アリスリーゼ政庁舎……①
ソフィアがオレのために選りすぐってくれた宿屋は、さすがと言って良かった。
港町の強みを生かした新鮮な海の幸をふんだんに使った料理は絶品と言って良かった。ふだん、食通ぶって宿屋の料理に文句をつけるクレイも黙々と食べている。
「お気に召していただけたでしょうか?」
食事が終わるとソフィアが心配げに聞いてくる。
「お気に召すも何もこんなに美味しい魚料理は初めてだよ。とても美味しかった、ありがとうソフィア」
「いえ、気に入っていただけて幸いです。ですが、お仕えする身としては当然ですので礼には及びません」
口ではそう言うけれど、オレの絶賛にソフィアは嬉しそうな表情を見せた。
オレも何だか嬉しくなって、二人でニコニコしてほんわかする。
「お二人は、まるで仲の良い姉妹のようですね」
ヒューがオレ達の様子を目を細めて眺め、感想を述べる。
「うん、そうだね」
「そんな……恐れ多いです」
ソフィアが恐縮するので、オレは断言してあげる。
「でもソフィア、オレはソフィアのこと大好きだし、本当のお姉さんみたいに思ってるから」
「……リデル様」
オレとソフィアが見つめ合っているとクレイが茶々を入れてくる。
「帝都に戻ったら、シンシアに告げ口してやろう」
「ク、クレイ!」
思わず、オレの脳裏に目を三角にして怒るシンシアの姿が浮かんだ。
「冗談だ、本気にするな」
クレイめ、焦らせやがって……後で覚えてろ。
ニヤニヤ顔のクレイを睨みつけた後、オレはふと思い出してヒューに尋ねる。
「そう言えばヒュー、アリスリーゼに来たのに、お師匠さんを探さなくていいの?」
前にクレイと話した時には、ヒューのことだからお師匠様よりオレを優先するに違いないから問題ないだろうって言ってたけど、念のため聞いてみる。
「構いませんよ。無理にお会いしたいとは思っていませんし、ご縁があれば、また会うこともできるでしょう。ですので、リデルの傍らに付いていたいと思っています」
うん、やっぱりクレイの言うとおりだったか。
嬉しいけど、こんなに良くしてもらって良いのだろうか……時々申し訳ない気持ちになる。
「そう深刻に受け止めるな。ヒューのお前に対する振る舞いは、半分は騎士としての務めみたいなもんだから」
「じゃ、残りの半分は?」
「そんなの決まってる……」
クレイはニヤリと笑って答える。
「個人的な趣味さ」
クレイの発言に対し、ヒューはニコニコしているだけで何の反論しなかったので、正直本当のところはわからない。けど、嫌そうではないので、まあいいかと思うことにした。
◇
次の日、一晩寝て旅の疲れを落とし英気を養ったオレ達は、早速レイモンド代理統治官のいる政庁舎に赴くことを決める。
ただ、レイモンドについては、経歴や性格などはクレイからおおよその情報を得ていたが、現在の彼の状況については知らないことが多かったので、ソフィアが収集したレイモンドに関する情報を出発前に彼女からレクチャーを受けることにした。
レイモンド・フィール代理統治官――正確な年齢はわからないが40代半ばというのが有力な説だ。幼い頃から商才に恵まれ、20代前半で商会を立ち上げると、帝国を相手に一歩も引かない商いを行い、その名声を高めた。
そして、デュラント四世(オレの親父)が若かりし頃に友誼を結び、やがて帝国中枢にその影響力を及ぼすようになる。
そして、神帝(デュラント三世)のごり押しで皇女直轄領アリスリーゼが成立すると、四世の懇願を受けて代理統治官の任を受け、四世の死後も現職に留まり現在に至る。
その邸宅はアリスリーゼの市街を臨む小高い丘にあり、防壁を備えた強固な屋敷は実質的に城砦と言っても遜色の無い造りだった。
ただ、防御の堅い反面、不便な場所にあり、屋敷に滞在するのは稀で、もっぱら政庁舎に寝泊りしているとのことだ。
また、レイモンドは長年、連れ添った妻を亡くし、今は独り身であるが、妻の生前から浮気癖が酷く非嫡子の数は膨大な数に上るらしい。
それもあってか、正式な後継者である一人娘とは一緒には住んでいないようだ。
「レリオネラ皇太后?」
「ああそうだ、レイモンドの邸宅というかレイモンド城の実質上の主は『レリオネラ皇太后』なのだそうだ」
レリオネラ皇太后――先々代の皇帝であるデュラント三世の后で四世の母親、つまりはオレにとってお祖母ちゃんにあたる人物だ。
相当、気が強く嫉妬深い女性と知られ、権勢を欲しいままにした三世が唯一頭が上がらなかった人物としても知られている。
側室が産んだ双子が皇位を継承することに腹を立てて中立派のアリスリーゼに移り住んだのは、あまりに有名な話だ。血統第一主義で血筋や権威にこだわるという噂なので、身内であるけど、できれば近づきたくない人物の一人に数えていた。
「元々は居候のような立場であったのが、帰らないレイモンドの代わりに今では我が物顔で屋敷を占拠しているらしい。レイモンドが邸宅に寄り付かないのも、その辺りに理由があるかもしれないな」
うん、その気持ち何だかわかるような気がした。
忙しさは治まりませんが、一時よりマシになりました。
執筆時間はもとより、冬アニメの後半がたくさん貯まったままです(>_<)
なのに春が始まっている~w




