嵐の前とオレ 後編
…………わたくしはアレイラ・テトラリウム。侯爵家の三女として生を受けた。
さして可愛くもない取り柄のない女。
皆、わたくし個人に関心はなく、侯爵家の末の娘として認識しているだけ。
幼い頃、周囲の人々がわたくしのことを大事にしてくれるのはわたくしを好いてくれているからだと思い込んでいた。
けれど、大きくなるにつれ、それが幻想であることを悟った。
テトラリウムという姓がなければ、何の価値もないのだ。
だから、わたくしは努力した。
学問・礼儀作法・政治・舞踊……出来うる限り身に付けた。
皆が期待する侯爵家の娘アレイラ・テトラリウムを演じ続けるために。
その頃だろうか、心の中で常に言い訳を探すようになったのは。
何かあると、すぐに言い訳を考えて誰かのせいにしていた。
例えば、容姿や頭が悪いのは全て母のせい、勉強が出来ないのは家庭教師のせい、乗馬が上手くないのは馬のせい。
父である侯爵や自分の身体の中の父の血を貶めることはできなかった。
だから、都合の悪いことは全て他人のせいにしてきたのだ。
今回もそう。
愚かにもテトラリウム家を捨てようと考えたのは、わたくしを騙したガレムのせい。
ガレムに会いに行こうとしたのは、お節介なリデルがそそのかしたせい。
そのガレムと別れることにしたのは、責任をとって死ぬと言うキュールのせい。
みんな、みんな他人のせい……。
でも…………本当にそうなの?
「わたくしは貴族の矜持も保てない愚かな娘です。それを知られるのが怖くて無用な虚勢を張り、他人を見下して生きてきました。でも、ここで様々なことを学び……貴女方と出会って、やっとそのことに気付いたのです」
アレイラとガレアの事情を知らないオーリエ達はポカンとして聞いていたけど、オレはアレイラをまっすぐ見つめた。
アレイラはオレの視線に気圧されるように目を伏せながらも言葉を続ける。
「そう、わたくしは自分から逃げていただけなのだと気付かされた……」
震えるような声で話すアレイラはいつもの高飛車で自信に満ちた侯爵令嬢ではなく、ごく普通の17歳の女の子だった。
「アレイラ」
「リデル、わたくしはどんな時でも自分の心に忠実でまっすぐな貴女に嫉妬せずにはいられなかった。どうしても貴女に負けている気がしてならなかった」
買い被りだよ、アレイラ。
オレはそんなに立派な人間じゃない。
現に今だって、男だという素性を隠して、みんなを騙している。
でも、みんなと仲良くしていたいから、言い出せない卑怯者なんだ。
「わたくしはテトラリウム家の女として、貴女に負けるわけにはいかない。もっと心が強くなくてはならない。だから、決心したのです、もう自分から逃げたりしないと」
アレイラは気負った様子も見せず、微笑を浮かべた。
「わたくしは、自分の意志でテトラリウム家のために生きようと思います。誰のせいでもなく、わたくしのために」
「アレイラはオレなんかより、ずっと強いと思うよ」
掛け値なしにそう思う。
そして、少し恥ずかしそうに笑顔を見せるアレイラは、とても綺麗に見えた。
「よくわからないけど、アレイラもこの班になって良かったってことだな」
オレとアレイラのやりとりを黙って聞いていたオーリエが嬉しそうに言葉を投げかける。
「そう、とって貰って構わないわ」
軽く頷いたアレイラにオーリエは目を丸くする。
「や、これは驚いた。素直なアレイラなんて初めて見た」
「ボク、素がイジワルかと……思ってた」
オーリエとノルティのあんまりな発言にも、アレイラは片眉を上げただけで済ませる。
「まぁ、貴女たちみたいな庶民が、このわたくしと知己を得たのですから、望外の幸運と思うことね」
返答は辛辣だったけど。
その後アレイラは、オレ達の会話にあまり加わらなかったが、聞いている姿はどこか楽しげに見えた。
それを確認すると、オレはずっと気になっていたもう一人に目を向ける。
「あのさ……今日、全然しゃべらないけど、どこか体調悪いの?」
相槌を打つばかりで、自分からは一言も話さないユクが心配で、話しかけようとしてハッとする。
ユクが目に涙を溜めて今にも泣きそうに見えたからだ。
「ど、どうかしたユク。どこか痛いの?」
オレが声をかけると、談笑していたオーリエ達も驚いてユクを見る。
「何でもないんです。痛いところはありません」
ユクは服の袖で目を擦った後、笑おうとするが上手くいかない。
「何か心配事があるのなら相談にのるぞ」
オーリエが優しく言うと、それに反応して、また涙が滲んでくるようだ。
あ、ひょっとして、無意識に例の力が働いて、みんなの心に感化されているんだろうか?
「大丈夫です。気になさらないでください」
ユクはそう言いながら俯いて泣き顔を隠す。
「でもボクも……みんな(特にリデル)と離れると思うと……悲しくなる」
ノルティもシンクロしたのか涙目になっている。
それを見たら、いろんなことが思い出され、オレまでうるっときてしまう。
む、湿っぽいのは嫌いだ。
ここは気の利いた冗談でも言って、場の空気を変えなきゃ。
そう思った矢先にユクが不意に立ち上がる。
「あたし、片付けが残っていましたので、部屋に戻ります」
「でも、さっき終わったって……」
オレの言葉を遮るようにユクは続ける。
「皆さん、今までありがとうございました…………そして、ごめんなさい」
それだけ言うとユクは食堂から駆け去っていった。
ごめんなさい?
いったい、ユクは何を謝ってるんだ?
オレが疑問に思っていると、ユクと入れ違いにヒューが食堂へと入ってくる。
「こんにちは、皆さん。これはお揃いで……リデル、こちらにいたんですね。あちこち探しましたよ」
甘いマスクに優しい声、相変わらずの爽やかさだ。
「ん、ヒュー、何か用?」
「ええ、実は明日のために今からナヴァロンを預け先から連れて来ようと思いましてね。リーリムも一緒にどうかと」
「え、いいの?」
「はい、税については局長権限で免除してもらえるそうですから」
「ホント、いつ行くの? 今から?」
「出来ればそうしようかと」
「そう……ちょっと待って」
願ってもない申し出だったけど、お別れ会(?)の途中なので、みんなの反応が気になった。
「わたくし、そろそろ部屋に戻りますわ」
気を利かせたのか偶然かアレイラが席を立つ。
「私もそうしようと思っていたところだ。気兼ねなく行ってくるといい」
オーリエも同じように立ち上がる。
「リデル……また後で……」
唯一、名残惜しそうなノルティも渋々と了承する。
「みんな、ありがとう。また明日会おう。それじゃ、ヒュー行こうか」
食堂を出て、ヒューに連れ立って歩くと心配げに聞いてくる。
「リデル、良かったのですか? せっかく和気藹々と歓談していたのに」
「いや、ちょうどユクが席を立って一段落したところだから構わないよ」
「そうですか、なら良いのですが……」
「うん、それはいいんだけど…………ってお前、何やってるんだ?」
オレの視線の先には廊下の壁にもたれかかり、素知らぬ顔をするクレイの姿があった。
「やあ、リデル。機嫌悪そうだな」
「お前のせいでな」
「何でも他人のせいにするな。少しはアレイラを見習った方がいいぞ」
「お、お前……」
オレ達の話を盗み聞きしてたな。
何、上から目線で説教たれてやがる、このサイテー野郎め。
「クレイ、あなたも素直じゃないですね。どうして正直にリデルが心配で見守っていたと言えないのですか?」
「べ、別にたまたま食堂に来ただけさ」
ヒューの手前か、照れているのかオレの顔を見ずに答える。
「ふん、どうせクレイなんか当てにしてないし、こいつにそんな殊勝な気持ちなんて、これぽっちもないのさ」
「リデルも喧嘩を売らない」
ヒューが大きなため息をつく。
「だいたい、『お前のことは命を賭けて守る』なんて、かっこいいこと言ったくせに朝から全然、姿を見せなかったじゃないか」
「いや、俺にもいろいろと準備があるんだよ……」
確かに、ここはクレイの一族のお膝元みたいだから、出て行く前に片付けなきゃならないしがらみがあるのだろう。
それにしたって、顔ぐらい見せてもいいのに。
「ほう、『命を賭けて守る』ですか?」
意味ありげなヒューの呟きが耳に入る。
「二人の仲が、そんなに進展していると思いませんでした」
ヒューがオレとクレイを見比べ、人の悪そうな笑みを浮かべていた。
「いやいや、ヒューこれは仲間として護るって話で……あんたの考えているような怪しい関係じゃないから」
オレがいくら否定しても、当事者の片割れであるクレイが表情と仕草で、『俺、やっちまいました』的な照れオーラを出しているので、説得力が全くない。
クレイ……後で覚えてろ。
「冗談はさておき、少し聞いてもいいですか?」
気にかかることがあったのか、ヒューが真面目な顔付きで聞いてくる。
「先ほど、ユクさんとすれ違ったのですが、どうかしたのですか? 何やら泣いているように見えましたが……」
どうやら、さきほどのユクの泣き顔を見たみたいだ。
「さあ、それがオレにもよくわからないんだ」
「よくわからない?」
そう、最初はオレ達の話に感化されて泣いているんだと思っていたけど、考えてみれば、ここ最近いつもと様子が違ったような気がする。
何が原因なのか、まったく見当がつかない。
まあ、今のオレが言うのもおかしいけど、女心は難しい。
「ヒュー、気にするな。女心は複雑怪奇なんだ」
「そうかもしれませんが、リデルが言うのも、何だか変ですね」
「う……」
「リデル、お前はもうちょっと複雑になれよ」
「お、大きなお世話だ」
どうせ、オレは単純だよ、クレイに言われなくたってわかってる。
不機嫌になったオレは二人を残し、先に立って歩き始めた。
今にして思えば、もう少しユクの心の内を気遣ってあげれば良かったと思うのは、後知恵かもしれない。
けど、その時のオレは知る由もなかったのだ。




