57 フロスとリーズ商会
フロスとユージンさんの暗躍
「フロス様。こちらが半期の売り上げとなります。諸々の経費を差し引いての利益がこちら。そしてリャーナ様の取り分がこちらとなります」
リーズ商会の商会長、ユージンが差し出した書類をじっと見つめ、フロスは流れるように算盤を弾く。収入や経費に問題点はなく、最後に書類の利益率が契約書通りである事を確認し、フロスは満足気に頷いた。
「問題ありません」
フロスの言葉に、何気ない顔を装っていたユージンは内心、ホッとため息をついた。ユージンにやましいところなど何一つないが、凄腕の利益管理人であるフロスを相手にすると、どうしても緊張してしまうのだ。
予想はしていた事だが、『収納袋』の売れ行きは笑えるぐらい好調である。貴族向けの時間停止やソート機能が付いた収納袋は、魔術陣が複雑なためそれほど数がだせないが、それでも予約が数か月先まで埋まるほどの人気ぶりだ。安価な収納袋の方も、出せば出すだけ飛ぶように売れている状態だ。リャーナとの契約の際、目の玉の飛び出る様な契約金を払ったが、それをすぐに回収し、なおかつ過去最高の利益を毎月更新するぐらい儲かっている。
「その後、リャーナ様のお加減はいかがですか?」
「魔力暴走の後遺症もなく、元気しておられますよ。今は週に3回の出仕があるのでなかなか時間が作れないようで。リャーナ様も会長にお会いしたいと仰っていましたよ」
ユージンはフロスの言葉にうんうんと頷く。ユージンが見舞ったときは、魔力暴走が治まってすぐの頃だった。元々細いリャーナがすっかりやつれているのを目の当たりにして、ユージンは普段の冷静さも忘れて動揺してしまった。それが皇宮に出仕できるぐらい回復したというのは喜ばしい事だ。
「それにしても、フロス様。リャーナ様が皇宮に出仕なさるなんて、凄いですねぇ」
ユージンがそう賞賛すると、フロスは深々と溜息を吐いた。
「仕方がありません。リャーナ様の回復のきっかけが文官としての出仕でしたから」
フロスの言葉に、ユージンは面食らう。皇宮に出仕するなど名誉なことだと思うのだが。
一方でフロスは、出仕に至るまでの苦々しい経緯を思い出し、顔を顰めていた。
リャーナが魔力暴走を起こし重症だとシャンティから知らせを受けて、フロスはすぐにダルカス家に駆け付けた。リャーナの部屋に通されたフロスが見たものは、ボロボロになって寝台に伏せるリャーナの姿だった。病人のように真っ白な肌と、窶れて落ちくぼんだ目。まるで小さな子どもみたいに寝台に丸まって眠るリャーナに、フロスは言いようのない怒りで埋めつくされていた。
フロスにとって、リャーナは顧客の1人だ。利益管理人としての仕事をしているうえで、顧客との関りは大なり小なりあるけれど、リャーナはフロスにとっても特別な客だ。フロスを信じて素直に言いつけを守り、それでも譲れない事は頑として自分の意見を通すリャーナに、フロスはとても好感を持っている。フロスを慕ってくれるリャーナを、実の孫のように可愛がっていた。
だからそんなリャーナが、傲慢な言葉で傷つけられたと知って、フロスは怒った。利益管理人としてもてる全ての力を使って、リャーナを傷つけたタープシー伯爵家に制裁を与えた。
「ユージン会長にはその節は、色々と助力を頂いて、感謝のしようがありません」
フロスの含みのある言葉に、ユージンはにっこり笑う。
「いいえ。私どもは大したことはしておりませんよ」
タープシー伯爵家への制裁は、各ギルドへの根回しはフロス主導の元行われたが、商家などへの根回しはユージン主導の元行われた。さすがに水魔石の取引には食い込めなかったが、タープシー伯爵家の他の取引には大いに口を挟んだ。リーズ商会程の大店になると、それぐらいは可能なのだ。
おかげで、タープシー伯爵家の取引は一つ一つと少なくなっていき、伯爵領内の流通は少しずつ滞っていった。おまけに各ギルドがタープシー伯爵家との一切の取引を拒否したため、タープシー伯爵家は一気に窮地に立たされた。
そこまで追い詰めてあと一歩という時にリャーナが復調し、泣いて誤解だと止められたので、タープシー家への制裁は終わったのだが。他家の弱みを貴族たちが見逃す筈もなく、タープシー家もすぐに元通りというわけにもいかず、未だに当主と後継ぎの長男は苦労しているようだ。
「元凶の次男はどうしているので?」
「謹慎しているようですよ。社交界の人気者が、すっかり腫物扱いの様ですね」
ユージンの言葉に、フロスは面白くもなさそうに告げる。リャーナを傷つけたタープシー伯爵家の次男は令嬢たちからも人気の高い令息で社交界でも引っ張りだこだったようだが、今は公の場に出る事もないようだ。いずれほとぼりが冷めた頃に社交界に戻るつもりかもしれないが、リャーナに近づけるつもりはフロスにはないしリャーナの保護者たちもそうだろう。あの男にはリャーナへの接近禁止を申し渡していて、破れば再び制裁が発動することように調整している。
「ふっふっふっふ。フロス様も過保護ですねぇ」
「利益管理人として、当然の仕事です」
澄ました顔のフロスに、ユージンは増々笑う。仕事だとは言うが、フロスがリャーナを実の孫のように可愛がっていることを、ユージンは良く分かっていた。
「それなのに皇宮への出仕は反対なさらなかった。大反対なさっていたシャンティ様を説得したのも、フロス様だと伺っていますが?」
「私は依頼人の意向を優先したまでです」
「意向というよりは、安全を優先なさったのでは?」
フロスは、ユージンの顔をじっと見つめる。その底知れない瞳に、ユージンは背筋を冷やしたが決して表には出さなかった。
「……何を仰りたいのでしょう」
「そう、警戒なさらないでください。私が、リャーナ様の害になる事をするはずがないでしょう。私にも協力させてほしいのです」
「協力?」
ユージンは微笑んで頷く。
「ええ。私ども商人が扱えるのは、商品と、少しばかりの情報ですが。最近、どうにも隣国が落ち着かない。目に余る輩が我が国に多く入り込んでいるようで」
静かに目を光らせて、フロスは聞く。
「王家ですか?」
「いや。アウト―ル公爵家。ご存知ですか? カージン王国王太子の婚約者の家です」
フロスは頭の中で隣国の派閥関係を思い浮かべる。アウト―ル公爵家。カージン王国の王妃派の、筆頭貴族家だ。
「アウト―ル公爵家は、王太子の命でリャーナ様を探っているので?」
「いや、アウト―ル公爵家独自の判断で動いているようですね。ご存知の通り、最近、あの国の王太子が落ち目でしてね。結界魔術陣が停止したあと、側妃の生んだ第2王子と第3王子が魔獣討伐を指揮して人気を集めている。おまけに、婚約者のアウト―ル公爵家令嬢の評判がすこぶる悪く、王太子の評価まで下げている。お陰で王太子と婚約者の仲は険悪らしいですよ」
思っていた以上の情報量に、フロスは驚いて目を瞬かせる。
「随分と耳が良くていらっしゃる」
「ふふふ。長く商売をしていますと、色々と伝手がありまして」
ようやくフロスの能面のような顔を崩してやれたと、ユージンは内心、ヒッソリと満足していた。
「王家からの客は、今のところこちらを探っているだけのようですが。アウト―ル公爵家の奴らはいけません。あちらが使っているのは、後ろ暗い事も平気で引き受ける様な輩ばかりだ」
結界魔術陣が停止して以来、公爵家の令嬢への王太子の寵愛は薄れ、令嬢の王宮内での立場も微妙なものになっている。そんな公爵家が、ドーン皇国へ危険分子を潜り込ませる目的はどう考えてもリャーナだ。リャーナを捕らえてカージン王国へ連れ戻すか、リャーナを逆恨みして消すつもりか。どちらにしても、リャーナの敵である事には変わりない。
「その情報は、リャーナ様の御家族と、皇太子殿下へ共有しても構いませんか?」
「皇太子殿下辺りは、私どもが掴んだ情報などとっくにご存知だとは思いますが、勿論、構いませんよ」
あの皇太子は、魔術バカだとか世間では言われているが、次期皇帝としての資質は十分すぎるほどあるのだ。ユージン程度が得られる情報を知らない筈がない。
「だから、フロス様もリャーナ嬢の出仕に賛成なさったのでしょう?」
リャーナはS級冒険者ダルカスの庇護の元にあり、あの家にいる限りは、物理的な防御力は十分すぎるほどある。だが、権力や暗殺などへの対策は十分とはいえない。その点、皇太子の庇護も受けられるとなれば、そういった危機への対処もできるというものだ。
「私が出来る事は、法を武器に戦うことだけですから」
ぽつりと、フロスは告げる。リャーナのドーン皇国での法的な立場は整っている。彼女は生まれはカージン王国ではあるが、孤児であったために籍がなかった。カージン王国に勤める文官であったが、正規の退職手続きを取り、カージン王国を出た。籍がないため、離籍の手続きも必要なかった。
その後ドーン皇国に渡り、正式にドーン皇国で手続きをして籍を持つに至った。これまた正規の手続きで文官試験に合格し、皇太子の推薦を受けて魔術開発部の上級文官として働いている。
いくら生まれはカージン王国であっても、そんな人物を本人の同意なく無理に国に連れ戻せば、違法である。
だが法は、時に政治や権力の前では無力になる。違法だ権利侵害だとどれほど訴えても、外交や政治的判断の前では覆されることもある。カージン王国の危機だと言われたら、一文官に抗う術はない。そこで必要なのが、ドーン皇国の庇護だった。
「ドーン皇国ほどの国力があれば、最悪、カージン王国をねじ伏せる事が出来ますからなぁ」
「あの皇太子が、力でねじ伏せるなんて余程の事がない限りは取らない手段でしょうが、やると決めたら躊躇はなさらない方ですから。それに、リャーナ様の有用性は、誰よりもご存知でいらっしゃいますので」
リャーナがドーン皇国で挙げた功績は、この国を確実に潤している。逆に言えば、この功績のお陰で、ドーン皇国は堂々とリャーナを守ることができるのだ。ドーン皇国に利を齎す人物を、国が保護するのは当たり前のことだからだ。
「まぁ。あの皇太子殿下は、別の理由からもリャーナ様を守ろうとなさるでしょうが」
皇太子のリャーナへの寵愛は、ドーン皇国では周知の事実だ。あの魔術にしか興味がない変人が、リャーナを前にすると、まともな男のように振舞うのだ。身分以外は皇太子に嫁ぐ条件は全て揃っているのだから、リャーナをどこかの貴族家の養女にしてから未来の皇太子妃として囲ってしまえば、こんなまどろっこしい守り方をしなくてもいいのではと、ユージンなどは思うのだが。
そんなことをぽろりと呟けば、途端にフロスの顔つきが変わった。
「私は依頼人の意に染まぬ婚姻など、絶対に許しはしませんよ」
「え? そうですか? なかなかお似合いの2人だと思いますし、リャーナ様も皇太子殿下と仲良く過ごされていると伺っていますが」
「リャーナ様は、誰とでも仲良く出来る方なのです! お優しく純真で、誰からも好かれる方ですから! 決して皇太子殿下が特別ではありませんから」
それまでの冷静だったフロスが嘘のようにムキになっているのに、ユージンは呆然としてしまう。
「最近の皇太子殿下は以前に比べれば大分マシになられてはいらっしゃいますが。リャーナ様のお相手にはまだまだです! リャーナ様のお相手は、リャーナ様ご自身を大事にしていただける方でないと! 皇太子殿下がリャーナ様をお望みになるのは、魔術が目当てとしか思えませんからね。そんなお相手では、リャーナ様が幸せになれるとは思えません。この利益管理人フロス、リャーナ様の結婚相手には契約相手以上に吟味に吟味を重ねるつもりです! 」
余りのフロスの勢いに、ユージンは思わずのけぞった。リーズ商会が契約相手として認められるまで、フロスからはそれはもう厳しい調査があったのだ。アレ以上に吟味を重ねたら、リャーナの結婚相手なんて一生見つけられない気がするのだが。
「な、なるほど。それが、リャーナ様のご意向というわけですか?」
「ええ、勿論です!」
言い切るフロスに、ユージンは即座に『嘘だな』と感じた。今の発言は冷静な利益管理人のものではなく、単に孫娘をベタ可愛がりしてその婿を認めない爺さんの意見ではないか。
ユージンは苦笑いしつつも、安堵の息をもらす。
隣国の動きがきな臭く、リーズ商会にとっての重要人物であるリャーナが危険な事に巻き込まれるのはと気にしていたのだが。
こうも過保護な保護者達に囲まれていれば、それほど心配する必要はないのかもしれない。
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