第1話 五年前――計画開始
第1話 五年前――計画開始
五年前。
すべては、まだ地上に姿を現していなかった。
誰にも知られていない。
誰にも見つかっていない。
当然だ。
まだ。
地中へ送り出してすらいないのだから。
◇
低い機械音が、室内に響いていた。
一定の間隔で繰り返される電子音。
明滅するランプ。
暗がりの中に浮かび上がる、いくつもの数値。
そして。
その中央に置かれた装置の中に。
それはいた。
「…………」
男は、無言でそれを見つめていた。
セミ怪人。
ただし。
今、その呼び名を与えるのは、まだ少し早いのかもしれない。
翅はない。
成虫として完成された身体もない。
これから長い時間を地中で過ごすために作られた。
幼虫体。
それが。
男の目の前にある。
◇
数値を確認する。
一つ。
次。
さらに次。
問題はない。
一度確認した項目へ戻る。
もう一度見る。
わずかな誤差も見逃さない。
急ぐ必要はなかった。
いや。
むしろ。
ここで急ぐ理由など、どこにもない。
これから必要になるものは。
数分でも。
数時間でも。
数日でもない。
五年。
それだけの時間なのだから。
◇
計画は。
今日始まって。
今日終わるものではない。
幼虫体は、これから地中へ入る。
誰にも見つからず。
誰にも存在を知られず。
土の下で時を過ごす。
そして。
時が来れば。
自ら地上へ出る。
暗い地中から這い出し。
羽化する場所を求め。
そこで。
成虫となる。
そのとき。
初めて。
本来の役割が始まる。
◇
男は装置から離れた。
机へ向かう。
そこには。
一枚の紙が置かれていた。
「…………」
日付。
時刻。
場所。
すべて。
すでに決めてある。
五年後。
セミ怪人が成虫となり。
事件を起こす。
その日。
その時間。
その場所。
偶然に任せるつもりはない。
その日の気分で変えるつもりもない。
今日。
この時点で。
五年後の一点を。
すでに決めてある。
◇
男はペンを取った。
紙へ向ける。
そして。
改めて。
書き記していく。
日付。
時刻。
場所。
文字にしてしまえば。
たったそれだけだった。
数行。
それだけで済む。
だが。
そこに書かれているのは。
五年後に起こることだ。
「…………」
ペン先が。
止まった。
静かな室内で。
機械音だけが。
変わらず鳴り続けている。
これを。
残す必要など。
本当は。
どこにもない。
◇
計画を成功させる。
それだけを考えるなら。
何も知らせないほうがいい。
日付など。
教える必要はない。
時刻も。
場所も。
知らせる必要はない。
突然。
始めればいい。
誰にも準備する時間を与えず。
誰にも考える時間を与えず。
誰にも止める時間を与えず。
予定どおり。
すべてを実行すればいい。
そのほうが。
ずっと確実だ。
分かっている。
そんなことは。
誰よりも。
自分自身が分かっている。
それでも。
男は。
書いた。
◇
犯行声明。
他人が見れば。
そう呼ぶだろう。
実際。
そうなのかもしれない。
これから自分が起こそうとしていることを。
あらかじめ書き記す。
それだけを見れば。
犯行予告以外の何ものでもない。
だが。
男自身にとって。
そこには。
少しだけ。
別の意味があった。
日付を知らせる。
時刻を知らせる。
場所を知らせる。
そして。
五年。
時間まで与える。
なら。
誰かが。
止めることも。
できるかもしれない。
「…………」
男は。
自分で書いた文字を見つめた。
何を期待している。
誰に期待している。
自分で始めようとしていることを。
誰かに止めてもらおうというのか。
馬鹿げている。
だったら。
最初から。
やらなければいい。
「……そういうわけにもいかない」
誰に言うでもなく。
言葉が漏れた。
◇
やる。
それだけは。
もう決めた。
なら。
せめて。
予告だけは残す。
これから起きることを。
完全な不意打ちにはしない。
自分から。
止められる可能性を。
ほんのわずかでも。
残しておく。
それが。
今の自分に残っている。
最後の良心なのかもしれない。
「…………」
男は。
その考えを。
すぐに頭から追い出した。
良心。
そんな言葉一つで。
これから自分がやろうとしていることが。
許されるわけではない。
分かっている。
そんなことも。
分かっている。
◇
紙をしまった。
そして。
再び。
幼虫体のもとへ戻る。
時刻を確認する。
問題ない。
状態も。
安定している。
「五年だ」
初めて。
幼虫体へ話しかけた。
返事はない。
当然だ。
「五年、待て」
幼虫体は。
動かない。
「地中で過ごせ」
五年後。
地上へ出る。
羽化する。
成虫になる。
そして。
あらかじめ決められた場所へ向かう。
決められた時間に。
計画を実行する。
それまでは。
誰にも見つかってはならない。
誰にも。
存在を知られてはならない。
◇
最終確認。
一つ。
また一つ。
男は項目を確認していく。
五年という時間は。
長い。
途中で何が起こるか。
そのすべてを予測することなどできない。
だからこそ。
できる限り。
今。
潰しておく。
問題になるものを。
可能性を。
誤差を。
五年後。
予定された瞬間まで。
何も起きないように。
何も。
狂わないように。
そして。
最後の項目まで確認した。
「…………よし」
準備は。
整った。
◇
地上では。
いつもと変わらない一日が続いていた。
人が歩いている。
車が走っている。
誰かが仕事をして。
誰かが学校へ行って。
誰かが笑って。
誰かが。
明日の予定を考えている。
誰も知らない。
自分たちが暮らす。
その地面の下へ。
これから。
一つの存在が送り込まれようとしていることを。
◇
土。
暗闇。
地上の光は。
届かない。
音も。
遠い。
その中へ。
幼虫体は。
入っていった。
ゆっくり。
さらに深く。
土の中へ。
その姿が。
少しずつ。
見えなくなっていく。
「…………」
男は。
最後まで見届けた。
そして。
完全に姿が消えたあとも。
しばらく。
その場所を見つめていた。
これでいい。
これで。
しばらくは。
誰にも見つからない。
誰にも知られない。
地中で。
ただ。
その日を待つ。
◇
五年後。
決められた日。
決められた時刻。
決められた場所。
そこへ向けて。
時間だけが。
今日から。
進み始める。
◇
「始まったな」
男は。
誰もいなくなった場所で。
そう呟いた。
まだ。
事件は起きていない。
まだ。
誰も傷ついていない。
まだ。
誰も。
幼虫体の存在すら知らない。
だが。
五年後の出来事は。
すでに。
今日。
始まっている。
地中深く。
光の届かない場所で。
セミ怪人の幼虫体は。
長い時間を。
待ち始めた。
五年。
地上へ出る。
その日まで。
◇
後書き
黒幕側から描く、新たな物語の第1話をお読みいただき、ありがとうございます。
物語の始まりは、本編より五年前。
まだ事件は起きていません。
セミ怪人も、まだ成虫ではありません。
地中へ送り込まれた一体の幼虫が、五年という長い時間を過ごし、やがて地上へ出る。
そのときのために、計画はすでに始められていました。
そして黒幕は、計画を成功させたいのであれば本来必要のないはずの「日付・時刻・場所」を、あえて事前に残しています。
それが挑発なのか。
それとも、本当に誰かに止めてほしいという最後の良心なのか。
この時点では、まだ分かりません。
五年後。
幼虫体が再び地上へ姿を現すとき。
計画は、次の段階へ進みます。
【人間×生成AIによる合作作品】
企画・原案・設定・ストーリー構成:時根脱才
文章制作・構成補助:ChatGPT(OpenAI)
本作品の世界観、キャラクター、基本設定および各エピソードの原案・展開は作者が制作し、それをもとにAIと相談・推敲を重ねながら、小説として文章化しています。
本作品は「小説家になろう」「カクヨム」の両サイトに掲載しています。




