内戦、再び……①
「申し上げます。ライノニアが反旗を翻しました」
皇帝の執務室に音もなく現れ、面を付けた男が跪いてガートルード……もといアリシア皇帝陛下に重大な知らせを告げた。
「そうか、ようやくライノニア公も重い腰を上げたようだな」
驚く様子も見せず、アリシア皇帝は頷いて、先を促す。
「は、……密偵の情報に寄りますれば、帝都を秘密裏に脱出したライノニア公は密かに呼び寄せた軍と合流し、東より帝都に向かって来ております。また、それに呼応するようにフォルムス軍が国境を越え、南から帝都を目指して進軍中との情報が入っております」
「ふん、予想の範囲内だ。アーキスには連絡したか?……ああ、お前はそのまま居て構わない」
極秘情報が飛び交う状況に席を外そうと立ち上がると、それを見咎めた皇帝が私を押しとどめた。
「はい、取り決めの通り、アーキス将軍には皇帝神具にて連絡済みでございます」
「ならば、すぐにでも戻って来よう。カイロニアはどうだ?」
「情報はこれから届くと思いますが、こちらに反旗を翻す恐れは無さそうです。一応、カイロニアの残存兵力の指揮官級には密偵を張り付けておりますので、万が一の場合は殺傷して指揮系統を混乱させることが可能でございます」
「おそらくは我々と協調するに違いない。カイロニア公には事が終わった際に褒美を用意しなければならんな。して、帝都内の方はどうだ?」
「すでに、マークしていた内応者はすべて捕縛し、帝都での籠城戦には抜かりない状態でございます。近衛軍も直に所定の配置に付き、万全の態勢となりましょう。現在は籠城戦における神殿騎士団との連携について協議を進めているところでございます」
「おおよそ予定通りか……ライノニアもアーキスが間に合わなくなるのをぎりぎりまで計っていたのだろう。が、あれと一緒に赴いたカイロニア軍は騎兵を中核とした軍勢だ。荷駄隊や攻城兵器を残していけば転進は早い。また、転進ルートも整備済みだ。敵の予想を超えた進軍スピードで帝都に戻って来るであろう。どうやら、ライノニアにもフォルムスにも一泡吹かせてやれそうだな」
アリシア皇帝は、謀が順調そうで、ご満悦の様子だ。
リデル様に似ているところもある方だが、こういったところは全く似ていない。
「では、引き続きカイロニア陣営を監視せよ。必要があれば公との面談を設定するようケルヴィンに申し伝えよ」
「御意のままに」
男は現れたのと同様にかき消すように姿が見えなくなった。
「フェルナトウ! フェルナトウは、おらぬか?」
「は、ここに……」
先ほどの男のように、不意に私の前に神官姿の男が現れ、内心ひどく驚いた。
正直、心臓に悪い。
ここの人達は入り口から素直に入るという常識を知らないのだろうか?
「フェルナトウ、聞いた通りだ。念のため、お前の配下をライノニア・フォルムス両軍に潜ませてくれ。その後、必要があれば指示を出す」
「仰せのままに」
「頼んだぞ……はて、そう言えば、有力な配下を……に送ったと聞いたが首尾はどうだ?」
こちらをちらりと見て少し口を濁してアリシア皇帝は尋ねる。
「それは……」
フェルナトウの方も歯切れが悪い。
「ん? どうした、確か手練れの蜘蛛遣いの死霊術者を送ったと聞いたが……」
「ざ、残念ながら、良き知らせは入っておりません」
「……まあ、そうであろうな。かの者が相手ならば」
アリシア皇帝は皮肉めいた表情を浮かべながら、私に顔を向けて言った。
「君の思い人は、なかなかに厄介な人物だぞ……シンシア」
◇◆◇◆
「で、今度こそ、納得のいく説明していただけますね?」
ヒューは優しい表情とは裏腹に、厳しい口調で問いかけてくる。
どうにか、アリスリーゼ討伐軍に追いつき、偶然ヒューとも再会を果たしたけど、タイミングが悪すぎた。討伐軍は急を要する理由で帝都に引き返す準備の真っただ中で、ゆっくり話が出来る状況では無かったのだ。
ヒューのイクスに対する詰問に関しても、とりあえず「今のこいつ、一応無害だから、詳しい話は後でする」と無理やり押し通して、転進の準備を優先するようお願いした。
ちなみに、ソフィアの暴走の理由は遠目でヒューの銀の甲冑が目に入ったのだそうだ。オレには違いがわからないが、ソフィアの目から見ると、他とは違う輝きに見えるらしい。
進発の準備をしていて、一刻の猶予もないと思い詰めて突進してしまったようだ。
心臓に悪いので、次からは理由を叫んでから行動して欲しい。
ところで、今回のヒューの討伐軍における立場は、アリシア皇帝から派遣されたカイロニア軍の客将待遇で、アーキス将軍の相談役といったところなのだそうだ。
なので、討伐軍の指揮系統からは独立していて、上司も部下もいない気ままな立場らしい。
そこでオレ達は、ヒューの知人の傭兵という触れ込みで、一時的にヒューの配下として加わり、討伐軍と行動を共にできるように計らってもらった。
ただ、ヒューはオレだけでもアーキス将軍に会えるよう手配してくれると言ってくれたのだが、丁重に断わることにした。
ただでさえ、責任ある地位で忙しい身なのに、急な転進のため一刻の猶予もない状況で
、のこのこ会いに行けるほど、オレの面の皮は厚くは無かったのだ。
それに、先行する騎兵部隊、可能な限りそれに続く歩兵隊・傭兵隊、ゆっくりと帰還する荷駄隊の三つに分かれての転進であったので、そもそも先発隊にいる将軍に会える機会など無かったというのもある。
かく言うオレ達は、実のところ一番遅く帰還する荷駄隊と一緒だった。
これには理由がある。
最初、傭兵という立場でアーキス軍の先発隊に加われば、比較的早く帝都に帰還できるのではないかとも考えたのだけど、アーキス軍で戦功を挙げるということは、長い目で見るとガートルードに助力することに他ならないし、下手に目立つと正体がバレかねないという危惧から、荷駄隊部隊に残ることとしたのだ。
表向きは荷駄隊の護衛任務を請け負うことであったけれど、実際は閑職に等しかった。
正規軍に喧嘩を売る盗賊は、そうはいない。
そして、その部隊もようやく中継基地である街に入り、軍装を脱ぐに至った。
オレ達は、やっとヒューに今までの経緯を話す機会を得たという次第だ。
新章です。
あれ、展開が早いぞ?
ホ、ホントに今年度中に終わるかもしれない(ノД`)・゜・。
(来年4月に、この後書きを見て笑っているか、感心しているか……それは神の味噌汁w)