じゅうきゅう
まともな神経に接続されたライオネスの思考は、デイビスとブランジェの婚約までの流れを思い返していた。
婚約許可書に御印がないことに気付いたスフィア妃がライオネスの執務室に突撃してきた。
前々日にラーゼフォン公爵が視察のために王都を離れ、頼りになるフィンネルはこのところ不眠不休状態、エマージェン妃は外交により不在、アルビナ妃には、スフィア妃のことを頼めない。つまり自分しか対応する者がいない状況だった。
そう思うほどにはスフィア妃への気持ちが薄らいでいると自覚していたライオネスだった。
執務室に通されたスフィア妃を笑顔で迎えたのは、例の伯爵と彼に引っ付いて修行中と言い張る息子ミハエルだった。
「まだ、正式に決めた訳ではない。公爵家の意向も確認する必要がある。(だいたい、御印のことをスフィアに喋ったのは誰だ?)」
目の前で御印を押してくれないと帰らないとスフィア妃は居座る気満々だ。
キンキンと頭に突き刺さるようなスフィアの非難にライオネスは顔を引きつらせていた。そんな国王にミハエルが囁いた。
「陛下、ここは一つ、御印を押してはどうでしょう、そうでもなさいませんとスフィア妃様が御納得出来ないでしょう。何、陛下の魔力が流されていなければ正式なものとは言えません。」
ミハエルの言葉にライオネスは頷いてしまったのだ。
脳労働過多故の正確な判断力が欠如がもたらした結果だった。今思えば御印の存在、を漏らしたのがミハエルであることは明らかだった。ライオネスは、この結末を勿論、ラーゼフォン公爵一家に言えるはずもなく、また、すっかり御印を押した婚約証明書のことも行方も忘れ去っていたのだった。その場にブランジェの父親であるフィンネルが居れば塞げた事案であったが、彼は宰相の執務室に缶詰め状態であった。
自分の黒歴史を思い出すと、まずアルビナ妃とエマ妃の冷めたような呆れたような顔がちらついた。国の安定のために尽力してきた戦友でもある2人にどんな顔をして態度を見せていたのか、ここぞとばかりにテセウスが聞かせてきた。彼も怒っているようだった。何せスフィアを妃に迎えて約一週間、ライオネスは閨から出てこなかったのだ。政治が滞らなかったのは、妃達のお陰である。
あまりの寵愛ぶりにラーゼフォン公爵以下幹部達は強行手段に出た。国のためと2人が寝入っている内に魔法で強制的に更に眠らせ、ライオネスをスフィア妃から引き離し、彼の宮へと連れ出した。
目覚めた時、ライオネスは不機嫌になったが、一週間以上閨に入っていたと聞き我に返った。
「嘘だろ……。」
今までの自分には考えられないことだった。
公爵には、
「これで、御子が出来てなければ、我々としては待ち損ですな。」
とまで言われる始末。
これ以上、嫌味を言われても困ると考え、政治に戻って邁進しているライオネスは、スフィア妃のことを忘れている瞬間があることに自身で気付いた。




