嵐の前とオレ 中編
オレはちょっと不機嫌になり、クレイは何か言いたげな表情をしながらも沈黙を守る。
微妙な空気が続いていると絶妙の間で、隣の部屋からノックの音がした。
「リデル様、お時間もお時間ですので、お話が済んだようならお休みになった方が良いのではございませんか?」
シンシアの提案にクレイも自分が長居したことに気付いたようだ。
「起こして、悪かったな。そろそろ戻ることにするよ。じゃあ、お休み」
軽く頭を下げると足早に退出していった。
どこか思いつめたような雰囲気を感じたのはオレの勘違いだろうか?
クレイを見送り、オレは応接椅子に腰を下ろすと大きなため息をつく。
「お茶でもお淹れしましょうか?」
いつの間にか部屋に入っていたシンシアが音もなく近づき、声をかける。
「あ……うん、そうだね。お願いする」
恐らく、先ほどのクレイのあんまりな話は耳に入っているだろう。
けど、シンシアの表情からは何の感情の色を見出すことは出来なかった。
クレイ……オレよくわからなくなってきたよ。
ひたすら男に戻りたくて、ここまで来たけど。
最近、この身体に馴染んできたって言うか……何だかこのままでもいいかなって思ってしまう時があって自分でも驚いている。
オレがオレであることに変わりはないし、戸惑っていたお風呂や用足しにも慣れた。
月のものには、さすがに慣れないけど我慢できなくもない。
職業柄、痛みにはわりと強いしね。
ただ、訳もなく気分が落ち込むのと後始末が大変なことに、女の人の大変さを痛感している。
それ以外、あんまり不自由は感じてないし、オーリエ達とたわいも無い話をしたり、美味しいものを食べたりするのは、思いのほか楽しい。
あ、やばい。無意識に女の子の気持ちになってた。
最近、気をつけないと自分の意識が知らぬ間に女性のそれになっていて、愕然とすることも度々ある。
う~ん、危険な兆候だなぁ。
「リデル様、ルマ茶です」
「ありがとう、シンシア」
考えが纏まらないオレはシンシアが淹れてくれたお茶にゆっくりと口をつける。
最初は好きでなかったこのルマ原産の甘ったるいお茶が、最近は妙に口が求めるのも、味覚が変わってきているせいなんだろうか?
多少の疑念を感じながら飲み干すと、甘ったるい味の後にお茶本来の苦味がかすかに残る。
「お代わりをお淹れしましょうか?」
「ううん、もう寝るから……その、シンシア」
「はい、リデル様」
オレが席を立つのを待って茶器を片付けようと傍らに立つシンシアにオレは言葉をかけようとして口ごもる。
「あれは、クレイの本心じゃないから……オレを安心させるために言っただけだから……」
「……大丈夫です、リデル様。よくわかっていますから」
オレの言葉に、シンシアは微笑を返す。
「わかっています……」
一夜明けて、4の下月(太陽暦で12月にあたる)の5週目の紫の日(29日)になった。
あと2日で新しい年を迎える。
試練の日はその1の上月、第1週の白の日(1日)に行われるらしい。
帝都の町並みはどこも新年の準備に追われていたけど、宮殿はそれに加えて試練の日の準備で大忙しだった。
オレ達候補生は別段、何かそれに向けて準備する必要などなかったが、普段この時期にめまぐるしく働いていた者達の多くは身体が疼いて仕方がないようだ。
かく言うオレも毎年、クレイや傭兵仲間と年越えで馬鹿騒ぎをしていたので、何だかそわそわして落ち着かない。
そんな中、ケルヴィンから候補生達に緊急の通達があった。
急な話で驚いたけど、明日の朝、試練を行う場所に向けて出立するという。
試練って、宮殿で行うもんだとオレはずっと思い込んでた。
他の場所でっていうのは、意外な感じがする。
現状では、帝都から離れれば離れるほど帝国の力が及ばなくなるというのに、あえて帝都から遠ざかる理由がわからなかった。
「リデル、見たか? すごい数の馬車が集まってるぞ」
オーリエが驚くのも無理もない。
一つの班に一台の馬車が割り当てられると聞いたが、随伴者の分を含めて二十台近くの馬車が宮殿に集められていた。
貴族の紋章や商家の屋号の入った馬車も多く見られ、宮殿の所有でない馬車が徴用されているのがわかる。
そもそも帝都内では持ち馬に税金がかかる仕組みになっているので、おいそれと馬や馬車を所有することが出来ず、おのずとその数が制限される状況だ。
もちろん、旅行者も同様で、馬を帝都内に持ち込むときっちり税金を取られる。
だから、オレも泣く泣く愛馬のリーリムを帝都近くの厩舎に預けていた。
本来そこは、帝都に用向きのある騎士のための厩舎だったのだけど、ヒューの口利きでオレも預けさせてもらっている。
今ごろ、リーリムはヒューのナヴァロンとオレ達の帰りを仲良く待っているはずだ。
ちなみに、アレイラは税金をちゃんと納めているようで、専用の馬車を持っていた。
一ヶ月も使わない馬車に税金を払い続けるなんて、さすが大貴族だ。
「オーリエ、馬車や馬に興味津々なのはいいけど、準備しないと後で困るぞ」
「ああ、わかってる。でも、もう少し……」
何台もの馬車が並んだ光景は壮観で、さながら帝国軍の閲兵式を見ているような錯覚を覚えた。
オーリエが引き込まれて見入るのもわからないでもない。
けど、先ほどのケルヴィンの通達によると、試練が済んだ段階で候補生でなくなるため、出立の準備と並行して退去の準備も行うように指示されていたのだ。
だから、のんびりと見学しているゆとりは残念ながらない。
オレはオーリエを残して部屋へ戻るとシンシアと退去の準備を始めた。
元々、荷物の少ないオレは早々と準備を終えると、ユク達の手伝いに赴く。
でも、みんなオレと似たり寄ったりの状況だったようで、すでに準備を終えていた。
そこで、食堂に集まって、この班での最後の半日を食べたり話したり、のんびり過ごすことにした。
ダメ元でアレイラを誘ってみると、あの事件以来、初めて誘いに応じてくれて、久々に12班のフルメンバーが揃った。
「いろんなことがあったけど、あっという間に終わった気がするよね」
ここでの生活の思い出話で盛り上がったあと、ふとオレがそう呟くと皆も一様に頷く。
そんな中、ノルティが顔を赤くして立ち上がる。
「ボクはリデルに出会えたこと……エンティア(知識の神)に感謝してる」
「あれ、シェルリナ(愛の女神)じゃないのか?」
茶化すオーリエを無視してノルティは続ける。
「ここに来るまで……リデルと会うまで……ボク、人と話すのが嫌いだった。怖かったし、面倒だったから」
目を伏せるノルティを皆が優しく見つめる。
「一生それでいいと思ってた……独りでいるのが好きだったし……でも、リデルと会って、ボク変った……」
最初の頃の黙ってオレ達にくっついて歩くノルティの姿が頭に浮かんだ。
確かに今は見違えるように明るくなったし、ある面では実に積極的だ。
「人と話したり、分かり合えること……こんなに楽しいって初めて知った。自分の気持ちやしたいこと、はっきり言う大切さもわかった……何よりいつも一緒に居てくれて凄く嬉しかった……だからリデルにお礼が言いたい……」
「いいよ、お礼だなんて、友だちだもん。当たり前じゃないか」
「友だち……」
「そうだよ、友だちさ。ここにいるみんなもね」
一同を見渡すと、アレイラと視線が合う。
にこりと笑ってみせると、慌ててそっぽを向く。
「ボクとしては『友だち』より『恋人』の方が……」
口の中でごにょごにょ言うノルティに敢えて気付かないフリをしていると、今度はオーリエが話しかけてくる。
「そうだな、私もここに来て少し変ったかな……ずっと、男に負けるものかと必死で自分を鍛えてきたんだが、何だか馬鹿らしくなった」
投げやりな言葉とは裏腹に、オーリエは悪戯っぽい表情でオレを見つめる。
「何しろ、ここに規格外の人物がいたからな。私が目標としていた男にあっさり勝ってしまうほどの強さを持ちながら、素顔はいたって可愛らしい。これでは、強くも可愛くもない私の立場がないというものだ」
いやいや、オーリエはめちゃくちゃ強いし、十分可愛らしいって。
性格が、ちょっと男前なだけで……。
「実際、脇目もふらず、武の頂を目指してきた人生だったが、たまにはこうやって他のものに目を向けるのもいいものかもしれない」
「オーリエこそ……シェルリナに感謝……」
ノルティの逆襲にオーリエは頬を染めて反論する。
「い、いやっ……デイブレイク先生とは師弟のような関係で、け、決して疚しいものじゃなくてだな……」
語るに落ちたな、オーリエ。
誰もデイブレイクのことなんて一言も言ってないのに。
でも、ノルティの言う通り、シェルリナに感謝すべきだとオレは思うよ。
最初に会った時に比べて、雰囲気がずいぶん柔らかくなったし、とても綺麗になったもん。
うん、恋する乙女は無敵だ。
とてもオレじゃ敵わない。
心底そう思っていると、ふと視線を感じ、顔を向けるとアレイラがこちらを気にしているのがわかる。
「アレイラも何か言いたいことがあったら、話してみれば? もう最後かもしれないし……」
オレ達から少し離れてテーブルの一番隅に腰かけたアレイラに声をかける。
「べ、別に何もありませんわ」
いきなり話しかけられて、慌てた様子で首を横に振る。
「し、強いて言えば、貴女方のような階層の人達と親しく話す機会を得られて貴重な経験をしたと……」
「親しくだって」
「仲良しさんだ……」
オーリエとノルティが先ほどからの妙なテンションのまま、揚げ足をとる。
「親しいは言葉のあやで、深い意味はありません」
顔を赤くして否定する。
「お、アレイラ、顔が赤いぞ。照れてるな」
「ツンデレ可愛い……」
二人の冗談にアレイラが押し黙り、目に怒りがこもってきたので、オレは慌てて話題を変える。
「アレイラ……オレ、君とずっと話したかったんだ。あの日以来、まともに話せてなかっただろ?」
「別に話すべき内容が見当たりません」
冷たい口調で淡々と返す。
もう、オーリエとノルティめ。
せっかく、足を運んでくれたのに機嫌損ねちゃたじゃないか。
あとで、お仕置き決定だ。
あ、もうそんな機会もないのか……そう思うと訳もなく悲しい気持ちになった。
「……話す内容がないのと話したくないことは別です。貴女に含むところがあった訳ではありませんから」
オレが涙目になったのを勘違いしたのか、アレイラが口調を和らげる。
「それに、その眼鏡女の言うことにも一理あります。わたくしも、イオラート(イオラート教の主神)に感謝を述べねばなりません」
「感謝? 何について?」
「知れたことです。リデル、貴女と出会えたことにです」
オレ?
まさか、アレイラがそんな風に思ってくれてるとは思わなかった。
いや待てよ。きっと、悪い意味で感謝してるとかじゃないか?
例えば、無礼な人間と接する試練を与えてくれてありがとう、とか。
オレが疑心暗鬼に駆られていると、アレイラが口を開く。
「わたくしは、生まれてからこの方、いつも言い訳を探していました……」




