変転……⑧
◇◆◇◆
それからしばらく、オレは無言を通した。
慌てたイクスがご機嫌を取るように何度か話しかけてきたが、無視を決め込む。
本当のところ、怒りはとうに治まっていたのだけど、引くに引けずにいたというのが本音だ。
と言うのも冷静になって考えると、一方的とはいえ、イクスの発言はオレを思ってのもので、頭ごなしに怒るのも大人げなかった。
そもそもの話、オレとクレイの生きる時間が違うという事実をイクスにはっきり言われ、否定しようにも否定できないもどかしさにイクスへ八つ当たりした――それが怒った理由であり、その子供っぽさにオレは正直、自己嫌悪に陥っていた。
怒って話さなかったのではなく、ばつが悪くて話せなかっただけなのである。
オレとしても、後ろではらはらしているソフィアのためにも早く和解したかったのだが、オレの方から歩み寄るのは何となく気が進まなかった。
何とも面倒くさい性格だと自分でも思う。
思い返すと、こういう状況はオレの性格上、過去にも何度かあったのだけれど、クレイの場合その度に絶妙な返しで、この微妙な間をぶち壊してくれて、元の雰囲気に戻してくれたっけ。
ホント、クレイはオレの扱い方をよくわかっていたよな。
決してイクスが悪いわけではないが、つい比べてしまう。
クレイを恋しく思う半面、比較してしまう自分を我ながら最悪だと思った。
「見てくださいよ、リデルさん」
そのイクスに声をかけられ、顔をあげると、不意に視界が広がる。
森を抜けたのだ。
「あれがアリスリーゼ討伐軍ではありませんか?」
森を抜けた先は小高い丘になっており、見下ろすと平原が広がっていた。
イクスの指し示す方を見ると、万を超える軍勢が川のほとりで野営の準備を行う様子が目に入った。
何とか、追いついた……。
オレは、ほっとする。
一番の心配は、オレが追い付く前にアリスリーゼと戦端が開かれることだったからだ。
「リデル様……」
「ああ、わかってる。すぐにでもアーキスのおっさんと面会して、アリスリーゼ攻めを待ってもらおう」
心配げなソフィアを安心させるように力強く言うと、ソフィアも笑みを浮かべる。
「おや、リデルさん。何だかおかしいですよ」
オレとソフィアに割り込むようにイクスが口を挟む。
「何だよ、イクス。お前とは、しばらく口をきかないって……」
言いかけたオレはぎょっとする。
ま、まさか……。
「討伐軍が行軍準備を始めただと……!」
先ほどまで、テントや炊事など野営を行うための準備をしていたのに、いきなり片づけを始め、金属鎧を脱いでくつろいでいた騎士達も従士に再装備を命じている。
何が起こったんだ?
とにかく急がないと進軍してしまう。
「ソフィア、イクス。走るぞ!」
オレたちは丘の斜面を転げるように下り、進軍準備をする討伐軍に近づいた。
「リデル様……これはちょっと無理ではないですか?」
「むう……」
ソフィアの指摘にオレは唸る。
ある程度までは接近することは出来たが、やはり近づくの無謀だった。
進軍準備で皆、殺気立っていて、おいそれと声をかけられる雰囲気ではなかったのだ。不用意に近づくと問答無用で斬られそうな感じさえする。
「さて、どう近づいたものか……」
物陰から討伐軍の様子を観察し、思案していると何か違和感を覚える。
何だろう?
急な進軍のせいだろうか……いや、待てよ。
まさか、こいつは……。
「リ、リデル様。ひょっとして討伐軍は……」
「ああ、そうだ、ソフィア。討伐軍は」
先発隊が行軍し始め、確信する。
「……引き返そうとしてるんだ」
しばらく観察を続けたが、転進は明らかだった。
とにかく、オレが説得するまでもなくアリスリーゼ討伐は中止となったようだ。
けど、理由がわからない。
急な進発だから、何かが起こったのは間違いないだろう。
オレの想像が正しければ、おそらく帝都で何かあったのだと思う。それも火急速やかに大軍を必要とする事態がだ。
その辺の兵士を捕まえて問い質したい気分だが、それをやったら確実に戦闘になる。
どうにか出来ないものかと悩んでいると、不意に横合いから誰かが飛び出した。
「へ?」
何が起こったかわからず、ぼんやりと目で追うと、それはソフィアだった。
「ソフィア?」
ソフィアは脇目も降らず、進軍準備をしている兵士たちに向かって一直線に走って行く。
む、無茶だ、ソフィア。
いったい、どうしたんだ?
オレも何も考えずソフィアの後を追いかける。
「仕方ないなぁ」
残されたイクスも、口とは裏腹に嬉しそうにオレを追いかけ始めた。
準備に忙しい討伐軍もさすがに自分たちの軍に突っ込んでくる不審者に気付かないはずもなく、一気に緊張が高まる。
ちょうど軍装を整えた兵士たちが迎撃の構えを見せた。
まずい……このままじゃソフィアが危ない。
間に合わせるために、オレは自分の人外レベルを一段、引き上げた。
とたんに走るスピードが、ぐんと上がり、ソフィアとの距離がみるみる縮まる。
よし、何とかなる……。
あと一息で追いつくという場面で、ソフィアの前に討伐軍から誰か飛び出してくる。
しまった……間に合わない。
そう焦った瞬間。
「なぜ、ソフィアさんがここに?」
銀の甲冑を身に纏った男が不思議そうにソフィアを見つめていた。
「ヒュー!」
オレは叫びながらソフィアに追いつくと横に並んだ。
「リデル!? 貴女まで?」
オレの登場にヒューは心底、驚いたようだ。
「久しぶり、ヒュー……」
オレは懐かし過ぎて声を詰まらせる。
ずっと会いたかったから、胸にこみ上げるものがあり、声が出ない。
「ご無沙汰しています、リデル。お元気でし……いえ、言うまでもなくお元気そうですね」
にこにこと柔らかく笑うヒューは以前と変わりなく、それだけでオレの心を癒してくれた。
「その前に……皆さん、こちらの方は私の親しい方々です。決して怪しい者ではありません。進発の準備を続けてください」
ヒューは後ろで臨戦態勢の同僚たちに警戒を解くように伝える。さすがはヒューと言うべきか、その言葉で他の兵士達は安堵し、本来の仕事に立ち戻った。
それを見届けてから、ヒューは鋭い視線をこちらに向ける。
「さて、それでは何故、君も一緒にいるのか説明していただけますか?」
視線の先のイクスに対し、ヒューは闘気を纏わせながら静かに質問した。
今回は時間が無くて、本当に間に合わないかと思いましたが、何とかお届けできました。
次回は新章です。いろいろ動き出します。
ざっと計算して年内は無理でも年度内に完結しそうな気がします(←気がするだけです)
今後とも、よろしくお願いします。
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