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神々の箱星で  作者: テンスケ
1章 西美濃
9/18

8話 統一歴1216年 秋 試験①

長くなったので2つに分けました。今日は2話投稿します。

 次の日、まだ日の出前の暗い中、見覚えのない部屋で目が覚めた。どこにいるのかちょっと混乱しかけたけど、隣に爺さまが眠っているのを見て、町の屋敷に泊めてもらったことを思い出した。昨日の夜、寝所に来たのは覚えてないけど、半兵衛様たちの前で錬成したのは覚えてるから、その途中で意識を失っちゃってから運ばれたのかな。


 おしっこがしたくなって、ふすまを開けて、昨日教わった便所を探す。庭を正面に左へ行った先だと覚えていたので、便所はすぐに見つかった。おしっこを終えて寝所へ戻る途中、縁側の障子を開けて空を見るとうっすら明るくなり始めていた。空には雲がまばらに浮かんでるだけだから今日も晴れそうだ。婆さまは早くに起きて、一人でこの空を見ているのかな。すこし寂しくなった。


 寝所に戻ると、爺さまももう起きていた。


「爺さま、おはようございます。」

「うむ、はやいな。便所か。」

「うん。もう朝の訓練を始める?」

「いや、今日はこのあと源三郎たちの試験をするからな。朝の訓練はやめておこう。」

「は~い。でも、柔軟だけはやろうよ。」

「そうじゃな。」


 爺さまと庭に出て、いつもの柔軟を始めていると、表門のくぐり戸から佐助さんが入ってきた。


「佐助さん、おはよう!」

「おう、太郎、早いな。ご隠居様も、おはようございます。」

「うむ。仕込みはすんだかの?」

「はい、ぬかりなく。」


 佐助さんが自信ありげににやりと笑ったのを見て、お爺さまもにやりと笑い返した。


「では、たまにはお主も一緒に身体を動かすか?」

「はい、ご一緒させていただきます。」


 それから、佐助さんも一緒になって体の曲げたり伸ばしたりする柔軟運動をした。佐助さんも爺さまとまったく同じ順序で身体を動かしてたし、町の人たちはみんなこの運動を習っているのかもしれない。


 運動を終えたら朝ごはんの準備を手伝わないとと思って、台所の方に行こうとしたら、佐助さんに、屋敷ではご飯をつくるのを仕事にしている人たちがいるから、手伝う必要はないって言われた。でも、たくさんの人が食べるご飯を、どんな風に準備しているのか気になってお願いして見させてもらいに行った。台所では、三人の女の人たちが一言もしゃべらず、すごい速さでテキパキ料理をしていて、見てるだけでなんだかワクワクした。ほとんど言葉を交わさないのに、見事に連携して作業を進める3人の姿に、婆さまが言っていた以心伝心ってこういうことか!と言葉の意味が心にストンと入ってきた気がする。


「あ、あのっ!おはようございます!」


 三人の女の人たちが何事かと手を止めてこちらを見る。


「あっ、手を止めさせちゃって、ごめんなさい。ご飯作ってくれてありがとうございます!みんな動きがテキパキしててすごいです!」


 三人は、ちょっとびっくりした顔になってから、にっこり微笑んで「毎日やってる仕事だからよぉ。そりゃ手早くもなるさぁ。」と言って、またテキパキと動き始めた。いつまでもその様子を見てたかったけど、朝食の準備ができてきたようで、佐助さまに、昨日夕飯を食べた部屋に連れていかれた。部屋には、さっき三人が準備していた料理がお膳に乗せられて準備されていて、半兵衛様、その奥方様っぽい女の人、爺さまが待っていた。


「おはようございます。」

「うむ、おはよう。太郎、こちらは私の妻の『おとく』じゃ。」

「おはようございます。太郎殿。よろしゅう。」


 おとくさまが、口元を隠して挨拶してくれた。女の人が口元を隠すのは上品に見える。源三郎くんみたいに練習するのかな?でも目元だけでにっこり笑ってくれているのがわかった。優しそうな人でよかった。


「おはようございます。おとく様。太郎です。よろしくお願いします。」

「あら、小さいのにしっかりした挨拶ができること。半兵衛様の子供のころもこんな風だったのかしら。」


 優し気な眼差しで半兵衛様を見つめるおとくさまに、ご隠居さまがクククッと笑って答える。


「子供のころの半兵衛は、いまよりさらに無口での、ろくに挨拶もできんかったわ。」

「お爺さま、ここで昔の話は良いでしょう。ご飯を頂きましょう。」


 半兵衛様の耳がヒクヒク動いている。ちょっと恥ずかしいみたい。ふふっ、確かに半兵衛様は無表情だけど感情豊かで面白い人だな。みんなが半兵衛様の耳を見てるのに気づいたのか、半兵衛様が大きな声で「いただきます!」と言って目を伏せてご飯を食べ始めた。


 三人で顔を合わせて、こっそり笑った後、声を合わせて「いただきます。」と言ってから、朝ごはんを頂いた。朝ごはんは、キノコの炊き込みご飯と、大根の味噌汁、カブの漬物だった。どれも美味しくて、さっきのテキパキつくっていた女の人たちに感謝したくなった。そういえば、昨日の夕飯もすごく美味しかった。毎日、こんなに美味しいものを作れるなんてすごいなぁ。でもいつも食べているご飯との違いに、婆さまの味がちょっと恋しくなった。


 朝食を食べ終わって、おとく様に山での生活の話をしていると、ふすまの外から、「喜兵衛様が到着いたしました。」と伝えられた。


 おとく様は居室に戻り、半兵衛様は執務をするために別の部屋に移動していった。俺と爺さまは、一旦寝所に戻って外を歩く服装に着替えてから、屋敷の表門の方へ向かった。門の所には、喜兵衛さん、佐助さんがいて、小袖に山袴を履いて動きやすい格好をしている源三郎くんたち4人が気合の入った顔をして待っていた。


「ご隠居様、太郎殿、おはようございます。」

「「「「おはようございます!」」」」


 喜兵衛さんに続いて、四人が声を合わせて気合いの入った大きな声で挨拶をしてくれた。


「うむ、おはよう。」

「喜兵衛様、みなさま、おはようございます。」

「みな気合いの入ったよい顔をしておるな。今日の試験は梨木川の土手で行う。試験内容については土手についてから説明する。よいな。」

「「「「はい!」」」」


 くぐり戸から門の外に出て、遠くに見える川の土手を目指して、爺さまが先頭になって小走りに走り始めた。その後ろにみんなで付いていく。喜兵衛さんは、執務があるからと屋敷に残った。普段、山で走るのとは違ってほぼ平坦な場所だったし、いつもよりゆっくりだったので、『あんなに気合いが入ってるってことは、みんな山に行きたいのかな、一緒に山に行けるといいなぁ、今朝の台所の女の人達みたいにみんなで以心伝心でご飯作れるかなぁ、婆さまはどうしてるかなぁ』とぼんやり考えながら爺さまの後を付いていくと、四半刻(注:約30分)ほどで、試験をする土手に着いた。


 爺さまと佐助さんは、まったく疲れてなさそうだけど、走ってる距離が長かったから、途中からちょっと苦しくなって、息が切れた。源三郎くん、小四郎くんは、かなり息を切らしてはぁはぁ言っていて、源二郎くんと五郎くんは、みんなから遅れて、まだ離れたところをぜぇぜぇ言いながら苦しそうに走っていた。


 昨日、話を聞いていて思ったけど、やっぱり俺は爺さまと婆さまにかなり厳しく鍛えられてるみたい。でも、このくらいの差ならみんなが山に来て一緒に鍛錬したらすぐに追いつかれちゃうかな。


 ちょっと遅れて到着した源二郎くんと五郎くんの息が収まるのを待ってから、爺さまが試験の説明を始めた。


「この試験では山を歩く体力と、危険に対する注意力があるかどうかを調べよる。山に入ったら、いま走ってきたような整備された平坦な道ではなく、腰まである藪の中や、岩をよじ登ったりするような経路を一日中かけて進まねばならんこともある。その間、熊や狼の接近にも気を遣わねばならず、余裕があれば野兎や野鳥を狩って食料を得ることも考えなければならん。昨日、佐助にこの土手のまわりのあちこちに数字を描いた旗を全部で20個立ててもらった。こういうやつじゃ。」


そういって爺さまは腰の高さくらいの棒の先に数字が書かれた布が書かれている旗を見せてくれた。布には『十四』と書かれている。


「これから正午までの間に、これをできるだけ多く見つけ、書かれた数字の合計が100を越えた者は合格じゃ。見つけるのが簡単な旗は数が小さく、難しいものほど数を大きくしてある。見つけた者の早い者勝ちじゃ。それと、土手のあちこちに足を引っかける罠が仕掛けてあるでの。それに引っかかって怪我をした場合はそこで失格じゃ。足元も見ずに歩いて怪我して動けなくなるような者を山に連れて行けんからの。あと開始から一刻したら佐助に熊の被り物をしてあたりを徘徊してもらう。」


 佐助さんが、背負っていた籠から熊の頭がついた毛皮を取り出してそれを頭からバサッと被った。本物の熊が突然そこに現れたみたいな迫力だ。爺さまが説明を続ける。


「この佐助熊に捕まったら、その時点で持っている旗をすべて没収する。山で熊との遭遇したらよほどの強者でもない限りそこで終わりじゃからの。旗を没収されたらそこからまた旗を集め始めなければならぬからほぼ失格じゃ。佐助熊は、距離が遠い場合には追ってこないが、30歩くらいの距離で視界に入った場合は追いかけてくるぞ。足元だけじゃなく、広く周りを見るようにすることじゃ。説明は以上じゃが、何か質問はあるか?」


 源二郎くんが、勢いよく手を挙げた。


「あります!みんなで協力して旗を集めるのもありですか?」

「ふむ、別にかまわんが、太郎と協力するのは駄目じゃ。試験にならんからの。あと旗の数字は全部足して四百点にしてある。太郎も含めて5人いるから全員そろって山に行けることはないぞ。」

「全部で四百点ってことは…。太郎氏に三百点以上取られちゃったら一人も合格できないこともあるんですか?」

「そうじゃの…。では、太郎は百点を越えたらそこで終了させよう。」


 源三郎くんと小四郎くんは、俺とそんなに体力変わらないし、三百点なんてとれっこない。それに、みんなと一緒に山に行きたいし、とれたとしても一人で三百点もとりたくないけど、手を抜いたら怒られちゃいそうだし、上限が決まってよかった。


 続いて、源三郎くんが、手を挙げた。


「ご隠居様、このあたりにも野兎や野鼠がいますが、それを狩ったら追加で点をもらうことはできませんか?」

「ほぅ、そうじゃの。別にかまわんが、お主らはなにか武器を持っておるのか。」

「はい。みな、小刀は持っております。私は弓矢も持ってきました。」

「ふむ。よい心掛けじゃの。では、野鳥は二十点、野兎は十五点、野鼠は十点としよう。太郎も棒手裏剣はもってきておるな?」

「うん。弓矢も持ってるよ。俺も狩りをしていいの?」

「それは構わんが、狩りだけで百点とったら、山歩きの試験にならんの。狩りの点は百点のうち五十点まで認めよう。」

「よし、これで全員で山にいける可能性がでてきたな。さすが源三郎!」


 小四郎くんが、源三郎くんの背中をパンと叩いた。たしかに、ここまで走ってくる途中で小動物の気配をいくつも感じたから、それを狩って得点にできたら全員百点以上目指すこともできそう。さすが源三郎くん、機転が利いてるな。


 それから源三郎たち四人が離れたところに集まって輪になってゴニョゴニョ話し始めた。仲が良くていいなぁ。


「ご隠居さま、試験で協力しなければ、太郎殿と事前に話をしてもかまいませんか?」

「うむ、かまわんぞ。」

「太郎殿、こちらへ。」


 源三郎に呼ばれて、みんなの方へ向かうと、輪になって、源三郎くんを中心に作戦を立て始めた。


「太郎殿は、私たちへ協力してくれる気はありますか?」

「もちろん、一緒に山に行ったら楽しそうだもん。」

「では、太郎殿は旗を五十点分とったらあとは狩りで残りの点をとって下さらぬか。」

「うん、いいよ。もともとそうするつもりだったし。」


 それなら…、と五郎くんが続ける。


「もし余裕があったらさ、完全に仕留めないでわざと弓で失敗して獲物を弱らせるだけってできない?それを点が足りない奴がしとめれば、俺たちの点に追加できるし。」

「できるけど、それって爺さまが言ってた俺が協力しちゃダメって決まりの違反にならないかな?」

「どうだろう?わざと失敗してるのがばれちゃったら反則にされちゃいそうだね。」


 源二郎くんが不安気な声を上げ、小四郎くんは五郎くんをあきれた顔で見つめる。


「しっかし五郎はズルをすることに関してだけは、すげぇ頭が働くよなぁ。」

「試験ってのは、そういうものだからね。大切なのは自分のできるかぎりの力をつくして合格すること。」


 五郎くんが得意気な顔をするのを、源二郎くんが困り顔で見つめながら続ける。


「それでズルをするのはちょっと違うと思うけど…。太郎氏、もしご隠居様の目を欺けそうだったらやってみてね。」

「うん、爺さまの目を欺くのは大変だけど、佐助さんが熊になったら爺さま一人で5人を見なくちゃいけなくなるし、できそうだったらやってみる!」


 みんなで、山に行くために俺も協力できるとは頑張らないと!自分の案が通って上機嫌の五郎くんがさらに得意顔でしゃべり始める。


「あと、協力がありってことは、兄者が百二十点とって、俺に二十点分くれるのもありだよね。」

「お前、ズルいことばっかりほんと、よく思いつくよな。」


 小四郎くんが、呆れてため息をついているのとは逆に、源三郎くんが五郎くんの意見を肯定した。


「俺も協力ありってことは、点数の譲渡や交換はありだと思う。ただ、その場合はぴったり二十点の旗じゃないと無理だな。四点と二十四点の旗の交換とかをするとか、全員が百点になるように計算する必要がでてくる。」

「そういう計算ができるかどうかも試されてるのかな?でも、狩りの点が加われば、うまく調整できそうだね。」

「とにかく四百点分の旗を全部回収することを当面の目標にして、できるだけ狩りの点も狙うんだ。足元の罠と、佐助さまの熊にも気をつけろよ。」


 源二郎くんも賛成し、源三郎くんがまとめに入ろうとしたところで、源二郎くんが声を上げた。


「それなんだけどさ。佐助さまがでてきたら、ゴニョゴニョ…。」

「…。そこまでいくと、ズルっていうか、もう悪知恵だな…。ちょっと酷くねぇか?」


 小四郎くんが、薄い目で源二郎くんをジーっと見つめる。


「それって、事前にご隠居様に反則じゃないか確認しなくて大丈夫?」

「確認したら禁止にされちゃうかもしないからね。言わなくていいんじゃない?」


 源二郎くんの不安に、五郎くんがニヤリと笑って答えた。


「やっぱ、いちばん悪いのは五郎じゃねえか…」


 小四郎くんが、五郎くんのことも薄い目で見つめた。みんな、いろいろ作戦思いついてすごい。


「みんな、いろいなこと考えついてすごいね!俺なんかいつもあんまり考えずにとにかく言われたことやってるだけだった!」

「いつもこんな難しい鍛錬させられて頑張るだけで突破してきた太郎氏の方がすごいけどね。」


 源二郎くんが褒めてくれるけど、爺さまも婆さまも厳しいところもあるけど、俺には甘くしてくれるからみんなが思ってるほど大変じゃないんだけどね。


「とにかく、この際、ズルでも悪知恵でも何でもつかって全員合格を勝ち取ろう。がんばるぞ!」

「うん!」、「はい!」、「おう!」、「りょ!」


 源三郎くんのまとめに、みんな気合の入った声で答えた。


 東西に続く土手の上に上がると川がある側の南に三つ、逆側の北に二つの旗が最初から見えた。簡単に見つかる旗だからたぶん数は小さいだろうけど、南の三つを、源三郎、源二郎、俺で、北の二つを小四郎と五郎が担当することに決めて、開始の合図を待った。


「では、試験を開始する。」


 爺さまの開始の合図とともに、五人がそれぞれの旗に向かって走りだした。


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