第二十七話 ハンドサイン
今季リーグ戦からオープン回線が採用され、やりとりは敵にも筒抜けとなる。
挙動指示、暗号指示、偽装指示の分類で各チームが独自のサインを確立した。
挙動指示は、モービルギアの挙動や行動に意味を含ませておき、言葉を必要とせず連携をとる手段。
暗号指示は暗喩された音声指示で、作戦コードのような使われ方だが解析もされやすく、試合ごとに切りかえを余儀なくされる。
難解になりやすいため、どのチームも最低限の採用としている。
偽装指示は、フレーズの亜種となっていて、敵を欺くためのもの。
実際の指示は異なり、言葉とは違う行動となる。
もちろん、通常の指示も活用していき、手札を見せることで選択を迫ることもある。
チームとしての事前準備が必要な時代に突入した。
エクリプスもサイン研究に取り組み、今も最終調整の模擬戦を行っている。
けれど、またもミスが出て、隣のクロワ機が無理な追撃を繰りだす。
「今のは偽装指示だから無視しないとダメですよ」
『クッ……すみません!』
エクリプスは司令塔を二人に増やし、ナックとチーザが試合中で頻繁に切りかわるスタイルを採用した。
どちらが指揮権を持っているかも挙動指示に含んでいるので、見落とすと指揮系統の混乱に繋がってしまう。
その分、敵にもどの指示が本物かは分からないはずだ。
クロワとソルティが二回ずつ指示の誤読をして、演習は終了。
僕は一つもミスなく終えた演習だったのに、ナックには叱られた。
「ハーベスト、ハチミツ漬けの思考で演習に挑むな。まだ春も、気を抜くのも早いぞ」
褒めて欲しいのに、眉間にしわを寄せたナックの小言が続く。
悔しくて、つい口答えをしてしまう。
「気を抜いたつもりはありません。実際、僕の指示ミスはなかったですよね?」
ナックの険が和らいだ。これは相手を諭すときの彼の癖。
「ソルティやクロワを指摘していただろう? ハーベスト、お前は実際の試合中にも仲間のミスをあげつらうのか?」
言われて初めて気づく。
わざわざ仲間がミスしたことを敵側に通知するのは馬鹿のやることだし、味方としてはフォローに専念するべきだった。
これでは気を抜いているという指摘に何も言い返せない。
「すみませんでした。僕、自分が上手くやっているからと慢心していました」
叱られることが多く、どうしても俯きがちになる。
ナックが僕の肩を優しく叩いてくれた。
「キツい言い方をしてすまない。これもお前に多く期待しているからだ。許せ」
「ありがとうございます」
肩も頬も熱い。こんな些細なことでも嬉しくなっていく。
強化兵士であるナックは政府に疎まれているから、戦時中の活躍の多くは伏せられている。けど、ナックに救われた人は多く、憧れの存在だ。
彼に認められることは、他のどの選手に認められるよりも価値がある。
「次はもっと完璧にやってみせますよ!」
「それよりも30分以内にプロテインを摂取しろ」
過保護すぎるリーダーには曖昧な笑みを返すだけにしておいた。
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『チームエクリプス、日食の時間だ』
『魂を狩り、赤のヴァルハラへ捧げよ!』
トップリーグ初戦。両チームのかけ声が飛び交う。
僕も「了解!」と腹から声をだし、操縦桿を強く握った。
《3、2、1……Break the sky!!》
コールが会場に鳴り響き、14機のモービルギアが飛行機雲で螺旋を描いていく。
対戦相手はトップリーグ常連のバルキリー。
全員が女性という異色なチームだ。
フォーメーションも1-4-1-1を採用していて、他にない。
敵エースのメリーは、僕と同じポジションのSKで指揮能力に定評がある。
メリーの銀色の機体がナック機と似すぎていて、少々目障りにも思う。
季節柄か湿度が低く、喉もカラカラに乾いていく。
窮屈な旋回で飛びかかる直前の猫の状態をキープしていると、敵の艶やかだけど勝気な声が鼓膜をゆらす。
『さぁ、開幕から割っていくよ!』
『イエス!! マァム!!』
敵の暗号指示と思われる号令が飛び、3機で縦ラインを構成する動きを見せる。
控えに回った2枚のMCが、どのように動くか不気味に思う。
味方のチェイサー隊もスラスターの火花を散らす。
チーザ機がブーストを吹かして外周寄りに位置取り、ウェハー機はやや高度をさげた。
『ウチ、外回りで敵キーパー狙います!』
『あいよ』
チーザ指揮で対アタッカーシフトの暗号指示がだされ、ウェハー機の挙動指示で位置取りが示される。
チーザの指揮能力は格段に向上し、ナックの指揮には見られない斬新さがある。
縦ラインから逃げずに真っ向勝負とは思い切った判断だ。
僕が墜とされないことを前提に、セオリーを無視した指揮は面白い。
機体を空へ傾け、上昇のGを味わう。細かい位置取りは決めていいはずだから、楽をするためにも相手には逆光を味わってもらおう。
敢えて、縦ラインの一番下の敵の脚部にビームランチャーを撃つ。
すかさず少し西日に傾き始めた太陽を背にした。
『ライジングサン! 逃がさないよ!』
「構いませんよ。逃げませんから!」
縦ラインの一番上の機影が猛追してくる。
下の2機はチーザとウェハーが担当。
エクリプスのライン潰しに会場も一斉に沸く。
《これはガチンコ勝負かーー!? しかしアンチウェポンが猛威を振るう! エクリプス優位の体勢だーー!》
クロワは僕から一旦離れ、敵キーパーを牽制する位置取りでフィールド全体を支配する。
正直クロワがいると、ミサイルやグレネードの考慮を省けるのでかなり楽だ。
『チィ! アンチウェポンはバケモノすぎんだろ!』
どの敵が言ったのか分からないけど同意する。
同意書にハンコを押す気持ちで、精彩を欠く機影に突進してパンチを繰りだす。
「ほらほら、意識が疎かですよ!」
『はえぇよ! ミルク飲んでゆっくりしてな!』
駆け抜ける衝撃波とグリップ越しにくる強烈な反動。
無理に耐えず脱力してシートの衝撃吸収で受け流し、反動の流れを利用して後ろ回し蹴りへと繋げた。
即座に敵からの通信が飛ぶ。
『各機、プランB! 早朝出勤はお断りだよ!』
ラインに参加していない敵がフォローに入るのは予想ずみ。片方は今叩きのめした敵を盾とする位置をキープ、もう一方には逆光をプレゼントずみ。
苦し紛れのグレネードを撒いてきたが、容赦なくクロワが撃ち抜いていく。
その爆風に紛れ、敵バックスへ急進する銀色の機体。
眼下の地表スレスレには、ナックの紡ぐ一線の軌跡が見えた。
《おおっと! 死神がその鎌をBDへ振るうーーー!》
僕の立ち回りやクロワの超絶技巧に目を奪われると、ナックがあっという間に肉薄して刈りとる。最近の必勝パターンだ。
『キャリブレ』
『おぅよ! クロワ、赤は遠いか?』
『フッ、届かせます』
ソルティとクロワの射撃が標的に集中する中、僕も別方向へ牽制射撃をする。
敵の救援を阻害することに成功し、落下矯正の連携攻撃は赤サークルへ。
土煙と同時に撃墜音が轟く。
『嘘!? なんで赤に届くのさ!』
『あり得ない!』
《ゴーーール! 運よく赤を獲得だーーー!》
会場には見る目のない実況の声が響いた。
とても分かりづらいが、師弟タッグの超絶技巧で狙いすました結果だ。
ソルティの射撃で錐揉み回転をした敵に、クロワがピンポイントで当てた。
それも凄いが本当の超絶技巧はソルティの射撃。
滞空時間を稼ぐための浮かせる攻撃で、狙って乱回転状態を作りだした。
「お見事です!」
『早めに畳みかける。キャメル、ソルティ、続け』
『ったく、人使いが荒いな! 残業代はだせよ!』
ナックの指揮は、わざと聞かせることで敵の意識を守勢へ向けさせるもの。
バックスを墜とされて劣勢となったバルキリーはビームの乱射を始め、カラフルなビームをカーテンにして蜘蛛の子を散らす。
フィールド全体を広く使い、四方八方に飛行機雲を靡かせていく。
受けるようにやや速度をあげるナック。
『有名な一本槍から狙うぞ。ついてこい』
『あいよ』
偽装指示が出たのでダンスの相手を見繕う。虎視眈々とプレッシャーをかけてくる標的に、大立ち回りをさせるべく誘いをしかける。
けれど、すぐさま戦乙女たちが割りこむ。
『騙されないで! 絶対偽装指示!』
『そうよ! 死神の囁きには耳を塞ぎな!』
バレたように思うが、半分は相手のブラフだろう。
現に、どちらであっても対応できる中途半端な動き。
なのにクロワ機が、一本槍の異名を持つアタッカーへの偽装攻撃をやめた。
『お、さっすが繊細ハートのクロワちゃん。諸々早くて助かるわぁ~』
『お姉さんたちが色々と教えてあげるね! 残弾も全部絞りとっちゃうから!』
『フフッ! アンタが上になったらクロワちゃんのは潰れちゃうでしょー!』
完全にバレた。相手もクロワのミスを執拗に責めてくる。
『クッ……すみません』
『あらぁ? 大丈夫よ。初めては上手くいかないものだから、ね?』
敵の女はねっとりとした声色で耳が不快だ。
エクリプスの連携が崩れ始めたことで僕への接近を許してしまう。
『ライジングサンも大人にはまだ早いかしら?』
「僕は今日にでも大人になってみせます!」
潮騒を思わすノイズも相まって、さきほどから続くセクハラじみた煽りがうっとうしい。
ビームを払い除けるのとあわせ、愛機を追手へと急襲させた。
予測という線路からの脱線事故。動きに勘づかれたときには既に捉えている。
無理に逃げようとした敵をウェハーの射撃が阻止してくれた。
「はい、各駅停車にしてくださいね。次の駅は100m下の地面ですから!」
すれ違いざまのタックルを決める。正面衝突ではなく半身ズラしておいた。
位置もバッチリでダメージは敵の方が明らかに大きく、弾いた先も完璧。
『ハーベストも人使いが荒いな。仕留める』
弾き飛ばした先には僕らのエースが待ち、痛烈な一撃を叩きこんだ。
※詳しく知りたい人向けの情報です。読み飛ばしても本編に影響はありません。
───用語説明・補足解説:
・チーザが指揮権を奪う際の暗号指示について
『ウチ、外回りで敵キーパー狙います!』
チーザ自身が「外回り」と表現した場合はチーザ指揮となる。
逆に「外を回って」「外から回る」などの場合はナックのままのため、偽装指示も兼ねる。
「敵キーパー」と表現した場合、対アタッカーシフトの偽装指示。キーパーを狙う場合は敵を付けずに「キーパー」と言う。
・ウェハーの位置取りでの挙動指示について
守る展開で対アタッカーシフトの指示が出された場合、キーパーをどの位置に置くかをエクリプスでは事前に定めている。
ウェハーから最も遠い位置にハーベストは布陣することになっており、ウェハーが高度を下げた場合は、ハーベストを上空に移動させる挙動指示を含む。
・ナックの偽装指示について
『有名な一本槍から狙うぞ。ついてこい』
オープン回線ルールが始まってから、ナックの「狙う」という言葉は、敵のオーバーヒートを狙った誘いを仕掛けるチーム連動のことを指す。チームで狙いを偽装した上で他のターゲットへ熱負荷を掛けていく作戦となる。
・『一本槍』について
バルキリー唯一のFAの異名。
まだ公式で定まった異名では無いが、選手の中では徐々にその呼び名が浸透してきている。





