じゅうし の に
国王はスフィア妃の宮で彼女の言葉に耳を傾けていた。
「ライオネス、私、聞きましたのよ?王太子殿下の御婚約者様が、再び後宮に入られたとか…。」
色々あって宮から出される事のないスフィア妃からの言葉。ライオネスはどこで仕入れたのだとため息を噛み殺した。
「隣国の姫のことか?」
一応の確認。
「はい。」
「隣国は、2度目の内輪揉めを開始したらしい。このままでは姫に害が及ぶかもしれんと王太子とあちらの国王の願要望で情勢が落ち着くまで、留学と言う形で避難させることにしたんだ。ライモンは姫をいたく気に入っているからな、滅多に我を通さぬアイツの我儘だ、叶えるのが父親だろう。」
それなりに王太子に愛情はもっているらしい。
「そうでしたの……でも、王妃教育も始めるのでしょう?」
胸を滑る寵妃の腕をとり口付ける。
「それについては、エマが決める。だが、そうだな……。」
他国の姫となると嫁ぐ国の歴史やあり方も習わなくてはならない。
留学と言う名目上第二王妃も考えてはいるだろうか、姫は王太子と同じ5歳、王妃教育を始めてもよい頃だと国王は考える。
「でしたら、ラーゼフォン公爵家のブランジェ嬢も王妃教育を始めなくてはなりませんわね。」
断定する第三王妃スフィア。
「ん?いや、あそこの娘はまだ3つかそこらだろう?王妃教育は、7歳からだぞ?」
何を言い出すのだと国王は妃を見たが、スフィア妃は首を振るばかりか、上目遣いでライオネスを見つめ、
「ブランジェ嬢は、もうすぐ3歳です。遅すぎることはありません。早い内から後宮に慣れておくのは必要なことですわ。後から後宮に入ったがために苦労をしている私が言うのです。間違いありません。それに私が直々にブランジェ嬢の教育をして1日でも早くデイビスに相応しい淑女にせねば、きっと私みたいに、虐められますわ。」
自信たっぷりに言うスフィアに流石の国王も引きぎみだ。
「待て、そもそもブランジェをデイビスの妃にした時のゴタゴタを忘れたのか?あの婚約で危うく国王としての信頼を損ねるところだったのだぞ!せめて、王妃教育はあちらのペースに任せるのが、」
「あ、あなたは、私の気持ちなど分からないのですわっ!後ろ楯のないデイビスがどれだけ肩身の狭い思いをしているか!」
スフィアは声を上げて泣いた。
「だいたい、臣下が国王の出した命に逆らうなんて許されません!娘がデイビスの、未来のファフナー王国を導く王子の相手に選ばれたことを有り難いと思うべきなのに!」
泣き崩れるスフィア妃。
ライオネスは、スフィア妃の言い分にため息を飲み込んだ。
知り合った時は無邪気な彼女の愛らしさに惹かれ、自分の心が癒されるのを感じた。国の為に働き続けてきた王である自分が初めて欲した存在。
国が荒れて大変な時期に嫁いできたアルビナとエマージェンは、信頼のおける同士のような存在で愛しさの種類は違うとライオネスは思っていた。スフィアに向ける感情こそが愛情なのだと、だから彼女には苦労を肩身の狭い思いをさせまいと第三王妃の地位を与えた。今思えば、“側に居られるなら、愛妾と呼ばれても、日陰の存在であっても構いません”と何度も言ってきたスフィア妃の策に嵌まったとしか思えないが、あの頃は、権力を得ても彼女は変わらないと思っていたのだと振り返る。
スフィア妃の本質をアルビナもエマも見抜いていたようで、彼女の我が儘が耳に入る度、ライオネスとしては合わせる顔がないと徐々に思うようになった。国の為に共に戦ってきた妃達にスフィア妃への苦言を呈される度に居たたまれなくなるのだ。未だに妃としての公務を何一つ任されず、外交の関わる晩餐会や舞踏会に出席をさせていないことに気付きもしない。妃として限界であるスフィアをどうしたいのか。ライオネス本人が分からないでいた。
ただ一つ言えるのは、スフィアを迎える時に提示された誓約を結んでおいてよかったことだ。
それにしてもとライオネスは思う。国のことに必死で余り女性に接してこなかったことは認めるが、こんなに自分が女性の涙に弱いと思ってなかったなと。身近な母は常に後宮内の権力争いに忙しく、自分に構うことはなく、アルビナ妃や彼女の肝いりで嫁いできたエマ妃はどこか一般的な貴族令嬢とはちがった。
「ライオネス!聞いてますの!」
すがり付くスフィア妃は、既にキラキラとした涙を流している。
「き、聞いている。よ、よいようにするから、泣くな。」
国王は彼女の涙に弱かった。
あー情けない。
また、妃達やフィンネルに呆れられるのだろう。
思わず漏れたため息にスフィア妃がキーキー怒り出したのは当然のことだった。




