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今回は短めです



「………~~~~~~!!」


 まどろむ意識の中、かすかに聞こえる音で、セツナは自身が目覚めたことを悟った。

 今どこで、何をしていたのか、判然としない。頭が働かない。柄にもなく酒を飲んで二日酔いにでもなったのだろうか。


 ゆっくり身を起こそうとして、全身に激痛が走る。


「………っ!!」


 それで、セツナは完全に目を覚ました。痛みが逆に彼女の思考を取り戻し、意識をクリアにさせ、がバリと起き上がった。


 同時に彼女を守っていた”極地の安らぎ”の効果が切れ、一瞬にして凍り付く。ギリギリのところで自身の装備に魔力を充填したセツナは、間一髪のところで凍死から免れた。


「みゅ~~~!!」


 ぽよん、と腕の中に飛び込んできたのは、スノーキャットだった。いつの間にやらカバンから出てきていたらしい。セツナを間一髪のところで起こしたのも、この小さな毛玉なのだろう。彼らはこの環境下においては完全な弱者といえる種族。彼らはその弱さゆえに、小さな変化にも敏感である。セツナの身を護る”極地の安らぎ”の変化にも敏感だったのだろう。


「……どうやら助けられたようですね。」

「みゅっ!!」


 得意げな顔をするスノーキャットを軽くなでる。思えばこの個体には既に極地の安らぎによる保護を受けてはいないようだが、こうしてカバンの外に出ても平然と活動できている。Aランクの傭兵ですら音を上げかねないこの領域で生存できる彼らは、やはり凍土の住人なのだろう。


 目覚めたことで思考がクリアになったセツナは、自身の魔力残量と体力を確認する。魔力は多少回復しており、少しだけ余裕ができた。体の方は疲れは取り切れていない。体中筋肉痛であり、少し動かそうとするだけでも激痛が走る。特に脚。


 二日の強行軍は彼女の体を限界まで苛め抜いていたらしく、あまりにぼろぼろなその有様に苦笑する。


 治療薬を飲もうとして、やめる。普遍的な医薬品を入れる隙間はあまりなく、高級品の丸薬を数粒入れるのが限度だった。そもそもここは凍土なので、凍っても効果を発揮する薬品類を用意しなければならない。ポーションも液状のものはダメだったりする。クーユルドでは品ぞろえも多かったが、予想される魔物との戦闘を全力で回避することと、体温管理、耐圧系、意識覚醒などなどの薬品類に枠を大きく割かれ、結果的に傷や解毒に使われるような治療系の薬剤はほとんど持ち込んでいない。


 持ち込んだ治療薬はセツナの身体を襲っている重度の筋肉痛にすら効果があるが、これから先戦闘が待っているかもしれないことを考えると、飲むことはためらわれた。SSランク以上はあるだろう敵がこの周辺を闊歩している。セツナが動き始めたら、戦闘を回避するのは温厚な種でない限りは不可能だろう。


 持ち込んでいるのは瞬間”治癒”薬が3つと瞬間”治療”薬が2つ。すべて、アイテムホルスターに仕込む。「治癒」は軽度の傷、「治療」は欠損以外の重度な傷を対象とした薬だ。さらにハイグレードなものは「快復」があるが、これはかつてセツナが処方を受けたユグドラシルエリクサーがその種に該当し、一つ買えば与えられた予算を超えてしまう。手が出せなかった。


「こんなものですか。」


 アイテムホルスターにアイテムを入れなおす。セツナはこれを走りながら行ってきたわけだが、こうして小休止を挟みながら行うと、気持ちが切り替わる。アイテムの整理は傭兵にとっては重要な儀式のようなもの。長年傭兵をやっているセツナにも、その根性が根付いている。


「ほら、カバンに戻っておきなさい。戦闘になったら振り落とされないように。」

「みゅ!」


 素直に言うことを聞いて、セツナのカバンの中に潜り込むスノーキャット。本当によくなついてくれているようで、セツナはどこかほっとした。そしてようやく、彼女は自分がこの愛らしい毛玉を受け入れ始めていることに気が付き、甘い自分を認識する。


 カバンから感じる重さの中に、うごめくスノーキャットの気配を感じる。荷物がずいぶん減ったことで、動きやすくなったのだろう。おかげで、ガサゴソと荷物を漁る音まで聞こえる。あの毛玉が悪さをしているようだ。ちょっと許してしまいそうになってしまえるのが、この愛らしい生物のよくないところだ。


「ただ、つまみ食いは厳禁ですよ。……あなたの分もありますが、大半は彼女への手土産ですから。」

「みゅっ?!」

「だーめです。帰ったらおいしいもの買ってあげますから。今は我慢です。」

「みゅ~~~!!みゅっ、みゅ~~~~!!」


(……全く、心の隙間にも入り込むなんて。……私の負けです。)


 この先、どうやら道連れが一匹増えるらしい。にぎやかになりそうな己の道行きがどうなるのか見当もつかないが。少なくとも、自身の傭兵生活にはよい変化だと、セツナは思えた。


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