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いびられ令嬢コリアンデ ~いじめフラグにメガトンパンチ~  作者: 日之浦 拓


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悪い噂を流された

「フンフン、フフフーン……ウフフフフ」


 ソバニを離れの小部屋に閉じ込めてから、一週間。イジワリーゼへの指導のため割と手間をかけた「淑女教育」がもうすぐ最高の形で終焉を迎えるという事で、ショーネはご機嫌な様子で学園の廊下を歩いていた。


(ソバニちゃんはすっかり諦めたみたいだし、アッカム君もいい具合に仕上がっていると報告が来てる……そろそろ最後の収穫の時期ねぇ)


 男子生徒が五人がかりでもびくともしない巨大な食器棚が部屋の中で倒れていると聞いた時は「怪我でもされたら問題が大きくなりすぎてしまう」と若干の焦りを覚えたショーネだったが、実際にはそんなこともなく、言葉も動きも少なくなったソバニの仕上がりには十分な満足をしている。


(この分ならコリアンデちゃんも……………………?)


 そうして内心ほくそ笑むショーネだったが、自分にまとわりついてくる視線に言い知れない不快感を感じ、ほんの僅かに顔をしかめる。


(これ、何なのかしらぁ? 何とも言えず気分が悪いわぁ)


 周囲から注目を浴びること自体はいつものことだ。だが数日前から少しずつ強く感じられるようになった視線は、どうもそれとは違うように思える。


(機嫌のよさが表に漏れちゃってるのかと思ったけど、違うみたいねぇ? これは確認した方がいいかしらぁ?)


「貴方、ちょっといいかしらぁ?」


「うわっ、ショーネさん!? な、何ですか!?」


 見過ごせないほどに違和感が強くなったとなれば、そんな視線を向けてくる相手に聞いてみるのが一番早い。適当な男子生徒に声をかけると、その生徒は驚きと戸惑いの混じった声でショーネに答えた。


「さっきから私の事をチラチラ見ていたようだけどぉ、私に何か用がおありなのかしらぁ?」


「い、いえ、そんな! 自分ではとても、ショーネさんを満足させるようなことは……し、失礼します!」


 優しく微笑むショーネに、男子生徒は及び腰になりながら足早に立ち去ってしまう。やや無礼な態度ではあるが、かといっていちいち呼び止めて叱責するようなことでもない。


 ただ、やはり何かが今までと違うというのは理解できた。憧れに頬を染めたりクサットル伯爵家の権力に怯えたりというのとは違う反応に、ショーネは胸の内でその理由を考える。


(満足? 満足って何かしらぁ……?)


 人当たりの重要性を理解しているショーネは、不特定多数の相手に表立って不満をぶちまけるようなことは決してしない。だからこそその言葉に思い当たることは何も無く、疑問は更に深まっていく。


 その後も何人か捕まえて声をかけてみたが、皆一様にショーネと距離を置きたがるような反応をして去って行ってしまう。いつもならば自分が声をかけるだけで「あのショーネ様とお話ができた!」と喜ぶような者達の態度の変化は流石のショーネも看過できず、自身の派閥の集まる部屋へと辿り着くと、そこで改めて取り巻き達にその話を切り出してみた。


「……というわけでぇ、どうも周囲の人達の反応がおかしいのだけど、貴方達は何かご存じかしらぁ?」


「それは、その……今回のショーネ様のご決断は、流石に少々刺激が強すぎたのではないかと……」


「私の決断? どういうことぉ?」


「ひいっ!? け、決して! 決してショーネ様のお決めになられたことに異を唱えるつもりがあるわけでは――」


「そうじゃないわぁ。貴方を責めているのではなくて、本当に意味がわからないのよぉ。私が何を決めたって言うのぉ?」


「で、ですからその……コリアンデに対する対応というか……」


「コリアンデちゃんへの対応……? あの子のお友達に私のお友達を紹介してぇ、後はちょっと噂を過激にしただけでしょぉ? え、そんなことが騒ぎになってるのぉ?」


 ショーネがやっていることは、貴族社会では特に珍しいことではない。相手の勢力の切り崩しや悪評による求心力の低下を狙うなど、高位貴族の集う社交界ではありきたりな常套手段だ。少なくとも自分の派閥に今更そんなことを気にするような者はいない。


「それともまさか、ソバニちゃんを閉じ込めてるのがバレたのかしらぁ? そんなお間抜けな子がいるなら、きっちりお仕置きしてあげないとだけどぉ?」


「ヒィィ!? そ、それはありません! あの離れは我等の派閥が貸し切っておりますから、関係の無い者は近づきすらしませんし、その情報を漏らすような愚か者もおりません!」


「そうよねぇ。少し前にタブラちゃんをお仕置きしたばっかりなのに、今そんなことをするお馬鹿さんはいないわよねぇ?」


「も、勿論です! それではなくて、その……」


「もぅ、何なのぉ!? はっきりといいなさぁい!」


 どうにも歯切れの悪い取り巻き達の言葉に、ショーネは珍しく苛立ちを表に出す。すると今までずっと部屋の片隅で俯いていた少女が、覚悟を決めた表情でショーネの前に歩み出てきた。


「ショーネ様! 私達は皆、ショーネ様のことをお慕いし、尊敬しております! ですが今回のショーネ様のご決断は、やはりおかしいです!」


「……どういうことぉ? まさかとは思うけど、あんな下級貴族の娘にほだされたなんて言わないわよねぇ?」


「そうではありません! というか、逆です! どうしてあの程度の相手を貶めるために、ショーネ様がこれほどの悪評を被る必要があるのですか!?」


「……………………えぇ?」


 目に涙すら浮かべて必死に訴えてくる取り巻きの言葉に、ショーネは本気で戸惑いの表情を浮かべる。


「私の悪評? それはどういうことかしらぁ?」


「ですから、ショーネ様があのコリアンデという娘と密会を繰り返し、口にするのもおぞましい背徳的な行為を楽しんでおられるという悪評です! それが嘘だとわかっていても、私にはこれ以上耐えられません!」


「……………………?」


「ショーネ様! どうかお考え直し下さい!」


 脳の処理が追いつかず、固まってしまったショーネに取り巻きの少女が尚も必死に訴えかける。それでようやく正気を取り戻したショーネは、震える手を前に差し出して少女の言葉を遮った。


「ま、待って。待ちなさぁい……何でそんな悪評が流れてるのかしらぁ?」


「え? ショーネ様がご指示なされたのではないのですか?」


「そんなわけないでしょぉ!?」


 小首を傾げる少女に、ショーネは思わず叫んでしまう。確かにイジワリーゼにお手本を示すという名目でコリアンデの事を潰そうとはしているが、その程度のことのために自分がこれまで積み上げてきた権威を犠牲にするつもりなどこれっぽっちもありはしない。


「たった一人の下級貴族の娘を潰すために、私自身を犠牲にするわけないでしょぉ!? どういうこと!? 何でそんなことになってるわけぇ!?」


「ど、どうと言われても、いつの間にかそういう噂が広まっておりまして……」


「何でそれを放置していたのよぉ!?」


「それは……あくまでも主体はコリアンデに関する噂ですので、これもショーネ様のご意思なのかと……」


「ハァァァァァァァァ!?」


 その言葉に、ショーネはその場で膝から崩れ落ちる。自分の言うことだけを聞く、自分に忠実な者達……それを集めたがために勘違いして忖度されてしまった結果がこれだと突きつけられれば、誰かを責めることすらできない。


「な、なら今すぐその噂を撤回するように動きなさぁい!」


「はい! あ、でも、その場合コリアンデに関する噂も一緒に消していくしかありませんが、どうしましょう?」


「あっ!? ぐ、うぅぅぅぅ…………」


 取り巻きの少年の言葉に、ショーネはへたり込んだまま歯ぎしりをしてしまう。噂というのは広めるのは簡単でも消すのは難しく、とりわけ一部だけを消すというのは極めて難易度が高い。


 今回の件で言うなら、ショーネ達が広めた「コリアンデが背徳的な趣味を持っている」という噂と「ショーネとコリアンデが親しげに昼食を共にしていた」という動かせない事実が合わさったことで、「ショーネとコリアンデが背徳的な関係である」という噂に信憑性が生まれてしまっているのだ。


 となると、自分の部分だけを消すというのは殊更に難しい。半端な対応をしてしまえば最悪有名人である自分の悪評だけが残るという結果すら生み出しかねないのだから、選べる答えは最初から一つしか無い。


「…………し、仕方ないわぁ。全部の噂を否定して、消す方向で動きなさぁい」


「宜しいのですか?」


「宜しくないけど、宜しいのよぉ! さっさと行動を始めなさぁい!」


「「「わ、わかりました!」」」


 声を荒げるショーネに、滞在していた取り巻き達が慌てて部屋を飛びだして行く。こうなれば噂が消えるのは時間の問題で……だが一度消えてしまえば、自分が巻き込まれる危険性を排除した上でもう一度コリアンデの方の噂だけを流し直すのは無理だろう。


「やってくれたわねぇ……」


 余人のいなくなった部屋の中。ショーネは怒りに燃える目でこの噂を流したであろうコリアンデの顔を睨み付けていた。

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