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これでストックを吐き切りました。全力執筆中です。
「………っぁっ、!」
身を限界まで捩る。加速しきった思考と直感に身を任せて、身を投げるように跳躍する。
今度も飛翔してくる『矢』をよけきった。
後何度避ければいいのか見当もつかない。
今、セツナの強化された視覚が、ようやく敵の全容を捉えたところだ。
セツナの知らない魔物。古代遺跡で散見されるという、古代の機構系の敵だろう。
彼らは研究が足りておらず、魔獣なのか、魔物なのか、その他のものなのか、区別のついていない種である。しかし少なくともある程度広大な幻想領域からは一定数出現し、どれだけ倒しても目撃証言の減らないことから、幻想領域そのものが作り出しているのかどうかはともかくとして、個体数を増やす方策が彼らにはあるということになる。
八本のカニのような足に支えられた、六本の腕を持つ巨人のごとき様相。腕のうち二本はボウガンとなっており、残り四本は巨大なサーベルとなっている。このボウガンから放たれる矢が、先ほどまでセツナを襲っていた飛翔体の正体だった。
動力源と思われる体の中心の赤いコア部分には堅牢な装甲と魔力を用いた結界が存在しており、細く見える胴体は、その実背骨の節のように接続されており、可動性は抜群そうだ。あの重さの上半身を支えていることから、一番構造的には弱い部分であっても、一番構造的には堅牢な一部分だろう。
同ランクならいざ知らず、Bランクのセツナでは逆立ちしたって壊せる気がしなかった。
その種名を、『オールドギア・スローター』、対多数、対弱集団に特化したと思われる、高機動型広域殲滅兵器である。セツナに向けて放たれるボウガンはきわめて正確な狙いをつけれ放たれるほか、連射が利くようだ。セツナは魔力の照射による位置探知が行われるたびに、回避挙動を変え、恐るべきボウガンの雨の中をかいくぐり続けている。
一撃でも喰らえば、その瞬間にセツナは人生の幕を閉じることになる。それは、ここがあまりに生存に適さない地形ゆえに、セツナは装備が損壊すると、体温を維持できず即時凍結するからだ。
セツナはこの化け物を、一撃も貰わずに対応しきらなければならない。それは、セツナが今までに経験してきた、どの難行にも勝るだろう。
すでにセツナは半分ほどまで到達できていた。あと半分。少しづつ敵の対応はうまくなり、また距離が近づいたことでさらに敵の精度もよくなっていく。
近づけば近づくだけ難易度が高まる。セツナは集中をより深める必要があった。
「っ、ぐっ、ぉぉ……っ!!」
空中でひねりを効かせる。右、左、と避けたのち、足先を狙った攻撃を跳躍で躱し、空中に居るセツナを狙った攻撃を、力の流動と体の重心移動を駆使して回避する。全くぎりぎりの攻防。ここまで魔力放出による強力な回避を使わず温存できていたのが奇跡といったところ。
しかし魔力放出は強力な手札である代わりに、使いどころを間違えれば魔法使いであるセツナはその分だけ戦闘力を削られることになる。この化け物を相手にそれをすることのリスクはあまりに大きい。
セツナにとって幸運だったのは、この機構の化け物がいきなり発射姿勢を取らないことだ。
発射前にセツナの位置を捉えるべく放たれる魔力波動は、セツナに発射タイミングを悟らせることになる。この発射までにセツナに与えられるわずかな空白が、何よりも必要だった。
(……それに、魔力波動を用いた探知には弱点がある。)
また、魔法使いであるセツナは、魔力波動を用いた探知の弱点を知っていた。暗闇に潜む魔物の中には、魔力波動による探知を行う魔物も多いため、その対策が日夜研究されている。もしもその探知だけに頼るというのなら、セツナにはわずかな、ほんのわずかな勝機が残されている。
* * *
『■■■■■■■』
対してオールドギア・スローターは接近してくるセツナを観測し続けていた。セツナにはわからないことだが、オールドギア・スローターは本来光学による観測機器を持ち合わせているのだが、それはすでにゼンによって破壊されていた。SSランクの脅威をそのままぶつけるには、やはりセツナは力不足と感じたからである。
もしも本来のカメラ機能が健在であれば、セツナの勝機は絶無であった。こうして接近を許すことなどなかっただろう。
幾度にもわたる射撃を効果なしと判断した機構の巨人は、対応ランクを引き上げる。
両腕のボウガンに装填されている実体弾を排出。そして、矢のなくなったそのボウガンに魔力が充填されていく。
矢を射出していたワイヤーを模する、魔力で出来た細糸が、合計十一本出現し、それらが引き延ばされ、魔力によって構成された矢が装填された。
『■■■■■■■■■』
セツナの地獄は、まだ始まったばかりだ。
* * *
「まさか……やるしかない!」
遠目に見えたその変化にセツナは敏感に反応した。ボウガンが実体弾ではなくなり、魔力を利用したものに変化したこと。セツナの反応は早く、手を前に突き出しながら走る。敵の変容、それが何を意味するかを推察する前に、セツナには答えが提示された。
光の雨。そう呼称するべきなのだろう。魔力波動の放射が行われた直後。セツナに向けて放たれたのは、刻印魔術式によって生み出される無数の魔術炸裂弾だった。
「がぁっ?!」
直撃はない。幸いにして精度はあまり良くなかった。だがセツナのいる一帯を丸ごと爆撃するように放たれた魔術炸裂弾は、地面に命中すると同時に爆発を起こし、セツナを吹き飛ばす。
純粋な暴力。魔力が持つエネルギーをそのまま爆破現象に極めて近い拡散を行わせることにより、疑似的な弾薬とする方式だ。熱と衝撃が魔力を伴って急速に拡散するため、大気があろうとなかろうと有効な兵器でもある。通称:マナボム。燃費が悪い代わりに術式が単調であり、連射が利く利点がある。只燃費が悪い分、連射するとなると威力を下げざるを得ない。
しかし、それを推定SSランク相当の脅威が使ってくるとなると話は変わる。1ランク下げたところでセツナに直撃すればそれは必殺となる。一撃一撃の爆発が半径十数メートルにも及ぶと考えると、今回セツナが生存していることは、偶然では片づけられない。
「……使わされましたか……!」
セツナが居たのは、広範囲爆撃の端だ。予想以上に範囲が広く、ずらしきれなかったのである。
魔力波動による索敵の弱点は、その索敵を欺瞞しやすいということ。セツナは直前で自身の魔力で魔力波動を迎え撃つことにより、相手に帰っていく波動の強度を調整し、一時的に不正確な自己の位置を送り返したのだ。おかげでセツナの後方に爆撃が落ちたが、もしもずらすことができていなければ、セツナは木っ端みじんだっただろう。
「……次は対応されるでしょうが……でも、まだ駆け引きは、終わっていません……!」
戦いは佳境に入る。あと少しで接近し終えるセツナだが、SSランクという驚異的な性能を誇る殺戮兵器は依然として無傷で健在である。
この無謀ともいえる戦いの中であっても、セツナの顔から笑みが消えることはなかった。