55 薬師ノルンの出会い②
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「ダメよ、シャンティ。いくらリャーナちゃんが可愛い過ぎるからって、まだ死んじゃダメ。これから『可愛い妹と、仕事の合間の楽しいランチ』という一大イベントが待っているの。そんな夢のような時間を過ごせずして、まだ死ねるものかぁぁぁぁ」
崩折れていたシャンティが、ブツブツと何かを呟きながらゆらりと幽鬼のように立ち上がる。それを気持ち悪く思いながら、ノルンは2人の関係性を推測した。
『お姉ちゃん』とリャーナがシャンティを呼んだ。つまり、シャンティとリャーナは姉妹ということか。
ノルンはマジマジと2人を見比べる。どちらも美人ではあるが、あまり似ていない姉妹だ。外見よりは性格が。不愛想の塊であるシャンティと愛らしいリャーナでは、余りに違い過ぎる。
「リャーナちゃぁん。迎えに来てくれるなんて、お姉ちゃんとっても嬉しいけど、ダメよこんな皇宮を1人で歩いては。可愛い可愛いリャーナちゃんを狙う男に襲われちゃうわぁぁ」
立ち直ったシャンティはリャーナを腕の中に抱き込むと、ギリッとノルンを睨みつけた。ノルンは、シャンティの厳しい視線からそっと目をそらす。可愛らしいリャーナに鼻の下を伸ばしていたので、全くの無実であると胸を張って言えなかったからだ。
「私を襲うなんて、そんな人いないよ、お姉ちゃん。それに、薬師部まではマルク殿下が送ってくれたの。今日もランチを一緒にと誘ってくださったのだけど、お姉ちゃんと約束があるからって断ったら、薬師部は分かりにくいところにあるからってわざわざ送って下さったのよ」
のほほんとリャーナは告げる。皇宮に出仕して以来、リャーナはマルクとよくランチを共にしていた。マルクは忙しいので魔術開発部に常時いるわけではないが、自分の執務室より魔術開発部の方が落ち着くと、昼時には必ずやってくる。マルク専属の料理人にわざわざお弁当を作らせて、時には魔術開発部のメンバーでおかずの取り替えっこもしているのだ。
リャーナの話に、シャンティは柳眉を吊り上げる。なんだその楽しそうなけしからんランチは。シャンティなんて、大抵は1人寂しく書類を片手にサンドイッチを齧っているのに。
シャンティだって皇宮に出仕する日はリャーナと一緒にランチが出来るのだと思っていた。だが薬師部の仕事が思っていた以上に多く、その上、他の薬師たちからの質問やら助言が欲しいやら共同研究の申出やらがひっきりなしに舞い込んでくるため、優雅にランチを取る暇もないのだ。
優しいリャーナなら急いで食べるサンドイッチランチにだって付き合ってくれそうだが、妹命のシャンティがリャーナにそんな忙しないランチを許す筈がない。栄養とシャンティの愛情がこれでもかと詰まったお弁当を、ゆっくり楽しく食べて欲しいのだ。
というか、なんでシャンティの作ったおかずを、あのいけ好かない皇太子が食べているんだ。シャンティが精魂込めてリャーナの血肉になるように素材からこだわって作ったおかずを。いや、リャーナがおかずの取り替えっこをものすごく楽しんでいるので、それはそれで構いはしないのだが。だが全く、面白くはない。
「なんて羨ましいの! あんのむっつり皇太子めぇ。私の可愛い可愛い妹と楽しくランチしやがってぇぇぇ! はっ! まさかリャーナちゃん、あの男に『あーん』なんて、したりされたりしていないわよねぇぇぇ?」
青褪めて奇声を上げるシャンティに、リャーナは恥ずかしそうに首を振る。
「『あーん』なんて、お姉ちゃんにしかされたことないよ? お姉ちゃん、何度も言ってるけど、私はもう大人だから『あーん』は必要ないんだよ?」
お前はやってるのかと、ノルンはジトッとした目をシャンティに向けるが、シャンティは「姉が妹に『あーん』をするのは皇民の義務よ」と、リャーナを丸め込むのに必死だったため、気にも留めなかった。
根負けしたリャーナから『あーん』の継続を勝ち取ったシャンティだったが、問題が解決した訳ではない。やっぱりあんな男と同じ場所で働くのを許すんじゃなかったと、シャンティは心の底から後悔する。リャーナの話によると、リャーナの机はマルクの机から一番近い場所にあるらしい。『初めて机を貰えたの! 』と興奮して話していたリャーナは鼻血が出そうな程可愛らしかったが、マルクの机の近くなんて安心要素がまるでない。そういえば、木箱机にまつわる騒動は耳にしていたが、そこは母のマーサや利益管理人フロスがついているので心配はないだろう。そんなことより。
「どうしてくれようかしら。奴とリャーナちゃんの机の間に、トゲトゲイバラ草を植える? ああ、ダメよ。万が一にもリャーナちゃんが触ってしまったら大変だもの。それよりは、奴の机にベトベトデロリン花を仕掛けて……」
シャンティの口から危険指定植物の名が聞こえ、ノルンは心臓が止まりそうになった。トゲトゲイバラ草は棘で獲物を刺し、棘の先から出る毒素で獲物をドロドロに溶かして食する恐ろしい魔草だし、ベトベトデロリン花は獲物を花弁で包み込んで甘いいい匂いで眠らせてゆっくり吸収するというヤバイ魔花だ。栽培どころか持ち込んだだけで一発アウトな危険植物の名前を、気軽に口にしないでほしい。そして先ほどから聞こえる『マルク殿下』は、我が国の次期皇帝であらせられる皇太子殿下だろう。そんな尊い人であるマルクにヤバイ植物を仕掛けるなど、不敬罪をすっ飛ばして国家反逆罪になりかねない。本当に気軽に口にしないでほしい。
「もう、お姉ちゃんったら冗談ばっかり。そんな危険な植物、皇宮に持ち込めるはずがないでしょ」
リャーナはシャンティが冗談を言ったのだと思ったようで、クスクスと笑っている。シャンティも『モチロン、冗談ヨォ』なんて笑っていたが、ノルンはシャンティの目が本気なのに気付いていた。アレは絶対、やる気だった。
「あの、ノルン様、ご対応いただいてありがとうございました」
ノルンが危険人物の計画を警備に通報すべきが悩んでいると、リャーナがぺこりと頭を下げた。そんな礼儀正しい所も好ましいと、ノルンはほんわかする。本当に姉に似なくてよかった。物凄くいい子だ。恥ずかし気に微笑むところも、とても可愛い。姉には大分難があるが、それを差し引いても、是非ともお近づきになりたい。
魔術開発部の所属か。今後も仕事にかこつけて、なんとか会えないだろうか。ああそういえば、魔術開発部は新設の部だったな。薬師部とは全く関りがないし、コネがないんだよなぁと考えた所で、ノルンの思考がピタリと止まる。
ちょっと待て。魔術開発部の新人? もしや文官試験を歴代1位の成績で突破した、あの話題の新人文官か? 魔術師ギルドの秘蔵っ子で、冒険者ギルドでも重用されていて、画期的な収納魔術陣や付与魔術陣を開発し、つい最近は薬師にとっても重要な分離魔術陣を開発した、あの超人みたいな新人文官?
そんな天才が皇宮に出仕するとなって、各部署で熾烈な奪い合いが発生し、皇宮は大騒ぎだったのだ。薬師部はシャンティの出仕が決まっており、争奪戦には参加しなかったため、同僚たちから噂程度にしか聞いてはいなかったのだが。
ぎぎぎっとノルンはリャーナに視線を向ける。穴が空くほどじっと見つめられ、リャーナはこてんと首を傾げた。
カッワイイ。じゃなくて。いや、仕草も表情も、一々、ものすごくカッワイイんだけど。本当にこの子が、あの噂の文官なのか? 全然そんな風に見えないけど。ノルンに見つめられてオロオロと狼狽えて顔を赤らめるところも。うん、やっぱりカッワイイ。
「見んな」
シャンティの手がグワッと視界を遮るように迫ってきて、ノルンは慌ててのけぞった。目隠しなんて可愛いモノではない。今の手つきは明らかに目つぶしを狙っていた。リャーナの可愛さに浮かれていたノルンは、ぞっとして叫んだ。
「あ、危ないでしょうが!」
「リャーナちゃんに邪まな視線を向けるんじゃないわ、この獣が」
「……け、獣」
確かにちょっとだけ下心はあったが、仮にも同僚に向かって獣は言いすぎである。
「お姉ちゃん。ノルン様は、ご親切にも私にわざわざお声を掛けて下さったのよ? そんなこと言っちゃダメ」
ぷくっと頬を膨らませ、シャンティを嗜めるリャーナだったが、その怒った顔も怖いどころか可愛らしさに磨きがかかったぐらいだ。怒られている当のシャンティは、デレッと頬を緩めて『ごめんなさぁい』としおらしく謝る。絶対に反省してなどいないだろうなと、ノルンはシラッとした目を向けた。
「申し訳ありません、ノルン様。私がまだ皇宮に慣れていないので、姉は過保護になっているんです」
「い、いや。大丈夫、気にしていないよ。妹想いの、いいお姉さんだね」
心にもない事を言うノルンに、リャーナは嬉しそうに、そしてちょっと自慢するように微笑む。
「はい! とても素敵な姉なんです! 私には勿体ないぐらい!」
「おうふっ! 妹の賞賛! 生きていて良かった……! 私の人生、バンザイ! 」
呻き声をあげて、再びシャンティが崩折れる。共感するのはなんとなく嫌だったが、こんな可愛い子に褒められたら、そりゃあ嬉しいだろう。ノルンだったら、小躍りしていたかもしれない。
リャーナのシャンティに向けるピカピカの笑顔を見て、ノルンはやっぱり、リャーナとお近づきになりたいと思ってしまった。こんなに可愛い子が友だちに、いや、彼女になってくれたら。考えただけで幸せな気持ちになる。皇宮中の期待の新人だとか、残念すぎる姉がいるとか、そんなことはひとまず置いておいて。どうにかして、自分に興味を持ってもらいたい。
「……リャーナ嬢。皇宮に出仕したばかりだと仰ったが、薬師部の見学をしてみないか? もし興味があるなら、私が案内してあげよう」
「え?」
「はぁ? 何言ってるのよ。そんなの許す訳ない……」
「いいんですか?」
下心100%の申し出をしてきたノルンに、シャンティが剣呑な声を出すが、目を輝かせたリャーナが身を乗り出して聞き返す。
「私、皇宮薬師部の薬草畑と書庫が見てみたくて! 前にジョンバン教授が、ドーン皇国の薬師部の書庫には代々の薬師部長の研究資料が残っているって仰ってて、ぜひ拝見したいと思っていたんです!」
好奇心に満ちたキラキラした目で見つめられ、ノルンはごくりと唾を呑む。前に年下の恋人がいる同僚が、『恋人にじっと見つめられて『お願い!』って可愛く強請られたら、抗えないんだよなぁ』とボヤキだが惚気だか分からない事を言っていたが、その気持ちが痛い程分かった。いや、リャーナはまだ恋人どころか、友だちですらないが、抗える気がしない。
「それじゃあ、その資料も見れるように手配するよ」
「ふわぁぁぁ」
リャーナが興奮のあまり声を漏らす。そんな声も可愛くて、ノルンはデレッと頬を緩めたのだが。
「へえぇ。薬師部長の研究資料ねぇ。あれって主任級以上の薬師じゃないと閲覧許可なんて出ない筈だけど、新人のペーペー君に閲覧許可が下りるなんて知らなかったわぁ」
「ぐっ」
シャンティの獲物を甚振るような声に、ノルンは呻き声を漏らす。
「大方、指導役の先輩に泣きついて閲覧許可をもらうつもりなんでしょうけど。一応、機密扱いの資料なのに、そんなに簡単に許可が降りるかしらねぇ」
「ぐううう」
考えていたことをマルッと見透かされて、ノルンは恥ずかしさに顔も上げられなくなる。
「あ、あの。ごめんなさい、我儘を言っちゃって。ノルン様にご迷惑を掛けるわけにはいきませんから、資料の事は気にしないでください!」
リャーナにまで気遣われ、可愛い子の前で格好をつけたというのに大恥を掻き、ノルンはもう瀕死である。
「リャーナちゃぁん。心配しないでもいいわぁ。資料の閲覧許可なんて、お姉ちゃんなら簡単にとれるから」
ふふん、とこれ見よがしにドヤるシャンティに、ノルンはギリリッと怨嗟の籠った視線を向けた。シャンティの言葉は残念なことに事実だ。性格はともかく、シャンティが有能なのは間違いないのだ。彼女が望めば、閲覧許可などすぐ下りるだろう。
「ほ、本当? お姉ちゃん、凄い」
キラキラと尊敬の目を向けるリャーナに、「んっふっふっふ、私はリャーナちゃんのお姉ちゃんですからね。どんどん頼りにしてもいいのよ」なんて、得意げに胸を張る。有能なシャンティとは正反対の自分に悔しさが募り、ノルンは耐え切れず顔を逸らしたのだが。
「良かったです。ノルン様、資料の閲覧の時は、一緒に見せてもらいましょう!」
リャーナがにっこりノルンに笑いかける。
リャーナにしてみたら、ノルンがこんなにガッカリしているのは、純粋に資料を一緒に見たかったのだろうと思ったのだ。そんな勉強熱心な若い薬師の為に、姉が力を貸さないはずがないと、信じきっている。
「え。そこのペーペーの分の閲覧許可なんて、そんな面倒な事は嫌……」
全力で否定しようとするシャンティに、リャーナが無自覚に退路を塞いでしまう。
「お姉ちゃんが私やノルン様のために許可をとってくれるなんて嬉しい! ありがとう、お姉ちゃん。大好き!」
「ぐっふぅ。ハイ、ヨロコンデー」
可愛い妹の『大好き!』を前にして、シャンティに抗える術などないのである。
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