ロスラム傭兵団……②
バルボフと呼ばれた男は、巨体に任せた攻撃を得意とするのか、武器も持たずに両手を広げ、オレに向かってゆっくりと近づいて来る。
一般人なら、そのリーチの長さで容易く捕まえられて、その腕力の餌食となるだろう。
まあ、オレの素早さなら簡単に避けられるだろうけど、あんな奴に抱きすくめられるなんて、想像しただけで鳥肌ものだ。
正直な話、今のオレだったら真正面から力比べしたとしても余裕で勝てると思う。もちろん、こんなに衆目を集めるような場所でわざわざ目立つ行動を取るつもりは全くないけど。
そんなことを考えているうちにバルボフが目の前に立っていた。
そして、大きなモーションでオレを捕まえようと両腕を伸ばす。
オレはその寸前でひょいと避けて後方に下がった。
空を切った両手にバルボフは一瞬、唖然とした顔をするが、すぐに気を取り直して、再度オレに向かって腕を伸ばす。
けれど、先ほど同様に紙一重で避けてみせる。
それからしばらくは同じことの繰り返しとなった。
オレがわずかな動作で避けるため、周りからは大人が手加減しながら小さい子どもと鬼ごっこをしているかのように見え、住民からくすくす笑いが起こる。
「バルボフ! 何をやってやがる。手を抜くのも大概にしろ」
苛ついたオダンがバルボフを怒鳴りつける。その声にバルボフは顔を赤くして、いっそう捕まえようと躍起になったが、オレに指一本触ることさえできない。
とうとう、疲れ果てたのか尻餅をついて、肩で荒い息をしている。
「バ、バルボフ……貴様!」
「はあ、はあ……す、すみません、オ、オダン様。こいつが意外にすばしっこくて」
「みっともない言い訳するな! こうなったら大人数で取り囲んで……」
「お~い、ちょっと待ってくれ。そこで揉めてる人達!」
オダンが怒りのため、歯軋りしながら新たな命令を下そうとした瞬間に、この場に割って入ってくる者がいた。
ロスラム傭兵団の連中とオレ達の間に割り込んできたのは、領内の治安維持を受け持つ部署の制服を着た一人の兵士だった。大方、街の中心街での乱闘騒ぎを聞きつけて、争いを治めにきたに違いない。
ただ、オレとしては予定どおりの流れと言えた。
何故なら、バルボフをすぐに倒さないで時間稼ぎしていたのは、こうした公権力の介入を期待したからだ。
実際、ロスラム傭兵団の連中を叩きのめすのはおそらく簡単だったけど、目撃者多数のこの状況で逃げ出すことは不可能だったし、治安当局に拘束されるのは、ぜひとも避けたかった。
なので、治安兵などの公の兵士によって、事態を収拾することが望ましかったのだ。
ただ、現れたのがよく知る人物だったのが想定外なだけだった。
「双方、落ち着いてくれ。俺はディノン。領主様からこの地区の治安維持業務を委託されたグレゴリ傭兵団の者だ」
まさか、ここであのディノンと再会するとは思わなかった……。
ディノン・ウェグトール……グレゴリ傭兵団の自称有望株で、オーリエが皇女候補生だった時の護衛役だった男だ。
顔は悪くないのだが、女にだらしなく誰彼かまわず口説く節操のなさで、オレ達皇女候補生の間では最低な男ランキング堂々の第一位だった。
ちなみに好感度第一位はヒューだったけども。
例の一件の後、好意を寄せていたオーリエがデイブレイクと親しくなり、失意のあまりカンディアに戻ったと聞いていたが、こんな形で再会するとは夢にも思わなかった。
オレが皇女になったことを知る数少ない人物の一人だ、できれば接触は避けたかったんだが……。
「ふん、髭野郎んとこの下っ端か」
「団長、ここらが潮時かと思いますが」
苦々しげにディノンを睨むオダンにドゴスが提言する。
「ここでグレゴリ(傭兵団)といざこざを起こすのは得策ではありません」
「そうですぜ、団長。副団長の言うっ……ぐえ」
オダンが意見した団員をいきなり殴り飛ばし踏みつける。
「うるせー、言われなくてもわかってる。がたがた言うな!」
ドゴスは倒れた団員を見下ろした後、オダンに問う。
「団長の仰せのとおりに致しますが、このあと如何なさいます?」
「ふん、お遊びはここまでだ……おい、坊主! その女に誑かされて大会に出るんだろうが、大会じゃきっちり落とし前はつけさせてもらうからな。逃げるんじゃねえぞ」
「へ? いや、あのオレは……」
オダンは一方的に吼えると、オレの言い訳も聞かずに団員を引き連れて立ち去っていった。
「リ、リデルさん。本当に大会に出てくれるんですか?」
オダンんの残した言葉にオレが困惑していると、ネフィリカが顔を赤くして勢い込んで迫ってくる。
ううっ……オダンが勝手に言っただけだと言いたかったけど、言い出しにくい。
「え、リデルだって?」
しかも、仲裁したディノンが事情を聞こうと、こちらに近づいて来たタイミングだったので、ばっちり聞かれてしまった。
ディノンは腰をかがめて、フードの下のオレの顔を覗き込む。
「おお、本物だ!……ん、でも何でこんな所に皇……」
「ひ、久しぶりだね、ディノンさん!」
オレは皇女と言わせないように大声で言葉を被せた。