大切な約束とオレ 前編
イトログエノシュ(トルペンは人間形態時の偽名)は長命の竜種の中でも特段に若かった。
何故なら、彼は一族の中で最も新しい命だったからだ。
元来、人間は竜種を不老不死として畏敬しているが、決してそうではない。
彼らにも寿命がある。人と比べて彼らのそれは長命すぎて、そうした誤解を生んでいるに過ぎない。
また、古竜達は人間と一線を引いており、互いに交わることがなかったので、その伝説を助長する結果となった。
竜は個を尊ぶ気質があり、一匹一匹が自分の縄張りを持ち、互いの干渉を嫌う。
その上、彼らは他の生物の助けを必要としない、ある種完全無欠の生物と言えた。
自然界にアンテイル(魔法元素)がある限り、空気を吸うようにそれを体内へ取り込み、エネルギーに変換し生き続けることができたのだ。
つまり、彼ら竜種は自然界の食物連鎖の輪から完全に独立した存在であり、その摂理に従わない生き物だった。
彼らは人間族はもとより、同じ竜族にもほとんど関心を示さない。
念話でコミュニケーションをとることはあっても、互いに協力し合うという概念を持たなかった。
したがって、例え彼らの仲間が利害の不一致等により人間と争ったとしても、協力したり助けたりすることは皆無と言ってよかった。
けれど、そうした諍いによる討伐や寿命による自然減などで、一定の個体数を割り込むと、彼らは初めて協力体制をとる。
縄張りを越えて雌雄がつがいをつくり、子を生すのだ。
また、他の竜達もそのつがいが不在の間の縄張りの維持に協力する。
誰かが号令するわけでもなく、種族としての生存本能が自然とそうした行動をとらせるのかもしれない。
やがて、子が生まれると雄はさっさと自分の縄張りに戻り、子はそのまま、雌の縄張りで暮らす。
そして、ある程度育って自力で生活できるようになると、母親の縄張りから追い出されることになる。
自分で自分の生きる場所を探さなくてはならないのだ。
伝承に語られる竜は、およそ行き場をなくし、人界に下りて来た竜と考えて差し支えない。
まさにイトログエノシュはそうした若い竜の一匹だった。
それでも、大抵のはぐれ竜は無意識に人里をはなれ、山間の洞窟や谷に居を構えることが多い。
ところが、イトログエノシュと言うこの竜は好奇心が旺盛で、人間に並々ならぬ興味を持っていたのだ。
さらに人間形態への変化を得意とした彼は民衆に混じっては、その生態を観察することに熱中した。
そのため、自然と人が多く住まうところに移動し、結果帝都に向かうこととなった。
その途上で偶然、このイスケルド城を見つけのだ。
一目でこの城を気に入った彼は、ここを根城にしていた盗賊団を叩き出すと自分の巣と定めた。
彼としてはお気に入りの住環境が手に入り、大いに満足していたが、周辺に住む人々にとっては死活問題だった。
何しろ、傍若無人で凶悪な竜がすぐ近くに住んでいるのだ、安心して暮らせるわけが無い。
幾度か討伐隊が組織され、城に向かったが全て返り討ちに遭い、戻ってくる者はいない。
上位古代竜である彼の戦闘力は生半可なレベルではなかったのだ。
人々は途方に暮れた。
一方、イトログエノシュにとっても討伐隊は楽しい余興であったのだが、ぱたりと来訪が無くなり寂しい想いをしていた。
そんなある日、若い男を共に連れた一人の少女が現れる。
後に皇妃になるロニーナだ。
最初、イトログエノシュはロニーナ皇妃にあまり興味を示さなかった。
到底、彼のお遊びに付き合える人間とは思われなかったからだ。
ただ、彼女を間近に見て考えを改めた。
その美しさに種族を超えて感銘を受けたのだ。
もとより人間に対し興味津々な彼のこと、連れの男をさっさと倒して虜にしようと目論むが、あろうことか完膚なきまでに叩きのめされる。
彼女の速度についていけず、中途で人間形態に変化して必勝の体勢で臨んだにも関わらずだ。
「いやはや、全く常軌を逸した強さでしたヨ」
当時を思い出すかのように遠い目をするトルペンは、言葉に反して嬉しそうだ。
「何しろ、ブレスを易々とかわす、我輩の巨体を軽々と持ち上げて、ぶん投げル。剣の腕前も達人の域で、魔法攻撃も全然効果がない……無茶苦茶デス」
感慨深げに話すトルペンはオレをじっと見つめる。
「確かにリデルに似てますね」
オレがその血を継いでいることに納得したようにヒューが呟く。
待て待てヒュー、お前どういう風にオレを見てたんだ?
さすがのオレもそこまで無茶苦茶じゃないぞ。
文句を言おうとして、はたと思いつく。
確かにロニーナ皇妃の能力は人間離れしている。
オレに似ているというヒューの言葉もあながち間違っているとは言えない。
ひょっとして、ロニーナ皇妃も聖石の恩恵を受けていたんじゃないだろうか。
もしそうなら、トルペンがオレを皇女と勘違いするの無理もない。
こんな馬鹿げた能力の人間が他にもいるとは考えにくいだろう。
そう考えると誤解を解くのは難しいかもしれない。
正直、マズイことになったと青ざめる。
この流れで行くとオレは間違いなく皇女殿下にされてしまう。
オレの焦燥感を余所にトルペンは続けた。
「で、完敗した我輩はロニーナ様の僕になったのデス。その時に約束したのが、年に一度この場所で会うと言うものでシタ」
トルペンはいつもの淡々とした口調ではなく、熱に浮かされたように言葉を紡ぐ。
「それは大切な……大切な約束デス。一年のその日、ロニーナ様に会うことが我輩の生きがいでシタ。その日のために一年頑張れたと言っても良いでショウ」
「年に一度、この場所に来る理由はわかった。けど、何で宰相補になってるんだ?」
オレとしては、気になっていた点について質問してみた。
「ロニーナ様に頼まれたからデス」
「頼まれた?」
18年前、ロニーナ皇妃は懐妊すると、トルペンを呼び寄せたという。
そして、頭を下げて懇願した。
『申し訳ないのだが、我のために力を貸してくれまいか?』
『何なりとお申し付けくだサイ』
トルペンは即座に了承した。
『では、我の娘を頼みたい』
『娘? もうおわかりなのカ?』
『ああ、間違いない。そして、この娘、ちと尋常でなくてな。お主に後見を頼みたいのだ。恐らく幼い間は、お主の力なら押さえきれるであろう』
大きくなりつつあるお腹を撫で、皇妃は笑った。
『それほどまでの、お子ですカ……かしこまりましタ、ロニーナ様』
それまでの生活を全て捨て、主の命に従うことにトルペンは躊躇しなかった。
すぐに帝都に居を移したトルペンを待っていたのは、『宰相補』という地位だった。
「それなりの権限があり、責任も仕事も融通の利く肩書きとして、ロニーナ様が用意してくれまシタ。まさか、それがこのように長きに亘るとは思いもしませんでしたガ……」
トルペンは仮面を触りながら感慨深げに続ける。
「この魔法具もロニーナ様にその時いただいた物デス。魔物である痕跡を完璧に消し、人間に成りおおせる優れもので、強力な対魔結界のある宮殿に入ることができマス」
なるほど、竜であったことがバレなかった理由はわかったけど、ユクのペンダントに反応しないのも仮面の影響なんだろうか。
ユク……そうだ、ユクのこと聞かなきゃ。
「あのさ、トルペン……」
「ロニーナ様と過ごした最後の一年は我輩の生涯でも特別でシタ。主の命を確実にこなすのは僕の最大の喜び、ずっと続けば良いと願っていましタ……」
オレの言葉に気付かないのか、トルペンは目を伏せると声のトーンを落とす。
「けれど、ロニーナ様はアリシア姫を産むと同時にこの世からお隠れになってしまいまシタ……したがって、現在我輩が忠誠を誓う相手はアリシア姫だけなのデス」
真っ直ぐオレの目を見るトルペンに圧倒される。
「トルペン様……」
オレがたじろいでいると、横合いからユクが身を乗り出す。
オレ達に遠慮して、ずっと話しかけるのを我慢していたようだ。
「エリナ・エヴィーナという女性をご存知ではありませんか?」
思いつめたように口にしたそれは、ユクのお母さんの名前だった。




