プレゼント
ノンケの課長についうっかり告白してしま…って…って、え?
(及川目線)
「ゴンズイ玉!」
ピンポンピンポンピンポーン、正解です!と一人で答え一人で騒ぐこの場にはふさわしくない 調子のいい声とクイズ番組のけたたましい歓声が事務所に響く。
「し ず か に し て く だ さ い 課 長ぉ~」
これでは週の頭から何で残業なんかしなきゃいけないのかの八つ当たりを、 ここでのん気にテレビなんか見ている陣内課長にしたくなっても仕方がないんじゃないだろうか。
「オウ悪い悪い」
そう言ってテレビ本体の電源ボタンを押す課長。リモコンはずいぶん前になくしたとかなんとか。
だいたいなんで事務所にテレビがあるんですか、と聞いたら、ウチが唯一スポンサーをやっている ローカル番組のウチのCMを見るためだけに導入されたと聞かされた。 昼前に放送されるローカルワイドショーだから就業時間内なので、結局誰もテレビをつけたりしないんだけど。
ウチの会社は東北の玄関、S駅にも商品を納品している弁当屋だ。他にバスツアーの行楽弁当などもやっている。
で、俺がなんで居残っているかと言うと弁当箱。 今度請け負う旅行会社のバスツアー弁当がそのイメージにあわせての特別注文で、 ちょっと違った材質のものをいつもとは違うパッケージの会社で発注したのだが。
「大体課長がこんな注文OKするから」
まぁ、普段はいつも付き合いのある弁当箱屋さんの規格の弁当箱に詰めたものを こちらから提案して選んでもらう事が多いんだけれど、 最近は消費者の好みの細分化と言うことでこういった特注もよく入る。
「おいおい、そりゃあないだろう。期日までに用意できるって言ったのは及川君でしょー」
で、今回はエコツアーとか何とかでリサイクルがしやすい材質のーとかそういう事で いつもと違う紙器屋にお願いする事にして、その手配を俺がしたわけなんだけど。
ところがこれが今週末のその旅行に間に合いそうに無いという連絡が来た。 先だっての台風による大水で、工場に浸水し、大きなダメージこそ受けなかったが作業が滞っているらしい。
もっとも、実際は別にそれ程切羽詰った状況ではない。何の事は無い駄目なら駄目でいつもの会社の 似た規格の弁当箱を用意するとか、方法は他にもある。 ただ旅行会社やツアー客の印象は悪くなるから今回はしのげても次の仕事はないかもな。
で、今は社に戻って向こうからの電話を待っている状態。 もう自分がやるべき事をやって待ちの状態なので、こういう時って逆にしんどい。
「はぁ」
待っている間に他の仕事を片付けていると、背中越しにプシッ、と炭酸飲料のプルタブを開ける音が聞こえた。
「……何やってんスか」
「や、もういいでしょう、俺は今日もう終わってるし」
「課長~」
胡坐をかいて事務所の椅子に反対向きで座って、 背もたれを抱えてぐるぐる回りながらビールを飲んでいる。しらねぇぞ、悪酔いしても。
陣内課長は始終この調子だ。とにかくおちゃらけてないと気が済まないらしい。 本人仕事は出来る方かと言うと???だが、ムードメーカーで人を乗せるのが上手いから、 課長がいるだけで仕事がいいリズムで進んでいく。所謂人心掌握に長けている人、なのだ。
部下の誕生日なんかいちいち覚えていて、しかもちょっとしたプレゼントをくれる。本当にちょっとしたものだ。 パートのオバチャンにはハンドクリームとか、事務の女の子にはお菓子とか。
俺も去年お菓子を貰った。いつどこで聞きつけたのかいわゆる食玩。 俺がそん時集めていた恐竜の精巧な模型が入っているヤツ。 お子様にはこれだな、とか言ってニヤリ、と笑う。これがぜんっぜん嫌味じゃない。
今も自分の机の引き出しを開けてなにやら並べている。 歯磨きガム、かわいい付箋、変な形の消しゴム、やっぱりハンドクリーム。 パートさん多いからね。
俺はその中にまたあの食玩がないかとちらっと目を走らす。引き出しがぱたん、と閉まる。食玩系のお菓子は、ない。
「またそんなモノ買い込んで」
俺はついすねた口調になる。だって、課長、知ってるはずだから。
「小さい買い物って結構ストレスの解消になるだろう、これで皆も喜んでくれれば一石二鳥じゃないか」
「課長にストレスなんか溜まるんスか」
「ん~、お前のような部下を持つとな」
そういって机に突っ伏して眠そうな目でこちらを見る。
俺はそんな課長の態度に一瞬どきりとする。 課長はあれ以来変わらず接してくれてはいるけれど、今の一言が何を指しているかは分ったので──。
始終緩んだ感じの陣内課長。俺はこの人の事が好きだ。
前からタイプだなぁ、とは思っていた。冗談ばっか飛ばしてるけど、 付き合っていくうちにそれもこの人なりの他人への気の使い方だという事もわかってきた。 笑いって意外に人の本性引き出すし。下ネタもセクハラにならないのは 相手のことをよく見ているからだろうとも思う。
と、俺が勝手に判断しているのも訳があって、いつだか酒の席でなんで課長が独身なのかって聞いたときの話。 俺は、まぁ、その時はもしかしてこっち側の人なのかなって期待があって聞いてみたのだ。 課長別に女の人に嫌われるような人じゃないし、 むしろ人気があって好かれている方だったんで40代で独身ってのが素直に不思議だったし。
ん~、なんて言って眠そうなタレ目で、後退気味の額をぺちん、と叩く課長。 顔は笑っていたけど少し考え込んで間を置いてから教えてくれた。
若い頃すっごい惚れて惚れて惚れこんで、長く付き合っていた相手と結局別れたっていう。 結婚するつもりの相手だっただけに、その失恋を引きずっていたらいつの間にか40歳、だったと。
そういって一瞬遠い目して、寂しそうな顔をしていた。すぐ、いつものニヤケた表情に戻ったけれど。
その表情にズキンと来た。
ああ、駄目じゃん、という気持ちと、本気で惚れたかも、という気持ち。
今でもその人の事想ってんですか、と訊くと、そんな直球投げてよこすな、と怒られた。
じゃぁ俺なんかどうですか、と言うと「おお、今度はそっちの道か」と 即いつものテンションに戻って軽くあしらわれた。
その時はそれっきりで終わったけれど。以来どんどん俺の中で課長の占める割合が大きくなった。
軽い印象を受けるけど無責任じゃない。自分の失敗を部下のせいにしたりしないし。 下の陳情を上に持っていくときも矢面に立つし。
事務所ではいつも上着を脱いで腕をまくって、 とにかく自分からウロウロ動き回って私用を人に押し付けたりもしない。
その日、嫌な相手との接待があった。元国て…、おっと、その辺はまぁ、いい。
とにかく機嫌を損ねたらそれこそクビにされてしまう相手。 接待の間中、俺はキレてもう少しで相手をぶん殴りそうになったぐらい。 だけど課長はとことん道化に徹していた。
情けないとかそういう単純な問題ではない。これが仕事な訳だから。 ただ相手が帰って、流石の課長もすっかり疲れきっていた。落ち込んでもいた。
気持ちを落ち着けようと立ち寄った居酒屋で、 落ち込んだ課長を元気付けているつもりでいるうちに俺はとうとう口を滑らせてしまった。
慌てて冗談で誤魔化そうかと思ったが遅かった。 って言うか俺もその時はもうイッパイイッパイで誤魔化そうとすればするほどボロが出てしまって。
気まずい沈黙。
俺は仕方なく本気だという事。だけど返事は期待していない事だけをどうにか伝えた。
「……そうか……」
課長、ちょっと考え込むような、いつもと違って低いテンションでポンポン、と俺の肩を叩いて。
流石にテンション下がった課長を見て、これで明日からいつも通りの 軽い調子でのやりとりはもう期待できなくなった、と死ぬほど後悔した。
だけど翌日、別に課長の態度は変わらなかった。 いつも通り同じように冗談ばっか飛ばして俺にも普通に接してくれて、俺はホッとした。
まぁ、変わらないリアクションに少し寂しい気持ちにもなったけど。
そんな2週間ほど前の事をオレがウダウダと考えている間、 一通り小物を並べて、課長はまた引き出しに仕舞った。 ビールを一気に飲み干す顎に髭が目立ってきた。小奇麗にしてはいるんだけど、 本人があんな調子だからあまりパリッとしては見えない。 着ているスーツも安物だし、今なんてネクタイ緩めてるし。
喉仏がぐりぐり動く首筋に目が行ってしまう。
そうやってつい見惚れていたら、急に課長立ち上がってどこかへ消えてしまった。
帰ったのかな、と。上着も鞄もあるけれど、そのまんま帰る事もある人だし。
小さな事務室。空調も切られて少し蒸し暑い。 急に静かになって古いパソコンの冷却ファンの音だけがウーンと鳴っていた。
なんだか急ぎでもない目先の仕事もする気がなくなってしばしぼんやりしていた。
ああ、面倒だな、もう。何で俺、同性愛者なんだろうな。 課長のケースみたいに異性同士でも上手くいかない事もあるっていうのに、俺なんてもっと選択肢もチャンスも少ない。
急に切ない気分がこみ上げる。
「……やっぱ好きだ……」
思わず独り言。
あきらめてるつもりだけど。もう、切り替えないと。
それでも今更S市にもあるそういった場所へ行ってパートナーを探す気にもなれなかった。 ここであの人の部下でいいように振り回されたり冗談言い合っている方がずっといい。
なんて事を考えて伸びをしたら額にヒヤッと冷たい感触
課長、ビールを持って再登場。
「ま、ま、まだ、いらしたんですかっ!」
本当に飛び上がって驚いた。課長、嬉しそうに笑わんでください。
「またそんなもん買ってきて!ってかいい加減にしてくださいよ」
焦ったのと、笑われて恥ずかしかったのと、まさかさっきの独り言聞かれたかってな動揺と。
俺だってキレる。電話はないし、食玩もないし。
「悪い悪い、ちょっと一服ついでに」
と煙草を吸う仕草。下の喫煙室に行ってついでにコンビにか、と。
またプシッと缶を開けてグビリとやる課長。
「それ俺に、じゃないんですか」
別にいらないけど。もう文句しか出てこない。
だけど課長、なんだかさっきよりテンション低めで眠そうな目を俺から少ーし逸らした。
「んー、まぁ、勢いづけだ。俺の」
「?」
勢いって、と、次のビールに口をつける課長に訊こうとした所に待望の電話が来た。
「え、はい、あ、ああ、そうですか!!」
思わずガッツポーズ。良かった、間に合う!
「良かったな、ま、念のためもう一度数字だけ確認しとけよ」
めずらしく上司らしい事を言って課長は俺にビールを差し出した。 上司が良いっていうんだからあとでありがたく頂戴しよう。
ざっと確認事項を再確認して電話を切った。やっと帰れる。
と机を片付けていると課長、今度はサンプルの折り詰め用のリボン状の紐をいじりはじめた。
「……何やってんスか……」
課長、おもむろに紐をハチマキみたいに自分の頭にリボン結びにした。
ここで何かツッコンでやんないと、この人は延々こんなギャグを続けてしまう。
「や、お前、今日誕生日だろ」
なんだ、おぼえてんじゃん。
て、
え?
「ハイ、私がプレゼント。」
と、女子高生みたいな決めポーズをしてしなを作る、課長。
いや、流石にそれは引きますよ、
て、
「ええ??」
ってこの空気、どう説明すりゃいいんですか。てか、え、え、
「な、ん、て、な、はははっ」
課長、慌ててリボンを外す。
「いや、一度やってみたかったんだ、うん、このギャグ」
バタバタと散らかしたものを片付ける課長。
「……顔、赤いですよ」
「ウン、さすがに今のはアレだったな、はは」
「…ってか」
ってか課長。
「それこの前の返事と受け取って良いんでしょうか……?」
「………」
「……受け取っちゃいますよ」
課長は返事をしない。でも逃げもしないので、まくってむき出しになった腕を掴んで抱き寄せた。
「こ、こら、お前!」
俺、175センチぐらいだから課長、165センチぐらいかな。目の前に少し後退気味のデコ。
「会社で酒を飲んでる人に怒られても痛くないです」
「だ、けど、お前、イキナリこれは」
「まさか本っ当ーにあのギャグがやりたかっただけじゃないですよね」
「……んーそれを言われると…」
そうだったらスッゲー俺、傷つくんですが。
もちろん課長はキツイギャグは言ってもそういう本当に人を傷つけるようなことは 絶対しない事ぐらいはわかってるんだけど。
「……」
饒舌な課長が黙り込んでしまった。
「(ど、どっちだかわからない……)」
嫌がってんのか本気なのか冗談なのかわからない。思わず引き剥がし、課長の顔をまじまじと見つめてしまった。
眠そうなタレ目、少しえらの張った四角い顔。
顔が笑ってない。てか、赤い。んで目線をまた逸らされた。
ありえない話だ。夢は見たけど期待なんてしていなかった。
だけど課長はいつもの冗談も飛ばさずもじもじと何か言いよどんでいる。
「その、何だ、うん」
意を決したように顔を上げる。
「お前、本気だろ」
腕を組んで、気まずそうにこっちを見る課長。
「…勿論です」
ここで押し倒してしまいそうなぐらい。
「俺、そういうのに、弱いんだ……」
そう言って腕を組んで、また少し首をかしげて黙り込んでしまった。胸ポケットの煙草を出す。 事務所内は禁煙だけど他に人いないから許せ、と一本。
「お前も酷いよなぁ」
「え」
「あんな事言って来てよぉ。……俺が悩まないとでも思った?」
「……」
「男に告白されてさぁ……」
「……すんません」
気まずい空気。そりゃ、そうだけど。
やっぱ課長、引いてた。思わず俺も顔を伏せる。
「あの、このこと、忘れてください。別に、おれ、その」
分っていた結果だったから別にそれ程悲しくはなかった。 むしろ課長に気を使わせてしまった事が申し訳なかったぐらいで。
だけど課長は慌てるようにそういう俺の言葉を遮った。
「あ、待て、落ち着け。早合点すんな」
「え…」
「俺は驚いた、って事を言っただけだ」
課長、またため息。
そして深呼吸して思い切ったようにこう言った。
「俺もお前が嫌いじゃない」
「…!」
課長、困ったようにまた煙草を銜えた。フィルターギリギリまで吸って、 さっきのビールの空き缶を灰皿にしてぐりぐりと火を消す。
「驚いたけど。ま、なんつうか……」
今度は課長の方から俺の背中に手を回してきた。と言っても抱き寄せる、 とかではなく今度は普通に誰かを激励するときのしぐさで背中をバンバン、とか叩かれたんだけど。
「相手がお前だからかなぁ。こうやっていてもあんまりおかしいとも思わねぇんだよなぁ……」
そういってまた上目遣いで俺を見た。今触れるか触れないかギリギリの位置に課長は座っている。 半身に伝わる課長の体温に目眩がする。
「課長」
俺はもう一度並んで机に腰掛ける課長を正面から抱き寄せた。一瞬抵抗する課長。
「お、及川…!」
「おかしいと思わないんでしょう」
「いや、じゃなくて会社でこういうのは…」
「会社じゃなければいいですか」
「そういう意味じゃ…………」
「!」
思わず反応した俺自身の感触が伝わったのだろう。課長、俺の腕の中で更に困った顔をして赤くなって。 で、ちらりと目線を一瞬下に向けた。
「すんません…」
「……お前…」
「本当に本気なんだな……」
「はい…」
流石に課長、固まったので離した。
「…見ないでくださいよ」
「み、見るか、馬鹿っ」
取り合えず上着の前ボタンを占めた。上着のすそに隠れてくれてるだろうか。
「俺、こういう事も期待しますから」
「……」
「だから……なかった事にするなら今のうち…ですよ?」
「う……」
考え込む課長。もう逃げられてもいいや、と俺は思った。 課長が真面目に俺のことで悩んでくれただけで充分うれしかったし。
だけどもうちょっとだけ甘えさせてもらいたかった。丁度俺の目線の先に後退気味の課長のデコ。
「…お及川っ…!」
俺は課長の額に軽くキスをした。
「……及川……」
「すんません、でもこれくらいは許してください」
課長掌を額に当てて、本当に真っ赤な顔。可愛いとか言いそうになったけどそれはやめた。
「ま、と、とにかく!」
「誕生日だろ、飯ぐらい奢ろう」
照れ隠しに頭をかく課長。うなじまで赤い。
「話は…それからだっ」
「……ありがとうございます!」
鞄と上着を肩に引っ掛け、足早に課長が事務所を出て行く。
俺は中途半端に散らかった机もそのままで、急いでその後を追った。




