第1話 『囚われのヘレナ ~扉越しの対話~』
『超ざまぁ』タグ、付けるのに勇気が要りましたが、あえて高いハードルに挑戦してみました。
本作は作者の執筆した中で過去一ざまぁの強い作風となっています。ご期待に添えれば幸いです……。
「釈明はございません」
ヘレナ・オーラ嬢について知っていることと言えば、その髪色に触れぬわけにはいくまい。触れ込みによるなら、濁りなき銀の長髪は同量の金に等しい価値があるという。以前より間近で見る機会を伺っていたのだが、ことここに至ってもそれは叶っていない。
私の名はマシュー。ハーツ王国第一王子であるジャニス殿下より、連絡役を拝命してこの場に来ている。私とヘレナ嬢の間を、大きな扉がわかつ。入室の許可はいまだ下りていない。
「……お言付けはそれだけでしょうか。であればお帰りを」
けんもほろろとはまさにこのことか。私の額を冷や汗が伝う。連絡役はただ知らせを伝えれば良いというわけではない。主にとっての吉報を持ち帰らねば、意味がないのだ。
「出席するとおっしゃっていただけるなら、今すぐにでも」
「お断りすると申し上げました」
「しかし……このような機会、滅多に受けられるものではありません」
どれほどの譲歩がこの状況を生んでいるのか、本当に理解しているのだろうか……。
ヘレナ・オーラ準男爵令嬢。分不相応にも、先の婚約破棄騒ぎに割り入って不服を唱えた。婚約破棄を宣告された側であるエステラ公爵令嬢から特別な寵愛を受ける身でなければ、そもそもこのような訪いすらあり得なかったというのに。
「出過ぎた行いについて釈明し、正規の手続きに基づいて謝罪してくだされば良いのです。ジャニス殿下はそれで許すとおっしゃっています」
礼に倣ってノックはした。「応答はそこで」という不躾な申し出も渋々呑んだ。なのに、部屋にも上がらせないままこちらの要求を撥ねつけようというのか。
「本音が出ましたね。私に謝罪しろというのですか」
「ええそうです。あれは間違った行動でした。準男爵令嬢如きが出しゃばっていい場面ではない」
半ば自棄になって、私は子どもに言って聞かせるような言い回しをした。
準男爵令嬢とはいえ貴族の子女ならば、自身の身の丈について学ぶ機会くらいあったはずだ。一国の王太子が婚約者へ婚約破棄を申し立てている最中に、邪魔立てしていい道理など存在しない。
「屋敷での謹慎で済んだだけ、沙汰として有難いと思わないのですか」
「実質軟禁でしょう。建物の周囲は、王子の手の者が固めている」
そんなの当たり前だ。逃げないように見張りを立てるなど。
「お蔭で仕事がやりづらいったらありゃしません」
「内職ですか? こんなときになにを悠長な……」
怒りも呆れも通り越して憐れにすら思えてくる。
この令嬢、いったいどんな知見で今まで生きてきたのか……。
「マシュー様、あなたは私を咎め立てる。しかしあなたはどうなのですか?」
「どう、とは?」
急に矛先を向けられて、思わず聞き直した。ずっと考えていたのだろう、ヘレナ嬢は立て板に水の返答をした。
「ジャニス殿下は親愛なるエステラお姉様に、不貞の嫌疑で婚約破棄を申し立てた。けれども、ご自分は傍らにポーリー子爵令嬢を伴っていたではありませんか。これでは、どちらが不貞の罪を犯したものかわからないではないですか」
……痛いところを突く。
さりとて、こちらも考え及ばなかったわけではない。
「自然なことです。婚約者の裏切りに深く傷ついた殿下の御心に、寄り添う者があった。それが他ならぬポーリー嬢だったのでしょう」
「けれど彼女には定められた婚約者がいた。こちらも、あなたならよくご存知のはずですが」
はっと顔を上げたが、眼の前は分厚い扉だ。それを貫通し、向かい側にいるヘレナ嬢の表情を垣間見ることはできない。
「ご存知だったのですか……!?」
「ライオット・マギンス伯爵令息の幼少からの許婚なのですよね。どういう理屈か、貴族学院内では内密にされていたみたいですけど」
音を立てず唸った。指摘の通りだったからだ。一方で疑問も湧き起こる。何故一介の準男爵令嬢でしかないヘレナ嬢が、そんなことまで知っているのか……。
「失礼ですが、どこでお耳にされたのでしょうか?」
「風に乗ってやってきた、影がそう囁いたのです」
「それはなにかの比喩表現なのですか」
「……マシュー様」
名を呼ばれ、質問はそこで頓挫した。
「あなたは先程おっしゃいましたね。私の行動は間違いであると。しかし考えてみて欲しいのです。真実の意味で間違ったのは私の方なのでしょうか」
他の何者かと比較する口振りに、思わず生唾を飲む。
「……おっしゃる内容がよく理解できません」
「ご自分に嘘を吐かれるのですか」
「私はただ、事実のみを申し上げている!!」
語気が荒くなってしまった。何事かと気取られるかもしれない。しかし知ってはいないはずだ。あの事実、貴族学院では殿下以外に誰も……。
「ひとつお訊ねいたします。マシュー様、どうしてあなたはジャニス王子に決闘を申し込まなかったのですか」
……後ろから頭を殴りつけられた心地がした。
いつしか冷や汗は顔中に広がり、顎に溜まった雫が滴り落ちる。石像のように固まる私の口もまた、石のように固まっている。
「大義名分なら掲げられたはずです。あなたはライオット伯爵令息と旧知の間柄にあった。幼き頃から同じ師の元で剣を学び、兄弟のように仲睦まじく育った。無二の親友のために立ち上がることができたはずなのです」
それは……そんなことはわかっている。
重々承知だってしている。しかし――。
「ライオット殿の不名誉をそそぐために、私に立てと?」
震える声に怖気づくでもなく、扉の向こうから一定のトーンが返ってくる。
「理屈なら通るでしょう。ポーリー嬢を伴ったジャニス王子はこう宣言しました。私たちは真実の愛で結ばれていると……すなわち、ライオット伯爵令息とポーリー嬢の間に存在していたはずのものを、偽物の愛だと断じたのです」
ライオット殿は婚約破棄の場に居合わせなかった。あの場で侮辱を糾すことができたのは、事情を知る私だけということになる……。
どんな魔法を使ったやら、こちらの事情はすべて見透かされているらしい。嘘もお為ごかしも使えないだろう。私は腹を割ることにした。
「正しきをなすのは簡単ではないのですよ」
「それは、あなたが準男爵令息だからですか?」
「家格が低ければ立場も弱い……あなたにはピンとこないでしょうが」
エステラ嬢に寵愛を受けていなければ、このような特別な計らいすら存在していない。この令嬢が、本来の自身の立場に鈍感なのは明白だ。
「力がなければ正しきをなせないと」
「私は反乱分子ではありません。そのような考え方は危険です」
「ジャニス王子に剣で勝つ見込みがなくて、怖気づいたのではないですか」
「それは違う!!」
声を張り上げたのも一瞬、キーンと痛いほどの静寂が鼓膜に突き刺さってきた。
「ち、違います……幼き頃から、剣の道に邁進してきました。今なら武の棟梁たるユースティー家の者が相手であっても、後れをとるつもりはありません」
なおも続く沈黙は、続きを話せとせっついてくる。
「ジャニス殿下に剣を向ければ、家の者に迷惑がかかります。私だけの問題じゃ済まない」
「それは保身というものですよ」
「私自身の身ではなく、家族の身が……」
「ですから、それも保身です」
バッサリと斬り捨てられた。天晴れなほどに。
呆然としていると、ぽつりとヘレナ嬢が話し出す。
「散々偉そうなことを語ってしまいましたが、私自身にも反省すべき点はあります。よくよく考えてみれば、あの場で割り入るのは早計でしたし、無謀だったように思います。お蔭で、こんなところにずっと閉じ込められていますしね」
能弁に事情を話すヘレナ嬢の狙い。今度は単刀直入に訊ねた。
「……私に、なにを望むのですか」
「影は真実を運びますが、荒事には不向きです。脱出のために力を貸していただけませんか?」
私の口が皮肉げに歪む。なにを都合の良いことを。
「こちらの頼みは一顧だにしないでおいてか」
「知らせがあったのです。エステラお姉様の身に危険が迫っていると。助けに向かわねばなりません」
知らせだと? 建物の四方に見張りが立つ状態で、どこから情報を仕入れたというのだ。そのような妄言、考慮に値しない。
「残念です。謹慎の時間が、あなたに反省を促していれば良かったのですが」
「まだ手遅れではありません。正しきをなすために、どうか助力を」
なおも己の要求のみ押し付ける。か弱き貴族令嬢相手と、鷹揚に振る舞っていた私にも堪忍袋の緒というものがある。
私はその場で踵を返すと、首のみ部屋の方向を振り返って言った。
「……絶対にお断りだ」
ここまでお読みいただきありがとうございました。
本作は短期集中連載として日に三度、三日に渡って完結まで投稿いたします(計9話)。
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また、本小説の姉妹作として『ヘレナおばあさまはお見通し ~この婚約破棄、得したのは誰?~』という小説も投稿しております。
どちらが本編、外伝と決まっておらず独立したお話なのですが、ご興味を持っていただけましたら是非ご一読ください(こちらは人間ドラマの強い作風となっています)。
『ヘレナおばあさまはお見通し ~この婚約破棄、得したのは誰?~』
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