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勇者様、私との婚約は世界を救ったあとで破棄してください  作者: 週休七日


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めでたしの、次の頁

 紙の町アルメには、王国で一番大きな記録院があった。


 北へ進む前に、歴代の討伐記録を調べることになっていた。


 私は、戦いに使えそうな箇所を書き抜いた。


 夜は、相手の記憶に触れ、望むものを見せる。

 死者の声を聞いても、隊列を離れない。

 取り込まれた者には、外から呼びかけること。


「合言葉を決めておけば?」


 私が尋ねると、リゼは前の頁を示した。


「記憶から作るなら、その言葉も知られているかもしれません」


 私はペンを止めた。


 知らないはずのことを知っているから、本物。

 そんな簡単な確認では足りないらしい。


 さらに読み進めて、別のことに気づいた。


 どの英雄譚も、最後がよく似ている。


 勇者が魔王を倒す。

 聖女が世界を封じ直す。

 民は歓喜する。

 二人は祝福の中、帰還する。


 その先がない。


「結婚式は、別の本ですか」


 司書は、少し困った顔をした。


「そのあたりは、私生活ですので」

「婚約式は十二頁もありますが」

「公的な行事ですので」


 便利な境界線だった。


 アレンは、先代の帰還を描いた挿絵を見ていた。


 勇者と聖女の間に、宰相が一人立っている。


 旅立ちの絵では腕を組んでいた二人が、帰還の絵では、互いに顔も向けていなかった。


「喧嘩でもしたのでしょうか」

「世界を救ったあとなら、する余裕はありそうだ」


 そのときは、まだ笑えた。


 笑えなくなったのは、日付を追い始めてからだった。


 討伐から七日後、婚約解消。

 聖女は別邸へ移送。

 勇者は療養のため郷里へ帰還。


 別の代にも、似た記録があった。


 詳細の閲覧を申請すると、医療と私生活に関する記録につき、特別な許可が必要だと言われた。


 返事まで、何日かかるかも分からない。


 私は手元の本を閉じかけ、巻末で止まった。


 帰還の演説が載っているのに、版を作った日付が、討伐前だった。


「これ、帰ってくる前に書いています」


 リゼが覗き込んだ。


「増刷時に、古い刊記を使った可能性はあります」


「では、断定はしません。でも、この演説を、本当に本人が言ったかどうかは、別に確かめる必要があります」


 最初の夜に拾った紙を思い出した。


 君こそが、私の帰る場所だ。


 まだ言っていない言葉が、印刷されれば、言ったことになる。


 リゼの顔から、少しずつ色が引いていった。


     *


 宿へ戻ると、彼女は一冊の薄い冊子を持ってきた。


「閉館前に、私費出版物の目録も調べました」


 先代聖女セラが、帰還から二年後に作ったものだった。


 題は、『帰還後の覚え書き』。


 公的な索引には、病後の混乱に基づく著述、と注記されている。


 私は写しを読んだ。


『私は、彼を愛していたらしい。

 日記には、そう書いてある。

 しかし今の私には、その言葉を書いた自分の気持ちが分からない』


 暖炉の音だけが続いた。


 アレンが顔を上げる。


「著者は?」


「存命です。郊外の村に」


 リゼは、書簡の控えと寄付の記録を広げた。


 英雄譚の余白から、生活している一人の人間が浮かび上がってきた。


「知っていたんですか」


 私が聞くと、リゼは首を振った。


「結婚していないことは。旅が終われば気持ちが変わる場合がある、と説明されていました」


「気持ちが変わったなら、そこまで書けばいいのに」


「希望を伝える記録には不要だと」


 彼女は、持っていたペンを置いた。


「帰還の場面も準備するように言われています。でも、今は書けません」


 ダグが地図を広げた。


「予定の街道は増水で通れません。西へ回れば、その村を経由できます」


「命令違反には?」


「安全な経路を選ぶのは、護衛隊長の仕事です」


 私は帳面を開いた。


 今日の日付の下に、一行だけ書く。


 めでたしの、次の頁を探しに行く。

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