始まりは眠ってから
※ファンタジーSFです
最初はファンタジー薄め
考えることをやめた人間は最弱だ。
というのが不肖、篠ノ木芦哉の持論である。
人間というのは他の種とは違ってふんだんに考えることを許された生物なのだ。だからこそ人間は食物連鎖の頂点に佇み偉そうに「神はご自分に似せて人を造られた」などとのたまうのである。
それをやめてしまった人間はまるで翼をもがれた鳥、肺呼吸の深海魚と同じように無能な存在ではないだろうか。
果たしてその意見が是であるか非であるかはひとまず置いておいて、正直今この状況で篠ノ木は想像力を働かすことができないでいた。
かろうじて広大で真っ白な空間の中に、これまた真っ白な囚人服を着させられて閉じ込められてるのだろうという事実だけは分かるのだが……。
(昨日の夜めちゃくちゃ騒いで帰ったとこまでは覚えてるんだけどな、その先が思い出せねえ。普通にベッドで寝た記憶があるような無いような……)
だとしたらやはりここは夢かと思わなくもないが、妙に嫌な気分にさせる現実味がそれを否定した。
ゆっくりと周囲を見渡すと、あちらこちらに人が立っているのが分かる。皆一様に同じ白い囚人服を着用させられているようだ。
近い人は50m程、遠い人は黒ゴマに見えるほどに離れている。この様子では視認できないほど遠くにも何人かいるかもしれない。
「君も気付いたらここに居たクチかい?」
「はい?」
突如声をかけてきたのは白髪交じりの壮年の男性だった。
「あっ申し訳ない、いきなりでびっくりさせてしまったかな?私は橘幸雄、いつもは自動車の製造工場で働いてるんだが……」
髪をかきむしりながら話す橘は盛大にフケを巻き散らかしていることにも気づいていないようだ。
素性の知れない男ではあったが、その柔和な微笑みが篠ノ木の警戒心を和らげる。
「俺、篠ノ木芦哉って言います。昨日の記憶がすごい曖昧で、気付いたら……」
「やっぱりそうか、かく言う私もなんだ。昨日はだいぶ酔いつぶれてしまってね」
ははは、と自嘲気味に笑う橘、一通り笑うと今度は途端まじめな顔になって問いかけた。
「芦哉くん、ここはどこだと思う?」
「…………さあ、まだ分からないですね。一番現実的なのは俺らが誘拐されて閉じ込められてるっていう説。もしくはどこか別の世界に飛ばされたとか……」
「君の夢という可能性は?」
篠ノ木は一瞬虚を突かれたような顔になった。
初めて出会った人物からそのような問いを投げかけられたら誰だってそうなると思う。
その例に漏れずきょとんとなった彼だが、すぐに我に返り苦笑混じりに返す。
「それだと橘さんは現実には存在しない人ってことになりますね」
「それはどうだろう。実は、君は昔私を見たことがあってそのイメージが夢に出てきているだけかもしれないよ?」
「……でもここは俺の夢じゃない」
「根拠は?」
「根拠って言われると困るんですけど。勘……っていうよりもっと漠然とした何か……、そう嫌な予感みたいなのがするんです。現にさっきから冷や汗が止まりません」
篠ノ木は首筋の部分をさする。
そこで一拍おいてから、でもと続けた。
「ここが実は橘さんの夢の中で、俺はそこに出てくる橘さんのイメージってことは否定できないんですけどね」
先程とは打って変わり今度は挑戦的な笑みで話す篠ノ木に、橘も前とは比べ物にならないほど大きな爆笑で応じる。
篠ノ木が若干引くまで笑った橘は疲れたのか、その場にゆっくりと腰を下ろした。
「芦哉くんは面白いな。今まで7人ほどに話を聞いてきたが誰も彼も思考を放棄していたよ。みんなが自分の夢だと信じて疑わないんだ、可笑しいだろう?みんな自分の事しか考えちゃいないんだ」
「橘さんこそ面白いですよ。本当は自動車製造なんてしてないでしょ?なにやってるんですか?」
当ててみなよ、と言う壮年の男は意地の悪そうに両の口角を釣り上げる。
それを見た少年は心の中で、出会い頭に思った『柔和な微笑み』と言う印象を二重線で書き消した。
その時だった。
耳をつんざくような甲高い音が響いたのは。
それはまるで耳の奥の鼓膜のさらにその奥まで爪楊枝でほじられる感覚。
同時に聴覚だけで無く五感全てを使ってムカデの存在を噛み締めるような嫌な感覚。
その直後、虚空から道化師の仮面に覆われた男の顔が出現した。
正確には画面に男の顔がアップになっているだけで映し出されてるのは部屋のようだが。
その画面から緊張味のかけらもない声が響く。
『おーケー、みnなサん今バンわ。あrえ?なnかオカシぃnな。ちよつと、まぁってt。…………よし……これを……こうして……』
画面の向こうから男が何らかの機械をいじっているがさごそという音が聞こえる。
その作業が終了するとカメラがズームアウトしたのだろうか、椅子に座った男の全身が映し出され、また部屋の容貌も確認できた。
確認できた、と言っても部屋の方は暗闇に近かったので、そこらじゅうに置かれてあったディスプレイとキーボード以外はほとんど見えていない。
『すいません音声データのバグでしたあははは。改めまして、みなさんこんばんは。突然のことで驚いている方も多いでしょう。ここがどこなのか、私が誰なのか、そして自分はどうなってしまうのか』
仮面のせいで表情は見えないが、飄々と人々をあざ笑うようにしゃべっている。
篠ノ木たちから少し離れたところに集まっていた群衆の中の一人が大声で怒鳴りつけた。
「んな事言ってねえで、とっとと俺らを家に帰せ!!明日、朝から仕事なんだ。てめーの遊びに付き合ってる暇はねえ!!」
続けて群衆がそうだそうだと同意する。
『あれ皆さんも可笑しなこと言いますね、皆さんなら今家でぐうすか寝てるじゃないですか!』
「待て!じゃあこれはやはり私の見ている夢なのか!?」
声を上げたのは橘だった。
彼は勢いよく立ち上がりぽんぽんとお尻の汚れを払う。
『夢と言えば夢ですがただの夢ではありません。この世界には私が皆さんの脳に直接干渉して精神だけ来てもらっている状態です』
なんだそりゃ、とどこからか理解不能を示すサインが聞こえるが、橘はそれを無視してさらに質問を投げかける。
「なにが目的だ?」
『なに、みなさんを捕って食おうってわけじゃありません。ちょっとしたゲームをしてもらうだけです』
「ゲーム?」
その場にいたおおよその人間は直感していた。
脳に干渉だか何だかは知らないが、強制的にこんなところに集めて穏やかな遊戯という訳にはいかないだろう、それはおそらく危険を伴う何かしらの賭け事に違いない。
『そうですゲーム。内容はまた後日発表するとして、今日はみなさんに開会宣言をしておこうと思いまして』
「……なぜそんなことを?」
『聞くだけではなくご自分で考えたらどうです?橘“教授”』
「……やはり素性は筒抜けか」
苦い表情をして呟く橘。
(教授……?)
やはり只者では無かったが、教授とはまた驚きの新事実だ。
悪魔を召喚する研究でもしているのだろうか?
橘教授がそれをしている場面を想像して篠ノ木はクスリと笑った、と同時に自分にこれほどの余裕があることに内心驚いていた。
よくも分からない場所に精神だけ連れてこられた挙句、危険を伴うと予想されるゲームに参加させられそうだというのにだ。
篠ノ木の思考を仮面の男の声が遮った。
『ゲームの開始は一週間後、みなさんの手元にゲームに必要となるアイテムが届くはずです。長丁場になる予定ですから、各々必要と思うものを持ってきてください』
「……おかしくないか?持って来るたってここは精神世界みたいなとこじゃないのか?」
篠ノ木が問う。
『いいえ違います。ここは特殊な電子世界、1と0で造られたゲームの世界なんですよ。今はみなさんの脳の電子信号を1と0の配列に変換してこちらに送り込んでるだけです。みなさんが来週ここへ来る時に持っていたものも1と0に情報化してこちらに転送します。現に今も身に着けていたアイテムを持ってきてる方はいるでしょう?』
なにやら難しい単語の羅列で一少年には理解できなかったが、橘は顎を抑えて言葉の意味を考えている。
『みなさん、来週またこの『OVER WORLD』でお会いできるのを楽しみにしています。では最後に……、もしこれがただの夢だとまだ思ってる方がいるのでしたらやめた方が良いですよ?でないと…………
死 に ま す よ ? 』
まるで恐怖をつかさどる神経を直接のこぎりで削られるような、薄気味悪い声で彼は宣言する。
このゲームは命がけだと。人々の心にあったわずかな余裕の波もサーッと引いていく。
男のふふふという不気味な笑い声だけが空間に響いた。これほどまでにぞっとする道化師の顔を拝める機会は滅多にない。
『ではではみなさん、さようなら。先ほどの言葉ゆめゆめお忘れ無きよう、なんつって夢だけにぷふふ』
そういってぷつんと画面は消えた。
一瞬の静寂の後、波を打ったかのようにざわつきが広がっていった。
矢継ぎ早に飛び交う質問の嵐は暗に、その激しさに比例して思考を放棄した人間の多さを物語っている。
しかしその騒音もまた静かに消えていく。人々が消え始めたのだ。
彼に言わせれば電子世界にある情報化された電子信号が本体である脳に戻されている、といった現象なのだろう。
今頃彼らは現実世界で目覚めているに違いない。
「芦哉くん、来週も会おう」
「橘“教授”がいてくれれば安心です」
「……生き残れたら私の研究についても話そう」
「これは生き残らなければいけない理由が一つ増えましたね」
お互いに(篠ノ木は皮肉交じりに)別れの挨拶を済ませると、篠ノ木の意識がぐらついた。
考える間もなく意識が闇に落ちていく、そうそれこそまるで眠りに落ちるように───。




