心の動きに気を取られていると、ムーンが続けて話す。
……そこまで密着する必要はないのでは?と思うが、その表情は真剣だ。
「俺がいうのもおかしいんだけどさ。パイジィ、アンタこのままだと近いうちに殺されるぜ」
「え……」
「俺がいたのは腐っても暗殺組織だ。失敗したらメンツにかかわる。またすぐに俺の代わりが来るだろうよ。……なにせ、あの魔法使い、いつの間にか姿を消してやがったからな……アイツが喋ればアンタの無事が町中に広まるぜ」
「わ、私はちっぽけな庶民ですよ?流石にもう依頼を取り下げる可能性は……」
「……ねえな。確かにアンタは貴族にとってはちっぽけな存在だろう。
でもな、だからこそ、メンツ潰してのうのうと暮らしている奴がいる、なんてのはプライドが許さねえんだよ。」
当たり前の事実のように淡々と告げられる。
さんざん貧民街で貴族の汚さを知っているムーンの言葉には、重みがあった。
それでも、やはり恩人を巻き込んでもいいものか、とパイジィがうつむいていると、黙っていたジョーが手を挙げた。
「一つ、いいだろうか。」
「パイジィさん。あなたの料理はおいしい。とてもうまい。」
「え……?え?」
パイジィの手をとるジョー。
その視線は熱っぽく、真剣そのものだ。
真剣すぎて敬語まで吹っ飛んでいる。
……ちなみに、寄りかかるムーンの眉がぴくりとしたが、誰も気づいていない。
「あなたがどれだけ真剣に料理に打ち込んできたか、伝わってくるんだ。
具材の切り方一つとっても歯に障らないように筋を見てきちんと切ってあるのがわかる。
皮むきは丁寧で、アク抜きにも手を抜かない。しかも、けが人がすんなり食べられるようにクタクタに煮込んでいるのに、風味が損なわれていなかった。」
「あ……う……」
「俺は、あなたの料理を毎日食べられるなら、命を懸けられる。だから、お願いだ――俺に、あなたを守らせてほしい。」
「――」
ぎゅ、と手に優しい圧が加わる。
……これはずるいと思う。
ほめ殺しの後にこんな、殺し文句のダメ押しなんて。
ああ、でも。この人は多分、そういうつもりじゃない。
パイジィはくすりと微笑み、意地悪を言った。
「……食べられなかったら、助けてくれないんですか?」
目を見開き、明らかに動揺するジョー。
「むろん、食べられなくとも助けてほしいと言われたら助けますとも。食べられなくてもな。うん。……え?……食べられ……ない……?……そんな……あああ……」
手が震え、声がどんどん小さくなる。
あからさまに肩を落とし、この世の終わりのような表情。
「ふふ……冗談です。……この申し出、ありがたくお受けいたします。
今、この瞬間から、私パイジィはジョーさんを餓えさせないことを誓います。」
「パイジィさん――!」
目を輝かせ、手をぶんぶんと振るジョー。
涙まで流している。
つられてパイジィまで笑ってしまう。
そんな様子を見ていたムーンは、ニッコリと笑って言った。
「はい、よかったよかった……じゃあ、俺もジョー兄ぃたちを命を懸けて守るね?」
「え?」
パイジィが間抜けな声を出す。
ムーンは笑顔を崩さないまま続けた。
「だってさ、俺、暗殺失敗しちゃったもん。このままじゃ俺も消されちゃうかもだし。それならジョー兄ぃと一緒に戦った方がいいじゃん?それにそれに」
「……女同士じゃないと守れないこともあるかもだし?」
「……確かにな。お前が殺されるのは、俺としても避けたい。……パイジィさんはどうかな?」
「ありがと、ジョー兄ぃ。……パイジィも、それでいいよな?」
表情こそ柔らかいが、声は全く柔らかくない。
有無を言わさない感じがある。
いや、言ってることはもっともらしいし、反論する理由もないといえばないのだが。
「え、と――デインさんたちを残すわけにはいかないんじゃ――」
「大丈夫。アイツらはアイツらでやってもらうことがあるし、そもそもずっと俺なしでやってきてたし。それに、距離が近い方があぶねえってこともある。巻き込んじまうからな」
「……確かに……」
むぐぐ。
そういわれてしまうと、何も言えないパイジィ。
そんな彼女の耳もとに、そっと口を寄せてムーンは囁いた。
「……俺は2番目でもいいからさ?」
「な――」
その意味を把握するのは一瞬だったが、うまく反論ができないパイジィなのだった……。




