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剣の姫君と封印守の魔法使い  作者: 如月アトリ


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11/11

エピローグ

 婚姻は、その年の秋だった。

 式は、二度。

 北の村と、南のマクラウド家の小さな礼拝堂で、一度ずつ行われた。


 北の式は、海を見下ろす丘の上だった。

 参列したのは、マーラと、残った三軒の家の人々、ソルカの父、そして従僕たち。あの峠で待ち続けた従僕は、この日のために一番良い上着を着て、式の始まる前からもう泣いていた。

 母は長旅に耐えられず、南に残った。

 その代わりに、長い長い手紙と、厚手の上着と、荷馬が嫌がるほどの茶葉を送ってきた。手紙はあまりに長く、読み終えたルアリが「記録として一級です」と真顔で言い、丁寧に折り畳んで棚に納めたので、ソルカはしばらく笑いが止まらなかった。

 丘の上で、二人は誓いを交わした。

 誓いの口づけの前に、ソルカは一歩近づき――二人は、背丈がほとんど同じだ――額を、合わせた。

 こつん、と軽い音がした。

 ルアリは何も聞かなかった。

 ただ、長く、目を閉じていた。

 式のあいだも、ルアリは帳面を手放さなかった。

「自分の婚礼まで記録するのかい」

 マーラが呆れると、彼はいつもの調子で答えた。

「必要な記録です」

「だろうね」

 北の三軒は、南へは移らなかった。

「今度こそ、安心して住める土地になったからね」

 マーラは、それだけ言った。

 封印守の家は、呪いの見張り場ではなくなった。

 潮と、魚と、戻ってくる緑を数える――記録の家になった。

 あの朝、魚がいたと叫んだ子供が、続きを書くのだと言って、字を習い始めている。


 南の式は、屋敷の小さな礼拝堂で行われた。

 庭では、白い薔薇が咲いていた。

 婚約を破棄された日、窓から見た、あの薔薇だ。庭師が一人戻り、剪定も間に合うようになった。衰えても咲いていた花は、手をかければ、ちゃんと応えた。

 黒い剣は、広間の壁に戻った。

 三百年、そこに掛かっていた場所に。ただし刃の赤い筋は、以前より深く、静かな色をしている。

 剣の下の銘文には、新しい一文が加えられた。

 ――使命は果たされ、名誉は真実となった。

 文言を整えたのはルアリで、日付を入れるかどうかで石工と半日揉めた。彼は入れたがった。記録だから、と言って。結局、日付は銘文の下に小さく刻まれた。

 そのルアリは、北から山ほどの帳面を持ってきた。

 革表紙の記録帳。巻物。潮位の板。石片。三百年分の、すべて。

「必要な記録です」

「三百年分あるのよ」

「どれを置いていけというのですか」


 南へ下ったルアリのもとには、季節ごとに北からの手紙が届く。

 魚が戻った。

 赤苔は出ていない。

 洞窟に、鳥が巣を作った。

 子供が洞窟へ降りようとして、マーラにこっぴどく叱られた。

 悪い報せは、ひとつもなかった。

 ルアリはそのすべてに返事を書き、写しを取り、綴じて棚に納めた。回復の記録は、もう二冊目になっていた。


 北の海に、朝の光が差す。

 崩れた海蝕洞の口では鳥が鳴き、崖の上の小さな家では、小さな記録守が、潮位と、戻った魚の数を書きつけている。

 南の屋敷の広間には、黒い剣と、真実となった銘文。

 そして、婚姻の記録には、二つの名が並んでいる。

 ソルカ・マクラウド。

 ルアリ・マクラウド。


 時代は流れた。

 王の名は変わり、国境は変わり、やがて王というものの形さえ変わっていった。

 竜は伝説になり、封印守という役目は古い記録の中だけに残った。


 それでも、マクラウド家は続いた。

 武勲ではなく、北と南をつなぎ、失われかけた土地の記録を守る家として。


 不思議なほど、赤い髪の子がよく生まれた。

 夏空のような青い瞳も、夜空の底のような紫紺の瞳も、ときおり現れた。


 家の古い広間には、黒い剣が掛けられている。

 刃の中央には、今も赤い筋が残っている。

 その下には、二つの銘文がある。


 ――我らが使命は、北の大地に眠っている。

 ――いつの日か、剣を携え、これを果たせ。

 ――さすれば我らの名誉は、今度こそ真実となる。


 そして、その下に。


 ――使命は果たされ、名誉は真実となった。


 さらに、その横には分厚い記録帳が保管されている。

 初代のルアリの記録。

 南へ行った兄が残した、書きかけの約束。

 竜害終息の記録。

 ソルカ・マクラウドの筆跡で書き足された、少しばかり余計な注釈。

 そして、封印守ルアリの私記。

 その最後のほうに、一行だけ、いつもと違う筆致でこう記されている。

 ――ソルカ・マクラウドより求婚あり。

 ――検討の結果、受諾。

 ――以後、彼女の隣で生きる。


 その下には、別の筆跡でこう書き足されている。

 ――情緒が足りない。

 ――ただし、よくできました。

 その書き込みが誰のものかは、家の者なら誰でも知っている。

 赤い髪は、忘れなかった者たちのしるしなのだと、今でも語られている。

 竜を斬った剣の姫君。

 竜を見届けた封印守の魔法使い。

 二つに分かれた名は、長い時を経て、ようやく一つになった。


 北の海では、朝になるたびに光が差す。

 かつて竜の目を焼いたその光は、今ではただ、海の上できらきらと砕けるばかりである。

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