エピローグ
婚姻は、その年の秋だった。
式は、二度。
北の村と、南のマクラウド家の小さな礼拝堂で、一度ずつ行われた。
北の式は、海を見下ろす丘の上だった。
参列したのは、マーラと、残った三軒の家の人々、ソルカの父、そして従僕たち。あの峠で待ち続けた従僕は、この日のために一番良い上着を着て、式の始まる前からもう泣いていた。
母は長旅に耐えられず、南に残った。
その代わりに、長い長い手紙と、厚手の上着と、荷馬が嫌がるほどの茶葉を送ってきた。手紙はあまりに長く、読み終えたルアリが「記録として一級です」と真顔で言い、丁寧に折り畳んで棚に納めたので、ソルカはしばらく笑いが止まらなかった。
丘の上で、二人は誓いを交わした。
誓いの口づけの前に、ソルカは一歩近づき――二人は、背丈がほとんど同じだ――額を、合わせた。
こつん、と軽い音がした。
ルアリは何も聞かなかった。
ただ、長く、目を閉じていた。
式のあいだも、ルアリは帳面を手放さなかった。
「自分の婚礼まで記録するのかい」
マーラが呆れると、彼はいつもの調子で答えた。
「必要な記録です」
「だろうね」
北の三軒は、南へは移らなかった。
「今度こそ、安心して住める土地になったからね」
マーラは、それだけ言った。
封印守の家は、呪いの見張り場ではなくなった。
潮と、魚と、戻ってくる緑を数える――記録の家になった。
あの朝、魚がいたと叫んだ子供が、続きを書くのだと言って、字を習い始めている。
南の式は、屋敷の小さな礼拝堂で行われた。
庭では、白い薔薇が咲いていた。
婚約を破棄された日、窓から見た、あの薔薇だ。庭師が一人戻り、剪定も間に合うようになった。衰えても咲いていた花は、手をかければ、ちゃんと応えた。
黒い剣は、広間の壁に戻った。
三百年、そこに掛かっていた場所に。ただし刃の赤い筋は、以前より深く、静かな色をしている。
剣の下の銘文には、新しい一文が加えられた。
――使命は果たされ、名誉は真実となった。
文言を整えたのはルアリで、日付を入れるかどうかで石工と半日揉めた。彼は入れたがった。記録だから、と言って。結局、日付は銘文の下に小さく刻まれた。
そのルアリは、北から山ほどの帳面を持ってきた。
革表紙の記録帳。巻物。潮位の板。石片。三百年分の、すべて。
「必要な記録です」
「三百年分あるのよ」
「どれを置いていけというのですか」
南へ下ったルアリのもとには、季節ごとに北からの手紙が届く。
魚が戻った。
赤苔は出ていない。
洞窟に、鳥が巣を作った。
子供が洞窟へ降りようとして、マーラにこっぴどく叱られた。
悪い報せは、ひとつもなかった。
ルアリはそのすべてに返事を書き、写しを取り、綴じて棚に納めた。回復の記録は、もう二冊目になっていた。
北の海に、朝の光が差す。
崩れた海蝕洞の口では鳥が鳴き、崖の上の小さな家では、小さな記録守が、潮位と、戻った魚の数を書きつけている。
南の屋敷の広間には、黒い剣と、真実となった銘文。
そして、婚姻の記録には、二つの名が並んでいる。
ソルカ・マクラウド。
ルアリ・マクラウド。
時代は流れた。
王の名は変わり、国境は変わり、やがて王というものの形さえ変わっていった。
竜は伝説になり、封印守という役目は古い記録の中だけに残った。
それでも、マクラウド家は続いた。
武勲ではなく、北と南をつなぎ、失われかけた土地の記録を守る家として。
不思議なほど、赤い髪の子がよく生まれた。
夏空のような青い瞳も、夜空の底のような紫紺の瞳も、ときおり現れた。
家の古い広間には、黒い剣が掛けられている。
刃の中央には、今も赤い筋が残っている。
その下には、二つの銘文がある。
――我らが使命は、北の大地に眠っている。
――いつの日か、剣を携え、これを果たせ。
――さすれば我らの名誉は、今度こそ真実となる。
そして、その下に。
――使命は果たされ、名誉は真実となった。
さらに、その横には分厚い記録帳が保管されている。
初代のルアリの記録。
南へ行った兄が残した、書きかけの約束。
竜害終息の記録。
ソルカ・マクラウドの筆跡で書き足された、少しばかり余計な注釈。
そして、封印守ルアリの私記。
その最後のほうに、一行だけ、いつもと違う筆致でこう記されている。
――ソルカ・マクラウドより求婚あり。
――検討の結果、受諾。
――以後、彼女の隣で生きる。
その下には、別の筆跡でこう書き足されている。
――情緒が足りない。
――ただし、よくできました。
その書き込みが誰のものかは、家の者なら誰でも知っている。
赤い髪は、忘れなかった者たちのしるしなのだと、今でも語られている。
竜を斬った剣の姫君。
竜を見届けた封印守の魔法使い。
二つに分かれた名は、長い時を経て、ようやく一つになった。
北の海では、朝になるたびに光が差す。
かつて竜の目を焼いたその光は、今ではただ、海の上できらきらと砕けるばかりである。
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