遂に本性現した
「だ、駄目だ! もう駄目だ! 部屋に入った時から顔を見ないようにしてスゲー我慢したけど、もう限界! ひーっひっひっひ!」
「私も、目をそらして頑張ったけど、これ以上は……くっくっくっ……」
「お二人とも、はしたないですわよ? 確かに気持ちはわかりますけれど……フフッ」
「…………え? な、何? どういうことぉ!?」
突然大笑いを始めたコリアンデ達に、ショーネはただひたすらに混乱する。泣き叫ぶとか怒鳴り散らすならわかるが、楽しそうに笑い転げるというのはいくら何でも想定外に過ぎる。
が、そんな戸惑いなどコリアンデ達には関係ない。呆気にとられるショーネや周囲の者達を完全に無視してそのまま楽しげに会話を続けていく。
「げ、元気って!? そりゃ元気だよ、わかってんだろ! 殆ど毎日会ってるってーの!」
「ひ、久しぶりって……自分で言ったのに……久しぶりって……!」
「そりゃ草は美味しくないでしょうとも! というか、草と比較するのはどうなのですか?」
「それはほら、その場の流れっていうか……でも改めて思い返したら、やっぱり草は美味しくなかったなって……くくっ!」
「っていうか、お前まで草食ったことあるのかよ!? ……あれ、じゃあ俺だけ仲間はずれ……?」
「あー、まあそうとも言えますけど……食べてみますか? 草」
「それは……いや、でも、草だしなぁ……」
「いいじゃん! それじゃ今度みんなで草を集めて食べようよ! で、みんな一緒に『不味い!』って叫ぶの!」
「むぅ、猛烈に不毛なのにちょっと楽しそうなのがまた不毛ですわ。ですがそういうことなら、いずれまた近くの森に――」
「これは一体、どういうことかしらぁ?」
わだかまりなど欠片も見受けられない様子で会話するコリアンデ達に、ショーネはジロリと横に控えている取り巻き達に視線を向ける。滅多に無い本気でキレているショーネの声に、まず目を向けられたダーマスは焦りに焦って声を上げた。
「い、いえ! これは……どうなってんだイツワール!?」
「僕に聞かれても……アッカム君、これはどういうことだい!?」
「ん? 何だよイツワール先輩。どうって、見りゃわかるだろ?」
「わからないから聞いてるんだろう! 君はコリアンデに決別するためにここに来たんじゃないのか!?」
必死に叫ぶイツワールに、アッカムは馬鹿にするように短く息を漏らす。
「ヘッ! 誰がそんなこと言ったんだよ。俺はコイツにハンカチを突き返したいって言っただけだぜ?」
「なっ!? それは……」
「いや、おかしいだろ!? 刺繍を入れたハンカチなんて、普通婚約者にしか贈らねーんだぞ!? それをあんなボロクソにされて、どうして笑ってられるんだよ!?」
「それも言ったろ? 『もう代わりがある』ってな!」
言いつのるダーマスに、アッカムは先程チラ見せしたハンカチを全部取りだして広げてみせる。そこには今回も何だかよくわからない四つ足の動物と思わしき絵が刺繍されており、間違いなく同じ制作者の手による刺繍だとわかる。
なお、この時アッカムは「婚約者!?」と内心で激しく動揺していたのだが、幸いにして他の驚きが強すぎたため、それが気づかれることはなかった。
「ハァ、もういいわぁ……で、ソバニちゃんの方はどういうことぉ?」
「わ、わかりません。昼間はずっと派閥内の誰かが同行しておりましたし、夜は扉に鍵をかけておりましたから、コリアンデと会っているはずがないのですが……」
「それに、最近はずっと死んだように無気力で、話しかけても反応も弱く……なので、どうしてこんなことになったのかは……ど、どういうことなのソバニ!?」
「どうって、そんなの演技してたに決まってるじゃないですか!」
先輩の女性に責めるように問われ、ソバニは悪びれる様子もなくそう答える。実際には「男子生徒五人でもびくともしない食器棚」の下に隠された床の穴から夜な夜なコリアンデが連れ出して朝まで話をしたりしていたため、昼間はちょっと眠くてボーッとしていたというのが一番の原因なのだが、親切にそれを説明したりはしない。
「演技ですって!? 散々お世話をした私達を騙すなんて、何て恥知らずな!」
「これだから田舎貴族は! 身の程を弁えなさい!」
「そうですわ!」
啖呵を切ったソバニに、周囲の女子生徒から一斉に罵倒が飛んでいく。だがすっかり元気を取り戻したソバニにはそんなものもう聞かない。一人の時はあれほど恐ろしかった先輩の怒鳴り声も、コリアンデの隣にいればこれっぽっちも怖くない。
「フ、フフフフフ……そう、そうなのぉ。せっかくこの私が直々に『淑女教育』を施してあげたというのに、貴方達はそうやって恩を仇で返すわけねぇ……?」
怒りに感情が振り切れたショーネが、地の底から呻く亡者の如き声でそう告げる。取り巻き達ですら背筋を怖気だたせるその迫力も、しかしコリアンデには通じない。
「あら、そんな言い方は心外ですわ。私はただやられたことをやり返しただけですもの。もしショーネさんがそうお感じになられるのであれば、ご自身の言動をもう少し顧みた方が宜しいのではないかしら?」
友を奪われそうになったから、取り返しただけ。酷い噂を広められたから、広め返しただけ。むしろ復讐ではなく自己防衛までで留めているのだから甘いと言われるくらいなのだが、やられたショーネの方はそんな考えを持つはずもない。
「フ、フフフ、フフフフフ……この私に、クサットル伯爵家の娘であるこの私に、たかだか地方の子爵令嬢如きが、随分とご高説を垂れてくれるのねぇ……
最後にもう一度だけ聞いてあげるわぁ。ねえアッカム君、貴方は本当にそちら側でいいのかしらぁ? ベイダー伯爵家を継ぐのであれば、この学園での人脈作りは大切よぉ?」
ベイダー伯爵家は商業や流通に強い影響力を持つ家だ。ならばこそ一般的な貴族家より人同士の繋がりを重視し、実際アッカムの父は相当に顔が広い。
そして人脈を広げるならば、学園ほど向いている場所はない。派閥や所属関係なしでこれほどの人数が集まり交流できる場所など、貴族社会に出てしまえば存在しないのだ。
「貴方がイタズラ好きのお子様だってことは知ってるけどぉ、それでもお父様の期待を裏切り、家の将来を投げ捨ててまでそんな小娘と一緒にいるのを選んだりしたら、流石に失望されるんじゃないかしらぁ?」
「ヘッ、そいつは逆だぜ先輩。俺はむしろ父上から『友達は選べ』って言われてんだ。上辺だけすり寄ってくる奴じゃなくて、ちゃんと自分の目で見て、心で選べってな。
家の将来にどうとかはわかんねーけど、俺が本気で決めたことなら父上は笑って認めてくれるさ」
失敗はしてもいい、だが後悔はするな。そんな父の教えに従い、アッカムは堂々と胸を張る。そしてそんな態度こそショーネには受け入れられない。
「……ああ、そう。それで選ぶのがコリアンデちゃんじゃ、お父上も浮かばれないわねぇ」
アッカムの「勝手に父上を殺すなよ!」というツッコミを無視して、ショーネの顔がゆらりとソバニの方に向く。その表情はまるで幽鬼のようで、少し前まであった優雅さや可憐さは大きく鳴りを潜めている。
「なら、ソバニちゃんはどうなのぉ? 貴方の家柄じゃ望んでも決して手に入らない交友関係が、私の下には沢山あったはずよぉ? なのにそれを――」
「そんなのいらない!」
ショーネの言葉が終わるより前に、ソバニがはっきりとそう告げる。
「タブラ先輩にも言いましたけど、そんなのいらないです! それに先輩達のお話って、遠回しに自慢するか誰かの悪口を言うかばっかりで、一緒にいて全然楽しくなかったし……あんな人達とお友達なんて、こっちからお断りします!」
「…………ああ、そうなのぉ。どうやら二人とも、私の想像を遙かに超えてお馬鹿さんみたいねぇ」
「馬鹿でいいよ! 今なら胸を張って言える! 私は! ソバニ・イールセンは、コリアンデちゃんの親友だ!」
「俺の事も言っといてくれよ。ベイダー家の長男は、この貧乏女の……コリアンデの友達だってな!」
「ソバニさん……アッカムさん……」
二人の宣言に、コリアンデの胸に熱いものがこみ上げてくる。そしてそれとは対照的に、ショーネのなかには冷たい敵意が満ち満ちていく。
「いいわぁ、そこまでこの私を虚仮にするって言うならぁ……」
不意にショーネが両手を大きく広げる。その勢いでショーネの髪がブワリと広がり、血走った目と赤い三日月の如く釣り上がる口元は、まるで魔女か悪魔のようだ。
「クサットル家の名にかけて、徹底的に叩き潰してあげるわぁ!」
寄り添うコリアンデ達の前に、遂にショーネがその本性を現した。





