最終試練とオレ 後編
思っていたより動きがずっと速い。
重量級な竜のイメージで、素早い動作を期待していなかったけど、かなりのスピードだ。
イクスには劣るかもしれないが、一流の剣士に比べても遜色は無いだろう。
加えて、あの力だ。
稀に見る強敵と言えた。
「いいね」
自然と笑みが浮かぶ。
不謹慎だけど、ワクワクくしてくる。
嬉しくなって、オレは一気に間合いを詰めると連続技を放った。
ことごとく避けるが、攻撃の速度はオレの方がわずかに速い。
連続攻撃の最後の一撃が奴の肩口をとらえたかに見えた。
その瞬間、オレの両手は固い鉄の板を叩いたような衝撃を受ける。
驚いて目を凝らすと、竜男の身体の手前の空間にうっすらと輝く六角形の障壁が見えた。
バリスタの攻撃を弾き返した例の障壁のようだ。
続けざまに腕や脚に剣を斬りつけるが同様に弾き返される。
オレは、大きく退いて、一旦竜男から離れた。
なんて奴だ……。
防具をつけていないんじゃなくて、いらないんだ。
オレは得心した。
あれじゃ、いくら攻撃しても、ダメージが与えられない。
オレが思案している間に、今度は竜男が攻勢に転じた。
大剣を軽々と振り回して、上下左右に攻撃を繰り出してくる。
その剣筋は、決して力任せのものではなく、正確で鋭い正統派の騎士のそれだった。
けど、それだから逆に読みやすい。
オレは相手の剣捌きを正確に捉え、猛攻をしのぎながら、反撃の糸口を探っていた。
ふと、耳の後ろがチリチリと焼け付くような不快感を覚え、無意識に半歩下がる。
刹那、相手の剣が今までオレがいた空間を切り裂いた。
その一瞬前に完璧にかわした筈の剣が空中で、突然軌道を変え、オレを襲ったのだ。
何だ、今のは?
オレが戸惑っている間もなく、次の攻撃が来る。
先ほど同様に避けながら、今度はその動きを見逃さぬよう目で追った。
すると、奴の剣は見えない何かに当たって跳ね返るように軌道を変え、オレを攻撃してきた。
再び、かわしながらオレはその正体に気付く。
さっきの障壁だ。
奴は放った剣の先に例の障壁を展開し、無理矢理に剣の軌道を変えていたのだ。
これは、ちょっとヤバイかも……。
イレギュラーな……しかも自然の摂理に反した剣の動きに、オレは避けるので精一杯になった。
攻撃は通らない、防御もギリギリ。
今はかわせているが、オレだって無限に闘える訳ではない。
かなり進退窮まった状態だ。
何度目かの反射障壁攻撃(オレが命名した)を避けながら、オレは苦し紛れに一撃を放つ。
もとより跳ね返されるのは想定内で、少しでも奴の攻撃を遅延できればと思ったに過ぎない。
けれど、その一撃は奴の左腕を浅く切り裂いた。
「えっ?」
相手よりオレの方が驚いた。
何で障壁を展開しない?
いや、まさか……できなかったのか?
それなら、何故……?
攻撃が当てられたことも意に介さず竜男は再び攻撃を始めた。
もしかして……。
オレは奴が反射障壁攻撃をした瞬間、前転して攻撃を避けつつ剣を水平に斬りつけた。
案の定、障壁は現れず奴の太ももに傷を負わせる。
奴は初めて大きく後退すると間合いを保った。
やはり、そうか……。
どうやら、奴の絶対障壁は無限に出せるものではないのだ。
回数制限のようなものがあり、攻撃に使用したら防御には使用できないのかもしれない。
つまり、完全無欠という訳ではないということだ。
それなら、闘いようはある。
オレの方が奴より素早いというアドバンテージが生きてくるからだ。
普通に攻撃してもオレには届かない。
かといって例の障壁を攻撃に使えば、防御が疎かになる。
痛し痒しだ。
オレとしては奴が反射障壁攻撃を使用してくれば、攻撃の機会が生まれる。
それを待てばいい。
けど、逆に奴が防御に徹すれば、今度はオレの攻撃が届かず倒すことはできなくなる。
お互い、手詰まりと言って良かった。
「おい、あんた。いい加減、無益な闘いは止めたらどうだ?」
オレが休戦を申し出ると、竜男はいきなり、剣を地面に突き刺した。
受諾と思って、オレがホッとしていると、不意に奴は両手を頭の上に上げた。
「な、何だ?」
オレが呆気にとられていると、手を上げた先の空中に蒼い光が収束し始める。
やがて、青く輝く矢が3本、奴の頭上に現れた。
「ま、魔法かよ」
竜の奴、何でもありありだな。
確か、伝承では竜族の上位種は魔法にも長けていると聞く。
人間に変化したということから魔法が使えても、おかしくない。
恐らく、奴の戦闘スタイルは障壁による絶対防御を展開しつつ、魔法で攻撃するのが本来の姿なのだろう。
不気味に宙に浮かぶ光の矢から目が離せない。
竜男が上げた両腕をさっと前に倒すと、光の矢は真っ直ぐオレ目がけて飛んでくる。
1本は身体を横にずらしてかわし、1本はテリオネシスの剣で弾き(さすが魔法の剣)、最後の1本はオレの左腕を掠った。
オレがその回避行動をしている間に、竜男は剣を地面から引き抜き突進してくる。
避けようがなかった。
やられる……。
そう思った瞬間、不意に目の前が真っ白になった。
比喩ではなく文字通りに。
オレ自身の身体が輝いていたのだ。
同じ光をオレはよく覚えていた。
また、ルマの時のように爆発してしまう!
オレが焦っていると、頭の奥底で優しい声がした。
(大丈夫……二度目だから、きっと上手くいく……)
知らない女の人の声に聞こえたけど、何だか懐かしい感じがした。
気を取り直して、溢れそうな光を押さえ込もうとしてオレは気付く。
ルマの時とは違い、自分の意志で光が制御できるのだ。
光が全身に満ち溢れ、身体がひどく軽くなったような気がした。
こちらに迫ってくる竜男の動きが手に取るようにわかる。
オレは竜男の攻撃を易々とかわすと、そのまま神速の一撃を放った。
例の障壁を展開するが、オレの攻撃はその壁さえ打ち破り、奴の肩口を切り裂いた。
深くないが、かすり傷ではない。
竜男は肩を押さえて、大きく後退してオレを見つめた。
そして、剣を地面にゆっくり置くと膝をつき頭を垂れる。
(お見事です、姫よ)
直接、オレの頭に奴の声が響いた。
突然、何言い出すんだ、こいつは。
驚いて声を上げそうになったけど、かろうじて思いとどまる。
どうやら、さっきの声は回りには届いていないようだった。
「大丈夫か、リデル!」
いきなり、後ろから抱きすくめられたので、反射的にぶん殴る。
吹き飛ばされるのを両足を踏ん張ってこらえ、クレイは心配げにオレを見下ろした。
「怪我はないか? どこか変なところはないか?」
う、鬱陶しい。
この間みたいに、光ったもんだからクレイの心配性が過剰になっている。
「何とも無いから静かにしろ」
とりあえず、クレイに元気さをアピールして安心させると、オレは竜男に向き直った。
(え~と、もしかして、こうして考えるだけで、意思が通じるのかな?)
(仰せの通りです、姫よ)
(あの……その姫って言うのは止めてくれないか。何だか恥ずかしいし……)
オレは男だから……。
そう、オレが皇女であることは万が一にも無い。
聖石の力で、女になっているに過ぎないのだから。
ケルヴィンの言う通り、確かにこの竜、正常な判断ができなくなっているのかもしれない。
(そうだ! そんなことより、オレの後ろにいる女の子のことどう思う?)
ヒューと一緒にオレの後ろまで来ていたユクのペンダントが未だ輝いているのに気付くと、オレは恐る恐る尋ねてみる。
(その娘は姫ではあらず)
(そうじゃなくて、何か他に感じることはない?)
(質問の意図を図りかねる)
そりゃまぁ、そうだろう。
ユクのお母さんがユクがお腹にいることを知らせてなかったら、そもそも娘がいることを知らない可能性もある。
っていうか、ユクの母親はどこでこんな奴と知り合ったんだ?
普通に生活してたら、こんな伝説級の奴と子を生すなんて、ありえない話だ。
念話を続けながら疑問に思っていると、ケルヴィン局長がデイブレイクを伴ってオレ達の間に割り込んでくる。
「竜よ、問う。最終試練を突破したのは、この者か?」
ケルヴィンは明らかに不満げな表情でオレを睨みながら、口調だけは厳かに尋ねた。
(まさしく、この者がロニーナ様の血をひく娘なり)
ケルヴィンが驚いて辺りを見回し、兵士達がきょろきょろする様子から、今度の声はみんなに聞こえたことがわかる。
ってか、思いきりオレが皇女だと宣言してるし。
確実に厄介な方向に話が進んでいくが気がする。
「ちっ、まさか、こいつが本命だなんて……ありえん」
あの……ケルヴィンさん、思いきり本音が丸聞こえなんですけど。
オレだって、ありえない話だと思ってるよ。
そんなのオレが一番わかってる。
オレの想いとは裏腹に、ケルヴィンは不本意そうに側近と話し始めた。
今後の段取りについて指示を出してるようだ。
どうしよう。
この場でいくら否定しても取り合ってくれそうにない。
聖石の奇跡について、ここで話すわけにいかないし……。
全く、あの竜野郎め。
このままじゃ、あいつのせいで本当に皇女にされちまう。
オレが内心、悪態をついていると、竜男は不意に立ち上がると何もない空間から無造作に何かを取り出した。
どうやら、衣服の類いのように見える。
そして、次に奴が行った行動に、オレ達はさらに驚かされた。
取り出したのはフードのついた青いローブのようだ。
奴はそれを広げると被るように身に纏う。
よく見るとそれは青一色ではなく裾に近づくにつれ色が深まり、金色の星が散りばめられていた。
いつの間にか手にした仮面を付けると、そこに現れたのは見慣れた人物の姿だった。
「宰相補!」
「先生!」
「ト、トルペン!」
ケルヴィン以下オレ達は、悲鳴にならない声を上げた。
まさしくその姿はカール・トルペン宰相補その人だったからだ。
仮面を付けた瞬間、周囲を圧倒していた闘気もユクのペンダントの光も嘘のように消え失せる。
まるで仮面という魔法具によって、竜の力が封印されたかのようだった。
「や、皆サン。ごきげんよう、驚かせてしまいましたネ」
場の空気にそぐわないトルペンの陽気な発言にオレは怒りを爆発させる。
「『ごきげんよう』じゃない、何であんたがこんなとこにいるんだ!」
オレの疑問は、ここにいる全ての人間の疑問と言っていい。
ケルヴィンなどは顔面を蒼白にして睨みつけている。
納得のいく説明が聞けなければ、その顔をぶん殴ってやろうと近づくと、トルペンは懐かしそうな目でオレを見ながら、短く言った。
「大切な約束のためデス……」




