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八話


「……緋乃」


 つくづくタイミングが悪い。本人は悪気は全く無いんだろうけど。


「って、あれ、志乃!? ここにいたんだー!」


 私の呟きを拾った緋乃がこちらを向いて、にぱっと顔中に笑みを刻む。止めるまもなく駆け寄ってきた。


「あのね、あのね! 私こたろーにプロポーズされたの! その時のこたろーすっごく格好良くて! あ、普段もかっこいいけど! なんと、プロポーズ、夜景の見えるレストランだったんだよ~! それでね、もちろんオッケーしてね!」


 話ながら、こらえきれずうへへと笑い、幸福オーラをまき散らしている。

 私に抱きついて散々惚気た後でようやく先輩の存在に気が付き、「あれ?」と声を上げる。


「君は、常連さんで志乃の先輩! えっと……名前はたしか……はやのくん!」

「いや、混ざってます。改めまして、遠野隼人です」


 緋乃に圧倒されたのか先輩が冷静に見える。ていうか常連なのに名前を覚えていないってどういうことなの緋乃?


「ごめんね! 隼人くんだったね! 改めまして結城緋乃です! あ、違う! 東雲になるの! きいてきいて! あのね、私こたろーにプロポーズされたの! その時のこたろーすっごく格好良くて! あ、普段もかっこいいけどね! なんと、プロポーズ、夜景の見えるレストランだったんだよ~! それでね、」

「緋乃……落ち着いて」


 背後に現れていた小太郎さんが緋乃の肩に手を置いてマシンガンのような惚気を制止する。若干顔が赤いので照れているんだと思う。


「あ、こたろー。えへへ」


 だらしなく、けど、幸せそうに笑った緋乃はきっと世界一可愛い花嫁になる。

 緋乃の屈託のない喜びは人に伝染する。つられて私も笑顔になった。


「おめでとう」

「ありがとう! というわけで、ですね。結城緋乃から、東雲緋乃になります! んふふふ」


 にやつく緋乃の頬を片手で挟んで潰す。


「むぐっ」

「綺麗なお嫁さんになれるよう、しばらくお菓子禁止ね」

「えっ……」


 先ほどの幸せそうな様子から一転、青ざめる。その落差に小太郎さんと二人でくすくす笑った。


「冗談だよ。緋乃はそのままで世界一可愛い。……幸せになってね、お姉ちゃん」

「し、志乃おおお」


 今度はぶわっと涙を溢れさせた。本当に、感情豊かでからかいがいがある。大好きな私の姉。

 ハンカチは先輩に貸してしまったので袖で涙を拭ってあげる。


「結城、緋乃さん……?」


 ぽつりと、落ちた言葉が店内に響いた。

 あ、しまった。先輩を完全に忘れてて放置してた。


「うん! 隼人君! でも、もう東雲になるの!」


 緋乃が元気に答える。続けて「東雲緋乃って響き、素敵だよね……」とうっとり語り出したところを小太郎さんに苦笑いで回収された。目を閉じて夢見心地で語る緋乃は全然気が付いていない。

 一気に静かになった空間に私と先輩が残された。


「えっと、姉妹?」

「はい。あれ、知らなかったんですか?」

「うん……緋乃さんって結城さんだったんだな。俺、日野さんだと」


 ほら、名字の、とテーブルに文字を書く。私も正しい「緋乃」を書いて見せた。納得したように頷いてたけど多分先輩の事だから理解はしてない。難しい字だしね。


「まあ、どっちでも大丈夫な名前ですよね。緋乃といい、結城といい」

「それもあるけど、ネームプレート、『ひの』って書いてただろ。結城は『ゆうき』って書かれたからてっきり名字の方書くんだと思ってたんだ」

「あれは、緋乃が『志乃も将来働くだろうから、同じだとわからない!』って言って」


 あと、私も「しの」にすると、割と緋乃と聞き間違えるのだ。


「そう、なんだ」

「先輩知らなかったんですね。緋乃、私と働くのを喜びすぎて常連さん全員に『今度私の妹が来る!』って言ってまわってたのでてっきり知ってるかと」

「あー、ここに通う頻度が空いた期間があったんだよなー。そのときだったのかも」

「へぇ」

「おう」

「……」

「……」


 なんとなく、気まずい無言。

 ……よし。


「隼人先輩、私」

「ま、待ってくれ! ちょっと質問良いか」 


 緋乃に邪魔されてしまったけど仕切り直してもう一度告白しようと腹を決めたのに、今度は先輩に阻まれた。


「何ですか?」

「結城は、マスターの事が好きなんじゃないのか」

「小太郎さん? いえ、恋愛感情は持ってません」

「でも、好きな人しか写さない、ってあああっ!! あれ、緋乃さんのことか!」


 ?

 なんか一人で納得してしまった。


「ほら、前さ。秋ぐらい、部内写真コンテストで人物がテーマだったときあったろ?」

「ああ。そういえば緋乃を撮りましたね」

「あれで、俺、勘違いして。結城はマスターが好きなんだなって」

「あれ直前に撮ったの先輩じゃないですか。アピールのつもりだったんですけど」

「そっ、そ、うなのか……!?」


 全く伝わってないとは思っていたけど、まさか誤解されていたとは。

 あー、でも私と緋乃が姉妹だと知らなかったのなら小太郎さんの方が親しいと思ったのかな。


「じゃ、じゃあ! 食卓にマスターの写真が飾ってあったのはなんなんだ!? なんか途中で隠してただろ。好きな人がバレるのが恥ずかしいんだなって思ったんだけど」

「見たんですか? あれは緋乃が『朝食を二人で食べてる気分になれるの』って置いてあるヤツですね。隠したのは……先輩が傷付くかと。緋乃が姉だと知ってると思ってましたし、緋乃が好きだと誤解してましたから」

「俺の事を思ってくれてたのか……」


 改めて言われると、むずがゆくなる。


「他に聞きたいことは?」

「ええと、……そうだ! バレンタイン、マスターに本命渡してただろ」

「本命は先輩に渡しました。小太郎さんには緋乃のおつかいで。インフルエンザにかかって外に出られなかったけどどうしても当日に渡したいって事で」

「な、なるほど……」


 なんだ。随分と誤解があったんだ。……主に緋乃のせいで。


「あとは何か?」

「多分、ない……」

「なら、私から一ついいですか?」


 そういえば、私も疑問に思った事があるのだ。


「先輩もじゃないですか。好きな人しか撮らないって言ってましたよね。緋乃と小太郎さんの写真撮ってたでしょう?」

「あ、あれは……。結城の、背中も写ってて、それがメインっていうか。き、キモいよな! 勝手に悪かった!」

「私?」


 呆然としてしまう。私も写ってた……? 嘘。全然見えなかった。

 恋は盲目というけれど、何もマイナス方向に盲目にならなくてもいいじゃないか。


「今度、見せて下さい」

「いいのか……?」

「いいもなにも、私も隼人先輩写してますし。むしろ、……嬉しいです」

「そ、そっか。結城も俺を写しててくれたんだよな」


 実感を込めて呟き、嬉しそうにへにゃりと笑う先輩に私も嬉しくなる。でも、

 

「ねえ、隼人先輩。志乃って呼んでくれないんですか?」


 いつの間にか結城に戻ってるのが少し不服だ。

 前呼ぶって言ったのに。告白するときは呼んでくれていたのに。


「し、志乃」

「はい。志乃です、隼人先輩」


 ちゃんと呼んでくれたのが嬉しくてにこりと微笑むと、柔らかい笑みが返ってきた。胸の奥で弾けるように多幸感が全身に満ちていく気がする。

 そういえば、確認をとらなくてはいけないことが。


「……あの、私たち両思いですよね? 恋人に、なりますよね?」

「こ、こここっ!」


 先輩は鶏のような声を上げると大きく仰け反った。勢いのまま後ろの壁にゴン! と後頭部をぶつける。


「っぐぅ……」

「うわ、大丈夫ですか」


 ぶつけた所に手を伸ばして頭に触れる。

 顔を上げた先輩と、至近距離で目が合って。ああ、その瞳に映る私がはっきり見えるくらい、近い。

 茶がかった瞳が閉じられ、ふっと顔が近づいてきた。


「……」

「…………先輩。口の端ってかほぼほっぺなんですけど」


 てっきりキスされると思ったのに先輩は盛大に外した。指摘すると顔を逸らす。


「だって目を瞑ってたら位置分かんねぇだろ!」

「開けてればいいじゃないですか」


 先輩がちらりとこっちを伺う。


「……む、無理!」


 そして、どこぞの乙女のように顔を両手で覆って隠してしまった。


「無理って」

「だって、そんな近くで志乃の顔見れねぇよ! そもそも俺、ほぼ一目惚れだったんだし!」

「えっ」


 驚きの声を上げると先輩は「言っちまった……」と盛大なため息を吐いた。

 ぐっと、真っ赤に染まった顔が持ち上がる。


「あー、もー! こうなったら、もういっそ全部話すけど! 入学式の時、綺麗な子がいるから見に行こうって話になって窓から覗いてて! すっと背筋が伸びた綺麗な後ろ姿がすぐ目に入ってさ! 黒髪がさらさらと風に靡いてるのもめちゃくちゃ綺麗で。振り向かないかなって見てたら、誰かに呼ばれたのか志乃が振り返って! すっげえ優しそうな顔で笑ったのに見惚れたのが始まり!」

「み、ほれ」


 ちょっと待って下さい。そんな嬉しすぎる言葉に脳の処理が追いついてないんですけど。

 そんなに前から好きでいてくれたんですか。


「そしたら、写真部見学に来て! 嬉しかったけどぴくりとも表情動かさねぇしつまんなかったのかと思うだろ! なのに、入部するし! 一緒に入った友達が居なくなってもしっかり来て、真剣にカメラの勉強してさぁ。楽しいって言ってくれるし! お前のことが知りたくてめちゃくちゃ絡みに行きましたよウザくてすみませんでした!」


 ウザいとは思ってなかった。よく話しかけに来てくれるなとは思ってたけど。でも、きっと新入部員全員にそうしてるんだろうと。親切だなくらいにしか。

 先輩のこと散々鈍感だの何だの言ったくせに。私も大概じゃないか。これじゃ、人のことを鈍感なんて言えない。

 うう、恥ずかしい。けど、嬉しい。そして……堪えきれない。先輩すっごい殺し文句を連発してるんですけど気が付いてますか。


「先輩、あの、まっ、待って」

「ちょっとずつ話すようになって! 好み合うし、会話しててもノリ良くて楽しいし、廊下ですれ違ったらわざわざ立ち止まって会釈してくれるのすげー礼儀正しいなとか思うし、冷たそうに見えるけど案外子供が好きで見てるとき柔らかい表情してるし、そういうの全部! 元から見た目が好きなのに、中身まで好きになるだろ! 五月入る前には完全に惚れてたよ!」


 待ってと言ったのに先輩は止まらない。最後の台詞を叫びきるとはーっと長いため息をついた。


「で、前見た柔らかい笑顔がまた見たいなとか思ってたら、今日初っ端からその目標達成できたし。服可愛いし、パンケーキハシャいでるのも可愛いし、号泣しても引いたりしないで優しくしてくれるし、また惚れ直した勢いで告白とかしてさ。こ、恋人とか言ってもらえて。………………俺は今日死ぬのか」

「先輩、先輩」


 ぐいぐいと先輩のマフラーを引っ張る。


「ん?」

「…………もう勘弁して下さい」


 さっきから、意識してないと思うんですけど怒濤の甘い言葉の嵐に、私のキャパは限界です。


「どうした!? 顔赤いぞ!? 熱か!?」

「……はあ」


 やっぱり、先輩は鈍感で無神経で馬鹿だ。




結城志乃

 基本無表情だけど内面は普通の女の子。意外と短気で行動力がある。顔立ちは美人で、成績、運動神経も良い方。人気はあるけど冷たそうに見えるため告白されることは少ない。

 これから先輩の勉強を手伝ってあわよくば自分の志望大学に合格出来るくらい先輩の成績を上げたい。


遠野隼人

 鈍感無神経先輩。明るく朗らか。成績は悪い。友達はかなり多い方。周囲にはバレてるけど志乃へはアピールが斜め上方向過ぎるせいで全く気が付かれなかった。

 多分、きちんとキスが出来るようになるまで半年かかる。

 好きな人の方を見れないから周りの景色ばかりみてしまうタイプ(三話)


結城緋乃

 志乃の姉。すぐに顔に出るタイプ。喜怒哀楽の落差が激しい。些細なことに一喜一憂する。不器用で何かとタイミングが悪い。

 小太郎と結婚して素敵な奥さんを目指して張り切るけど多分包丁は持たせて貰えない。


東雲小太郎

 喫茶店のマスター。落ち着いた雰囲気の美青年。一を聞いて十を察する。天然な緋乃を落とすのに多分すごく苦労したと思われる。過保護。

 今後は志乃にお義兄さんと呼んでもらいたいと思ってる。


最後までお読み下さりありがとうございました!

普段はヒーローが鈍感ヒロインに苦労している話ばかり書いていたので逆パターンを書いていて楽しかったです。

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