聡・2
ずっと、ゆきっぺを見ていた。楽しそうに笑ってる。うれしかった。
昔からそうだった。ゆきっぺが笑っているのを見るのが、好きだった。
彼女の笑顔は、そう若くはない今でも、やっぱり可愛く見えた。
ゆきっぺは、中学の時から物静かだった。いつも誰かの話の聞き役で、
自分のことや、自分の意見を、積極的に話すことはあまりなかった。
小柄で、おとなしくかった。
クラスで席替えをする度に、僕はゆきっぺより、後ろの席になれるよう祈った。
決して隣に行きたいなんて、大それた事は思わなかった。ゆきっぺの後ろなら、
ずっと、彼女を見ていられたから。
あのころ、僕は、ゆきっぺを見ているだけで、幸せだった。僕は今日、
そのことを、大人になった自分の言葉で、ゆきっぺに伝えたかった。
中学の三年間に、ゆきっぺと話した回数は、実はそんなに多くはない。
もっと話したいと思ったけど、僕はそれほど、話し上手じゃなかった。
今もだけど。
こんなこと、女房が知ったら、どう思うかなぁ。
女房も同じ中学。二つ下だから、ゆきっぺのことは、直接には知らないはずだけど、
いつだったか、「農協の園田さんとこ、娘さんが離婚したんだって。あんた、知っとった?」と言ったことがある。
別にどうと言うこともないのだけど、その時僕は、自分の顔が、赤くなったのを感じた。
座はどんどん盛り上がって、みんな思い思いに動き回って、あちこちに話しの輪が
出来ていた。そんな中で、ゆきっぺは最初に座った場所から動くこともなく、
しずちゃんや、近くの連中と話してばかりいた。
突然、誰かが、しずちゃんを呼んだ。「なにぃ?」と言いながら、しずちゃんが
呼ばれた方へ行った。ゆきっぺの隣があいた。僕はあわてて、その辺りにあった
誰かのグラスを持って、ゆきっぺの隣に移った。