酷い茶番に付き合った
「本日はお招きありがとう存じます、ショーネさん」
「フフフ、大したおもてなしもできないけどぉ、ゆーっくりしていってねぇ」
女子寮、ショーネの私室。お茶会の主催者であり年長者であり、更には家格的に上位者であるという徹底的に上の存在であるショーネに挨拶をしたコリアンデに対し、いつも通りに……だがいつもよりも粘度の高い猫なで声を出してショーネが答える。
「さ、どうぞぉ。普通の紅茶よぉ」
「ありがとう存じます。では、いただきますわ」
差し出された紅茶を、コリアンデは特に警戒することなくあっさりと口にする。それはショーネを信頼していたというよりは、即死するような猛毒でもなければどうにでもなるという自信からの行為だったが、ショーネは少しだけ驚き、そして微笑む。
「どうかしらぁ?」
「ええ、とても美味しいですわ。急なお招きだったので、こちらからお贈りできるものがあり合わせになってしまったのが恐縮ですが……」
「別に構わないわぁ。二人だけの私的なお茶会だものぉ」
「二人だけ、ですか……」
ショーネの言葉に、コリアンデはそっと周囲に視線を走らせる。確かに丸いテーブルについているのはコリアンデとショーネだけだが、室内には使用人の代わりに上級生と思われる子女が何人も壁際に立っている。まず間違いなくショーネの派閥に属する生徒達だろう。
「まあ、構いませんけれど」
指摘したところで何の意味もない。そのまましばしお決まりの挨拶を交えた当たり障りの無い会話を繰り返す二人だったが、やがて本題の口火をショーネが切る。
「ところで、最近の学園生活はどう? 少し前まで随分と賑やかだったようだけどぉ?」
「ええ、お陰様で今はすっかり静かになりましたわ」
「そうなのぉ。にしても、何であんなに騒がしかったのかしらねぇ?」
ショーネを巻き込んだ噂の出所が、コリアンデ自身の「やや大きい独り言」であったことは既に判明している。噂をばら撒くという性質上コリアンデの間近には派閥の者が誰も居なかったことと、まさか自分で自分の悪評を広めるなどという手段をとるとは思わなかったため調べてみるまで気づけなかったが、元凶となるコリアンデが「独り言」を呟かなくなったため、その対処は思ったよりも容易であった。
「さあ? 私にはわかりかねますが……強いて理由をあげるなら、私が一人だったからではないでしょうか? もし私にお友達が寄り添っていたならば、噂に巻き込むのを恐れた犯人は、きっとあのようなことはできなかったでしょうし。ただ……フフ」
「何がそんなに面白いのかしらぁ?」
口元を押さえて笑い出したコリアンデに、ショーネは気怠げな視線を向けて問う。
「いえ、自分の掘った穴に自分まで嵌まってしまうというのは、どんな気分なのかと思いまして。もしそんな方がいらっしゃるなら、是非とも毛糸の帽子を贈らせていただきたいですわ」
「……毛糸の帽子? 今の時期にぃ?」
季節はもうすぐ夏になる。なのに毛糸の帽子という意味がわからず軽く首を傾げるショーネに、コリアンデは心底楽しそうな笑顔を浮かべて答える。
「はい。そんなお間抜けなことをする方は、きっとよほどに頭の血の巡りが悪いのでしょうから。夏であっても油断なく暖かくしておきませんと、きっと風邪を……あ、でも、古来より『馬鹿は風邪を引かない』といいますから、ひょっとしたら無駄な心配かも知れませんが」
「っ…………そ、そうなのぉ」
格下の田舎貴族に、明確に見下された。その怒りに一瞬頭が真っ白になったショーネだったが、すぐに冷静さを取り戻す。
そう、怒る必要などない。むしろ今は調子に乗せておいた方が、後々の絶望が濃くなる。そう思い至ったショーネは、粘つくような笑みを浮かべて早速その札を切ることにした。
「フフフ、ねえコリアンデちゃん? 静かになったのはいいけど、静かすぎるのは寂しいんじゃないかしらぁ? せっかく噂は収まったのに、結局お友達は帰ってきていないものねぇ?」
「それは……まあ……」
余裕綽々だったコリアンデが、ここで初めて軽く俯いた。それに愉悦を覚えながら、ショーネは更に言葉を続けていく。
「フフ、そう思って、今日は特別なお客様を招待してあるのよぉ! さあ、入っていらしてぇ!」
パンパンとショーネが手を打ち鳴らせば、見知らぬ男女に連れられた見知った男女が姿を現す。
「アッカムさんに、ソバニさん……!?」
「……おう」
「……久しぶりだね、コリアンデちゃん」
「フフフフフ、さあ、座ってぇ! 今お茶を入れるわねぇ」
驚きの表情を浮かべるコリアンデに、アッカムとソバニはろくに顔を合わせようとせず言葉少なに挨拶をする。そしてそんな二人に、ショーネは満面の笑みを浮かべて席を勧め、手ずから紅茶を入れてテーブルに並べた。
「はーい、どうぞぉ」
「悪いな、先輩」
「ありがとうございます……」
「ソバニさん、アッカムさん……その、お二人ともお元気でしたか?」
「……別に、元気に決まってるだろ」
「私は……まあ、うん。元気だよ」
「そう、ですか……」
あからさまにそっぽを向いて言う二人に、コリアンデは何かに耐えるようにクッと俯いてしまう。それを目にしたショーネは、これ以上無い程に上機嫌だ。
「ウフフフフフフフフ! このままゆーっくりと感動のご対面を楽しんで欲しいところだけどぉ、どういうわけかみーんな辛そうだしぃ? まずは先にお話を終わらせておきましょうかぁ?」
「お話、ですか?」
「そうよぉ! 二人ともコリアンデちゃんに言いたいことがあるんですってぇ! その相談を受けたから、こうして二人もお茶会に招待したのよぉ!」
「……そうなんですか?」
「まあな」
「うん……」
問い掛けるコリアンデに、アッカムはそっぽを向いて、ソバニは俯いたままそう答える。それからアッカムがポケットに手を突っ込むと、そこから取りだした何かをテーブルの上、コリアンデの目の前に落とした。
「……これは?」
「フフフフフ、手に取ってよく見てみればぁ?」
くしゃくしゃに丸められた、小汚いぼろきれ。それをコリアンデが手に取って広げてみれば、裂けて汚れたその奥に、かろうじて在りし日の面影が……自分が施した刺繍の名残が見て取れる。
「アッカムさん? これはどういうことでしょう?」
「もういらねーから返す。代わりはもう持ってるしな」
そう言ってチラリとポケットから新品のハンカチの端を見せると、これ以上話すことはないとばかりにテーブルに頬杖をつく。普通ならば重大なマナー違反であるその態度に、しかし主催者であるショーネはニコニコと笑みを崩さない。
「あらあら、どうしたのぉ? そぉんな汚いゴミをそのままにするなんて、よくないわよぉ!」
「あっ!?」
コリアンデが手にしていたハンカチをひょいと奪い取ると、ショーネがそれを床に放り捨てる。するとアッカムと一緒に入ってきた男子生徒の一人がそれを摘まみ上げ、あからさまに顔をしかめて声をあげた。
「うっわ、きったな! おいイツワール、これどうするよ?」
「どうって、そりゃゴミなんだから捨てればいいでしょう」
「だよな! 万が一大事な贈り物だったりするかもって思ったけど、こんなゴミを贈る奴なんているはずねーよなぁ! あーバッチイバッチイ」
聞こえよがしにそう言ってから、ダーマスが部屋の隅にあったゴミ箱にそのハンカチを捨てた。そんな一連の行動を見せつけられたコリアンデは、表情こそ平然としているもののその指先が僅かに震えている。
「さあさあ、ゴミも片付いたことだし、次に行きましょうねぇ! ほぉら、ソバニちゃん?」
こみ上げてくる嗤い声を必死にかみ殺しながら、熱を帯び潤んだ瞳でショーネがソバニに声をかける。するとソバニはそっとコリアンデの方に体を向け、俯いていた顔を少しだけあげた。
「……あのね、コリアンデちゃん。私、コリアンデちゃんに謝らないといけないことがあるの」
「……………………」
まるで覇気の感じられないソバニの声に、コリアンデは無言で答える。その視線は中を彷徨っており、何かが噴き出しそうになるのを必死に堪えているように見受けられる。
「聞いて、コリアンデちゃん……私…………」
(フフフ、いよいよ! いよいよですわぁ!)
決定的な瞬間を前に、ショーネの瞳が爛々と輝く。
「タブラ先輩に、ここのお菓子なんて美味しくないって言ったんだけど……」
(……? お菓子?)
「ごめん。やっぱり……いくらコリアンデちゃんと一緒だったとしても、草よりはお菓子の方が美味しいって思っちゃったの……っ!」
「…………草?」
「フッ……クックック……」
「ぐっ……だ、駄目だ、もう我慢が……っ」
「「「アッハッハッハッハ!!!」」」
室内に響き渡ったのはショーネの勝利の高笑いではなく、仲良く顔を見合わせて腹を抱えるコリアンデ達の爆笑であった。





