二人の公子とオレ 前編
「えっ、ユクの姿が見えないって?」
出立前の慌しさの中、オレ達候補生は集合場所に集まっていた。
「ええ、迎えに行ったのですが、部屋にはいませんでした」
困惑した表情でヒューが言う。
「たまたま、いなかっただけじゃないのか」
「いえ、荷物もありませんし、ベッドも昨晩は使われた形跡がありません」
「まさか、それって……逃げ……」
「しっ、めったなことは言わない方が良いでしょう。けれど、可能性はあります」
「どうするヒュー?」
「とりあず、私は残って彼女を捜します。ケルヴィン局長には体調不良で遅れると伝えてください」
「うん、わかった」
ヒューと別れたオレは慌てた素振りを見せないように気をつけてケルヴィンの姿を捜す。
今朝は公約どおりオレに付き従うクレイも一緒だ。
「昨日の様子といい、このタイミングで姿を消すことを考えると楽観視はできないな」
「ああ、ことが公になる前にユクを探さなきゃ」
ユク、いったいどうしたんだ……。
オレは嫌な予感がしてならなかった。
幸いなことにすぐ、集団の中央にケルヴィンの姿を見つけ、オレ達は彼の元へ急いだ。
ユクが遅れる旨を伝えるとケルヴィンは渋い顔になった。
そりゃそうだ。
いつぞやのシリアトールとの話で、ユクは皇女候補暫定一位だからな。
「白銀の騎士ヒュー・ルーウィックが責任を持って連れて行くって言ってたから」
オレはヒューの存在をアピールし、ケルヴィンを説得にかかる。
「馬車で半日の距離なら、馬なら明日の試練の日に十分間に合うと思うが」
クレイも助け舟を出す。
「まぁ、それには目的地がどこか教えてもらわないと無理なんだが」
クレイがケルヴィンの秘密主義を揶揄する。
「それについては帝都に公子対応のため、シリアトールを残している。準備が整い次第、彼の指示を仰げば問題はないはずだ」
ケルヴィンも全体の予定を考え、ユクを一緒に連れていくことを諦めたようだ。
「局長ありがとう。それともう一つ、お願いがあるんだけど」
「忙しいのだから、早く言いたまえ」
この上の面倒は御免と言わんばかりのケルヴィンにオレはゆっくりと告げた。
「オレもここに残るよ。あとからユクと一緒に行く」
「な、何を言っている。そんな我がままが許されると思うのか!」
イライラの頂点に達したのかケルヴィンが大声で怒鳴り散らす。
「別にあんたの許可を得るつもりはないよ。オレは囚われ人じゃない」
静かに答えるオレに対し、ケルヴィンはいきり立った。
「このっ……そんなことを私が許すと思ってるのか」
「許すも許さないも無い。オレは勝手にやらせてもらうだけだ。止めるなら実力で排除する」
「な……」
「ケルヴィン、諦めるんだな」
怒りで言葉の出ないケルヴィンに、隣に立つデイブレイク守備隊長がとりなしの言葉をかける。
「デイ、この生意気な娘に……」
「私に何とかしろと言っても、無理な相談だ」
デイブレイクの返事に怪訝な顔になる。
「私は彼女に一度完敗しているのだ。とても、どうこうできる立場ではない」
「まさか、お前が?」
「だから、考えてみろ。この私が止められないのだ。ここにいる兵をいくら集めたところで敵う訳がない。無駄なことが嫌いなお前なら自ずと結論が出るだろう」
「……か、勝手にするがいい!」
そう吐き捨てるとケルヴィンは踵を返した。
「デイブレイク、ありがとう」
「いや、礼には及ばない。事実を客観的に述べたに過ぎない」
デイブレイクはクレイに『君も大変だな』的な視線を向けるとケルヴィンの後を追った。
「とにかく手分けして捜そう。その方が効率がいい」
エントランスホールに戻ったオレが提案するとクレイが難色を示す。
広い宮殿内で別行動すると、もう一度集まるのが至難の業であるし、護衛としてオレを一人にするのは避けたいというのがクレイの弁だ。
「オレはもう子どもじゃないし、ここは安全な宮殿の中だ。心配するにもほどがあるって」
クレイが過保護なのは知っていたけど、ここまでとは思わなかった。
それほど、オレって信用ないのかね?
「たぶん、ヒューは宿泊区画に行ってると思うからクレイは兵舎や使用人の居住区画を頼む。オレは主要区画行ってみる」
「いや、リデル。さっき言った通り別行動は……」
渋るクレイを無視してオレはさっさと歩き出す。
「じゃ、頼むね」
「リデル!」
何か叫んでるクレイを後ろに残し、オレは駆け出した。
けど、中枢区画の入り口まで来て、オレは自分の失敗に気がついた。
トルペン本人やトルペンの書付けが無い状態では、その先に進ませてはもらえないからだ。
そういや、ここしばらくトルペンの姿を見ていない。
シリアトール補佐官が困っていたぐらいだから、本当にいないみたいだ。
普段はめったに宮殿内から出ることはなく、研究室に引きこもって怪しい研究に没頭しているか、宮殿内を神出鬼没に現れては、人騒がせな行動をしているかのどちらからしい。
けど、聖石に関する例の発見以来、本当に行方知れずとなっているようだ。
いったい、どこへ行ったんだろう?
まぁ、それはともかく、ユクもここから先へは行っていないだろうから、他をあたることにしよう。
そう考え、もと来た道を戻ろうと振り返ったオレは自分の不運を呪わずにはいられなかった。
「やあ、愛しのリデル。今日も最高に可愛いね」
オレの天敵がにこにこしながら立っていた。
さくっと無視して通り過ぎようかと、一瞬考えたりもしたけど、すぐに諦める。
奴の後ろに、家宰のじいさんや護衛の騎士がぞろぞろとくっついていたからだ。
「やあ、レオンお早う……でもごめん、オレ急いでるから、またね」
無難に挨拶して、横をすり抜けようしたけど、やはり騎士たちの壁に阻まれる。
護衛の連中が廊下に広がってオレの行く道を塞いだのだ。
振り返って非難の目を向けると、レオンは笑顔でじいさんは渋面で応える。
「せっかく会えたのだから、一緒に行かないか。シリアトールに火急の用件で呼び出されて、今から会うことになってるんだ」
「シリアトールめ、補佐官の分際でレオン様を呼びつけるなど不遜の極みですぞ。自分から出向くのが当然ですのに」
じいさんの不機嫌はシリアトールに向けられたもののようだ。
悪いけど遠慮しとくよ、と言おうとしたオレはレオンの次の言葉に耳を疑った。
「君も呼ばれているんじゃないのか? 伝えに来たのは、いつぞや君と会った時に一緒にいた可愛い娘だったから」
オレといた娘……それってユクじゃないのか。
いったい、何をしてるんだ?
「そういうことなら、ご一緒させてもらうよ」
オレは最大級の疑問符を頭に浮かべながら、レオンに同意した。
歩調を合わせて歩き始めると、レオンが思い出したように聞いてくる。
「それはそうと、リデル。この間はどうして急に出ていったんだい? もっと積もる話がしたかったのに」
「そうだぞ娘! レオン様の許可も得ずに退出するなど言語道断の振る舞い。罰せられても文句は言えないのだぞ」
「いや、ちょっと急用で……」
「レオン様より優先する用など、ありはしない……」
「まぁ、その辺にしてやれ、じい。僕を目の前にすれば、誰しもが緊張するのは当たり前さ。ましてや、リデルは女性なんだから、急に催すことだってある」
わかってるから安心しろという顔つきで片目をつぶり、オレに笑いかける。
そういう無神経なとこが嫌いなんだってば。
しかし、それにしても……。
上機嫌で話すレオンに適当に相づちを打ちながら、オレは護衛の騎士を眺めた。
ケルヴィンがシリアトールを公子のために残したって言ってたな。
ということは公子二人とも帝都に残ってるわけか。
クレイとの話を思い返して納得する。
もし、試練の場に両公子の陣営がいたら、皇女が決まった瞬間に争奪戦が始まる恐れがあった。
それを避けるために、試練の行われる場所を秘密にし、公子たちを帝都に留まらせたのだろう。
でも、逆にケルヴィンたちが不在の間、帝都で両公子がぶつかる可能性も大きくなるとも言えた。