31:他人の恋路を見せつけられ、そんでヒモを卒業するオッサン
なんてグダグダ自分に言い訳をしていたら、その日の晩に瑞樹さんに「何かあるんですか?」と見抜かれてしまった。
さすが看護士さんというか、母親というか。
妙に鋭い。
「気になることがあって、ユーリィ君に会いたいんですけど」
ということを、僕は吃りながら言った。
「何か問題が?」
同席していた稲塚の視線が険しくなる。
「も、問題という…か…」
その問題があるかどうか、再度、鑑定ておきたい。
ということを喘ぐような調子で1分くらいかけて伝える。
僕もキツイけど、聞き手の2人も大変だろう。
申し訳ない気分になって、余計に口が回らなくなってしまう。
「そういうことですか」
「でしたら、はやく診てもらいましょう」
お茶を飲んでいた2人がさっさと立ち上がる。
僕を挟んで、前に稲塚、後ろに瑞樹さんという布陣だ。
たぶん。直前になって、僕が逃げ出さないようにしてるんだろう。
何も言わないで、こんな立ち位置になれるんだから、2人は気心も知れているということだ。
もう、付き合ってもいいじゃない。
あとは稲塚が気持ちを口にするだけのような気がする。
「ハジメ、マシテ。コウヘイさん」
ユーリィは病人特有の細い声で、そう言った。
うん、と僕もうなずく。
「カンシャシテ、マス。アリガトゴザイマス」
うん、とうなずく。
「ちょ、と。鑑定るカラ」
馬鹿にしてるわけじゃなく、僕も微妙に片言になりながらユーリィのステータスを確認する。
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イネヅカ ユーリィ 【職業:ガクセイ】
種族:人間
性別:♂
年齢:14
状態:融合開始
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ヒヤリ、とした。
状態が変化してる。融合失敗だったのが、融合開始になってる。
なんだ? 何が起きてる?
鑑定さん、頼みます!
《人造の魔石が活性化したことにより、肉体との融合が進んでいます。現在の進行度は5%》
待~て、待て待て、待ってほしい!
人造の魔石が活性化?
今までは休眠してたってことか?
なら、なんでいきなり活性化した?
もちろん、僕の与えた魔力だろう。他に外的要因がないし…。
ふ、と思い出したのはガチャポンプだ。
井戸水を汲み上げる手漕ぎポンプは、その仕組みから、最初に水を汲み上げるのに呼び水という水をかけてやらねばならない。
それと同じだったんじゃないか?
僕の魔力が、呼び水となったんじゃないか?
そう考えると……ユーリィが魔力不足に陥っていた理由も判然とする。
魔力不足の原因。それは人造の魔石が、呼び水となる魔力を求めて、MPがゼロのユーリィの肉体を責めていたんじゃないだろうか?
というか!
問題は、これからだ。
融合開始ということは、何時か融合が終了するということでもある。
その時、どうなるのか…。
う~ん……分からん。
分かるはずがない。
初めてのことだし。
ということで、僕は正直に稲塚と瑞樹さんに伝えることにした。
因みに人造の魔石がユーリィの体内にあることは、既に筆談で伝えてある。
「「 う~ん 」」
と2人は考え込んでしまっている。
僕はといえば、部屋の隅で隠れるように座っている。
それというのも、ユーリィがニコニコと僕を見ているのだ。
なんか懐かれてしまったみたいだ。
命の恩人ではあるけど、僕に妙な幻想を抱いていなければいいんだけど…。
僕は、ただのオッサンですよ。
むしろ対人恐怖症で無職だから、ただのオッサンよりも、救いようがありませんよ。
ということを考えたら、我がことながら地味に落ち込んでしまった…。
「決めました!」
胡坐をかいていた稲塚が、パン! と自分の膝を叩いた。
「蛯名さん! いいや、瑞樹さん! 俺と結婚してください!」
何を言ってるんだろう、この人は?
そう思ったのは僕だけじゃないはずだ。
瑞樹さんも、ユーリィも呆けたような顔をしていたから。
「瑞樹さん!」
ズズイ、と稲塚が瑞樹さんににじる。
それで、ようやく僕たちの脳ミソが再稼働した。
瑞樹さんが、助けを求めるみたいにユーリィを見て…。
ユーリィは嬉しそうに微笑んでる。
瑞樹さんが、僕を…。
見られる前に、サッと顔を背ける僕である。
「そ、その…。あたし、子供がいますし」
「問題ありません! 智花ちゃんも香ちゃんも、好い子です!」
「借金も」
「問題ありません! ペガさんが頑張ってくれてますから!」
「年齢だって…」
「好きです!」
おお! 40年近く生きて来て、たぶん初めて他人の告白を生で耳にしたぞ!
チラ、と見ると瑞樹さんの頬が赤くなっている。
あら? もしかして、鈍いと思ってたけど薄々と稲塚の気持ちに気づいてたか?
そりゃー気づくか。漫画じゃないし、まして女性のほうが恋愛には敏感だし。
「わかりました。ですが、結婚はまだ早いと思うので。前提としたお付き合いということで」
「ありがとう!」
言って、稲塚が瑞樹さんを抱きしめた。
すげぇな!
「オジイサマ、オメデトウ」
ユーリィも祝福してる。
これで瑞樹さんも晴れてお婆ちゃんか。そんなこと口が裂けても言わないけど…。
というか? 何でこんなことになってるんだ?
そんな僕の疑問が伝わったわけでもないだろうけど、稲塚が言った。
「つきましては、俺は極道を引退する」
まさに電撃的宣言。
ガタリ、と障子戸の向こうの廊下で物音がした。
待機していた若頭だろう。
「親分! なにを言ってるんですか!」
思っていた通りで、障子戸を開けて若頭が飛び込んできた。
「俺はもう決めたんだ。瑞樹さんと結婚…いいや、付き合うんだったら、俺もカタギにならなけりゃあイケネエ。そうでないと看護士の瑞樹さんにも迷惑かけちまうし、騎手の智花ちゃんや香ちゃんにだって面倒をかけることになるからな」
「しかし、親分」
「もう決めたことだ。だからよ、次の親分はお前だ」
「親分…」
「お前なら、組をまとめるのに不足ないしな。頼むぜ」
「へい!」
「それで、ですね」稲塚は瑞樹さんに向き直った。
「失礼なのを承知で、頼みます。明日にでも、瑞樹さんの家にユーリィと一緒に住まわせてもらえないでしょうか」
同棲ですか?
けど、そんないきなり。
「あら、いい考えですわ」
予想外! 瑞樹さんも何か賛成してる。
普通は嫌がったり……まぁ、自分を好いている渋い漢となら否やはないか? それにユーリィの世話で、何時までもコッチに居るわけにもいかないし。
でも考えてみると、なんか瑞樹さんにユーリィの世話を押し付けるために同棲するみたいな?
そう不審に思っていると
「そういうことなんで、コウヘイさん。ユーリィのことは任せましたぞ」
「あたし達は借金を返すために、働かないといけませんから」
新しい働き口を探さないと。
それなら、俺の伝手で…。
なんて、今にも肩を抱きそうな距離でむつまじく話している瑞樹さんと稲塚から、僕はゆっくりとユーリィに視線を向けた。
「コウヘイさん、ヨロシク、オネガシマース」
ニコリとユーリィ少年は言った。
その日。ステータスを確認すると、僕の職業が『ヒモ』から『何でも係』にジョブチェンジしていた。
係、て…。
稲塚の行動力は凄まじかった。
その日のうちに組員に引退を表明するや、吉日を選んで盃ごとをすることを縁のある極道に報せ。
そうかと思うと、翌日には何時の間に用意したのやら、婚約指輪を瑞樹さんに送り。
間を置くことなく、必要最低限の家財を軽トラに積んで、本人はユーリィと一緒に別の車に乗って蛯名家へと引っ越してきた。
この一連の出来事が、わずか15時間ほどである。
いや~、できる男は違うと思い知らされた。
そして、いきなりの稲塚とユーリィの訪れに香は……爆睡していた。
香は完全無欠に油断をしていた。具体的にいうと、ソファにスポーツブラとパンツ1枚というあられもない姿でガースカグースカ寝ていた。
今日から夏休みと聞いている。
おまけに、瑞樹さんや僕の目がない。
ということで、夜中まで起きていたのだろう。
瑞樹さんは、稲塚とのことはサプライズで黙っていたらしい。けれど、帰宅するのは伝えてあったはずなのに。
早く帰ってきたとしても昼過ぎだと高をくくっていたと思われる。
娘の惨状に、直ぐさま瑞樹さんが飛んできて「おほほほほ」と貼り付けたみたいな笑顔をすると、寝ぼけた香を引きずって部屋に行ってしまった。
残った稲塚とユーリィは2人して何処か似た苦笑をしてから、ミカに挨拶に向かった。
因みにユーリィは稲塚に腰を支えてもらっているだけで、自分で歩いている。劇的な回復だ。ただ、おそろしく痩せてはいる。
「ミカ様、今日からこちらでお世話になることになりました。よろしくお願いいたします」
「ヨロシク、ネガイマス」
そう挨拶されて、ミカはガン無視だ。ゲーム画面から、チラリとも視線を向けようとしない。
今は人間と話をする気分じゃないみたいだ。
ミカは気分屋だから、その時々で人間への対応が変わる。香や瑞樹さんとちょこちょこ話したりもする。そういう時は、ホント、普通の金髪10歳美少女に見えるんだけど…。
まぁ、基本は無視だ。
何故なら、神だから。
そうとしか言えない。
とはいえ、それで稲塚が気分を害するはずもない。
彼はミカが超常の存在だと弁えている。
意外だったのは、ユーリィが機嫌を損ねなかったことだ。
14歳といえば、言っちゃえば自分を中心に世界が回っていると勘違い真っ最中な年齢だ。
あの香だって、当初はミカに反抗的だった。
ミカは見た目が見た目なので、どうしたって侮る気持ちになってしまうのが普通なのだ。
僕だって、そうだった。
してみると、ユーリィは、よっぽど賢くて大人びているのか、それとも大人にならないといけなかったのか…。
後者、かな?
両親をテロで失って、一昨日まで死にかけていたのだから。
達観しているのかも知れない。
「帰ったよ」僕もミカに挨拶しておく。
「何かあったかい?」
「な~んも。強いていえば香が異世界のことを訊いてきてうるさかった。そんぐらい」
ああ、それで話疲れてガン無視なのかな?
「お疲れ」
「ん」
と熟年夫婦みたいな会話になってしまう、僕とミカだ。
さて。瑞樹さんと香が戻るまで、蛯名家のおさんどんたる僕は、稲塚とユーリィにお茶をだした。
蛯名家のキッチンはもはや僕の城なのだ。
瑞樹さんよりも詳しくなっているはずだ。
けれど、次に詳しいのは香で…。
お茶請けに出そうと思っていた手作りのクッキーはなくなっていた。
「えええええ!」リビングにその香の大きな声が届いた。
「婚約って誰と!?」
静かになる。瑞樹さんが説明しているんだろう。
聞こえるのはミカの遊んでいるゲームの音だけだ。
「ええええええ!」再びミカの大きな声が届いた。
「稲塚さんと!?」
声の調子からすると、別段に婚約を嫌がっている感じは受けない。
僕が蛯名家に居候し始めた頃は、瑞樹さんと僕をくっつけようとしていた香だ。
母親の恋愛や結婚に対して、厭うような感情は無いのだろう。
「えええええええ!」三度である。
「ユーリィ君も!? それじゃあ、母さんってばお婆…」
プッツリと香の声が途中でなくなった。
これには稲塚もユーリィも気まずそうにしている。
香……ぜんぶ君が悪いのだよ。




