嫁入り
この作品は昔、アップした。
【短編】 辺境の魔女 ~~辺境のおじさん領主に嫁ぐことになりましたが、何故か待っていたのは可愛らしい美少年でした。
の長編版です。
若干マイルドにして全年齢版としております。
怒られたら変えます……。
私の夫になる人は、私よりも少し背が低くて、私よりも顔が綺麗で、半ズボンがよく似合う美少年だった。
「サディアさまをお連れしました」
横に立っていた侍女さんが、軽やかにノックをしながらそう告げた。
「あ……」
思わず声が漏れてしまった。心の準備がまだ整っていない。けれど、扉の向こうからはもう動きが感じられた。
「サディア・シェティです。まいりました。このたびは……」
慌てて名乗りを上げる。声は少しだけ震えてしまったかもしれない。
扉が開いた。
「……ウォーレン伯爵さま。あ、あれ?」
呼ばれたはずなのに、部屋の中には誰もいない……。
一瞬、そう思ったけれど、何かに気がついて視線を少しずつ下げると……。
美しい少年がいた。
まるで古代の彫刻のような整った顔立ちに、澄んだ瞳。私はその美しさに思わず息を呑んだ。特に印象的だったのは、きりっとした目元だ。まるで吸い込まれてしまいそうなほどの美しさだった。
しばらくの間、私はその少年を見つめ続けていた。気づけば、少年は恥ずかしそうに目を伏せている。
嫌がられているというわけではなく、私にまじまじと見つめられて照れているらしい。
その仕草だけで、もう可愛らしいと思って抱きしめたくなってしまった。
「こ、こんにちは、坊っちゃん」
困惑しながら呼びかける。少年と言ってもまだ半ズボンが似合いそうな男の子で、実際に今もきれいな身なりながら半ズボンを履いていて、すらりとした足が見えていた。
(落ち着け、落ち着け私。きれいな男の子の脚に見とれている場合じゃない。ウォーレンさまにお子さまもお孫さまもいないはず……だけど……)
「ようこそ、いらっしゃいました。サディアさま」
やはり跡取り息子にしか見えないその男の子は、もう一度まっすぐこちらを見ると、にこりと笑って挨拶をしてくれた。
その笑顔がまたいっそう美しくて、『細かいことはいいか。どうぞ、お姉さんと仲良くしてね』と言ってしまいそうになる。
……いえ、こう言うと、私がただの美少年好きの女みたいに聞こえてしまうかもしれないので、この辺境の伯爵領に来るまでのことから話させて欲しい。
(辺境らしくなってきたわね)
馬車の窓から見える景色が、いつの間にか変わっていた。
都を出てから三日。最初のうちは緑の多い丘陵地帯が続いていたのだけれど、次第に木々はまばらになり、草と大きな岩が目立つようになってくる。
時折、遠くの丘の上に石造りの見張り塔のようなものが見える。ここが辺境と呼ばれる地であることを、風景そのものが教えてくれていた。
私、サディア・シェティは、都近くに小さいながらも領地がある貴族の娘だった。
子どもは私と妹しかいない。だから、私が跡を継ぐことになるのだろうと勝手に思っていた。
そのため、私は日々、魔法を勉強することにしたのだった。
……いえ、別に社交界に出るのが面倒くさくて嫌とか、領地経営自体は優秀な家臣がいて全部やってくれるのでやることがなくて逃げていたとかそういうことではないです。……ないんです。
領民の助けになり、我が領地ならではの特色を出せればと……日々研究をしていた……のですが……。
ある日突然、そんな私の日常は崩れ去る。
「この家は、妹に婿をとらせて継がせることにした」
「でも、心配なさらないで、お姉さまにはぴったりの縁談を用意してありますから」
何の前触れもなく父と妹にそう告げられ、私は家を追放同然に出て行かざるを得なくなったのだった。
「ウォーレン・フォシアさまという方で、前妻がなくなってからずっと誰の縁談も断っていたのだけれど、今回、なぜかお姉さまを引き受けてくれたのですわ」
妹は『なぜか』を強調しながら、そう言った。
ちょっと、……いえ、かなり嫌味もありそうだった。けれど、妹は、この社交の場に出ようともせずに魔法の研究に没頭して、殿方に縁のない姉を引き取ってくれる奇特な人が見つかったことが本当に嬉しそうだった。
どうやら本気で家に居場所はなさそうなので、その奇特なウォーレンさまのところに嫁いでみることにした。
ウォーレンさまは辺境伯と呼ばれる地位の人だった。元々は貴族ではないのだけれど、辺境の地で防衛のために権限を強くしていくうちに貴族扱いになった家だという。
異民族と時には戦って制圧し、時には話し合って交易も行って、軍も富も得ているというかなりの実力者らしい。都から離れているのは間違いがないけれど、田舎だからと言ってのんびりできるわけでもなかった。
(まあ、きらびやかな都に別に未練もないし……)
冬はちょっと寒そうなのが気になるけれど、辺境なのは嫌ではなかった。むしろ、異民族の珍しいものを見ることができて魔法の研究に役立つかもしれないと思うと胸が高鳴るくらいだった。
(ただ……本当に気がかりなのは、ウォーレン伯爵のご年齢……ね)
誰に聞いても、実際の年齢がよくわからない。
異民族との紛争で私のお祖父さまの下で一緒に戦ったことがあるという記録があるから、それなりの年齢であるのは間違いなさそうだった。
(子ども、作れるのかな……)
別に、私がどうしても子どもが欲しいわけではないのだけれど……。
ここ十年ほどは都の公の場には出ていないと聞かされると、もうかなり衰えたおじいさんか、不健康で太ったおじさんなのではという可能性を考えてしまう。
子どももいなかったら、ウォーレン伯爵がお亡くなりになったあとは辺境からも追い出されてしまいそうな気がしてしまう。
(まあ、最悪の場合は、放浪の魔法使いにでもなるかな……)
そんなことを考えながら、ぼんやりと馬車の窓から外を眺めていた。
と、急に視界がひらけた。
丘を越えた先に、城下町が広がっていたのだ。
想像していたよりもずっと活気のある町だった。石畳の大通りに沿って、色とりどりの屋根が並んでいる。市場と思しき広場には人だかりができていて、遠目にも異民族らしい装束の人たちが見えた。革や毛皮を商う露店、見たこともない香辛料の山、異国の模様が彫り込まれた武具……。
(想像よりずっと栄えている。辺境とは言っても、交易が盛んなのね)
馬車が町の中心部に差しかかると、出迎えの一団が整列していた。兵士、使用人、そして町の有力者らしき人々。その中心に、噂のウォーレン伯爵らしき人物の姿が見える。
(……うん、なかなか……悪くないんじゃない?)
馬車の中から、そっと観察する。第一印象は悪くなかった。
馬車から降りて、簡単に挨拶をしながらウォーレンさまを改めて観察する。
心配していた不健康さや太りすぎ、痩せすぎということもなく、むしろ好印象なおじさまだった。
髪に白いものは多かったけれど、彫りの深い顔は厳しそうながらも笑うと柔らかくなる。きれいに揃えられた口ひげも含めて、清潔でしっかりした印象を受ける。背が高くすらりとまっすぐで、黒を基調とした軍服らしい服がよく似合っていた。
年齢を重ねているのは間違いないだろうけれど、『この人なら……まあ……いいかな』となぜか私は上から目線でほっと一安心していた。
他に行く宛もなくて嫁いでくる立場で何を偉そうにと我ながら思うけれど、正直な気持ちだった。
(でも、何か変な……)
丁寧に出迎えの挨拶をしてくれたけれど、妻になる人に対してあまり触れ合うこともなく、さっさとお屋敷に戻ろうとする伯爵の後ろ姿に、何か違和感を抱いていた。
何がおかしいのかはわからない。ただ、魔法使いとしての勘がかすかに引っかかっている。
とにかく荷物も運んでもらい、やっとくつろげそうだと思っていたら、すぐに伯爵のお部屋に来るようにと言われてしまう。
(なんだろう。いきなり追い返されてしまうとか? それとも妻にふさわしいか試験があるとか?)
これだけ見た目も良く健康的なら、辺境とはいえ実力者の領主の嫁に来たい人はいっぱいいるのではと逆に心配になってしまった。
(縁談を断り続けていたのは、すごく見る目が厳しいのでは?)
そう不安に思いながら案内された先は、屋敷の奥まった場所にある重厚な扉の前だった。
暗い木材で作られた扉の表面には、見事な鉄細工が施されている。唐草模様が繊細に絡み合い、中心には小さな紋章が彫られていた。それだけで、この部屋が特別な場所だとわかる。
足元から少しずつ、冷たい緊張が這い上がってくる。
(ウォーレン伯爵のプライベートなお部屋なのよね……?)
心の中でつぶやきながら、少しだけ息を吸った。
……そして、扉は開かれた。
その先にいたのが、あの美しい少年だったというわけだ。
なんとかここまでの経緯を思い返して、私は目の前の男の子にウォーレンさまの居場所を聞こうとした。
けれど、それより先に。
「僕がここの領主。ウォーレン・フォシアです」
美少年は、愛らしい手を胸に当てながらそう言うと微笑んだ。
少しだけいたずらっ子のような笑みだった。
「え」
私の頭は真っ白になっていた。
混乱の中、脳裏では様々な可能性が浮かんでは消えていく。
(ご子息……。いっそお孫さん……いえ、違う)
私は先ほど感じた違和感の正体を探るように、目の前の少年と、先ほど外で出迎えてくれた壮年の紳士の顔を重ねていた。
目元が似ている。いや、同じだ。
「なるほど……先ほどのお姿は、幻覚の魔法だったのですね」
口に出した途端、全てが繋がった。公の場に出なくなった十年。縁談を断り続けた理由。そして、魔法が使える妻を求めた動機。
「さすが……都の王立魔法学院を優秀な成績で卒業されたお嬢さん。話が早いです」
ウォーレン少年は嬉しそうに目を輝かせた。こんな奇特な、いえ、魔法の話が通じる人が来てくれて嬉しいという感じだった。
(こんな可愛い男の子に、『お嬢さん』と言われると変な気分……)
もちろん嫌な感じはしないけれど、どこかこそばゆい。
「十年ほど前に、異民族の魔法使いに呪いをかけられてしまいまして……」
ずいぶんと変な呪いをかけるなあと思っていたら、ちゃんと説明してくれた。
「色々な呪いの対策はしていたのですが、まさか幼児に戻る呪いを紛争の最中に使うなどとは思っておらず……」
「ああ、マイナーな魔法のほうが、魔法への対策をしている相手にはかえって効いてしまうことってありますよね」
私の言葉に、ウォーレン少年は少し驚いた顔をした後、嬉しそうに頷いた。
先ほどからの話を聞いていると、ウォーレン伯爵も魔法が使える方のようだった。それからしばらく、魔法使いあるある話で盛り上がった。
防御魔法の穴は大体マイナーな魔法から来るとか、実戦では詠唱速度が全てだとか、書物に載っている理論と実際に使う時の感覚は全然違うとか。
気がつけば、私は伯爵の部屋のソファに座り、向かいに座った少年と膝を突き合わせるようにして熱心に語り合っていた。
ただ、領主で伯爵という立場ではこの呪いは笑えない話だったのだろう。十年も公の場にほとんど姿を見せないのも納得してしまう。
幻覚を見せて誤魔化すにも限界がある。
「つまり、私は魔法が使えるからここに呼ばれたということでしょうか?」
「身内に魔法を使える人がと、いろいろ誤魔化すのに便利だと思ったのは事実です」
私の皮肉めいた問いかけにも、彼は真摯に答えてくれた。
「あとは、あなたのお祖父さまとは友人だったので、きっと信頼できるかと」
「そういえば、祖父とは一緒に戦ったことがあるのでしたね」
だからと言って信頼できるとは限らないでしょうと、私は父や妹の顔を思い出しながらそう返した。
「はは、ごもっとも。しばらくここで過ごしていただいて、嫌でしたらお断りいただければと思います」
ウォーレン少年はそう言った。
ここまで来ている時点で婚姻は了承しているし、正直なところ戻る場所もないのだけれど。
それは言わないでおいた。
「聞いていた話とはかなり違いますしね」
そう言って一呼吸する。
「わかりました。もう少しここで過ごさせていただいて、それから正式にお返事させてください」
私はそう言って頭を下げた。承諾ではなく保留。
私の方が選べる立場なのだろうかとは思ってしまうけれど……。
魔法の腕があって、魔法の話ができて、きちんと説明してくれて、断る自由まで与えてくれる人。
少年の姿をしているという一点を除けば、望みうる中でかなり良い縁談だった。
(いや、こんな年下の少年の体をしているというのは、かなり大きな問題よね……)
いけないことをしてしまっているような気がして、しばらくの間、こめかみに指を当てて考え込んでいた。
案内されたのは、思っていたよりもずっと広くて居心地の良い部屋だった。
大きな窓からは、屋敷の裏手に広がる荒野と、その向こうに連なる山々が見えた。空が広い。都では建物ばかりだったから、こんなにも空が開けて見えると少し感動していた。
荷解きを手伝ってくれた侍女さんが部屋を出ていった後、私は自分の杖だけは自分で棚に立てかけた。魔法使いにとって杖は体の一部のようなものだから、人に任せるのは少し落ち着かない。
辺境で杖の出番があるかはわからないけれど、持ってこないという選択肢はなかった。
そうしていると、入れ替わるようにして年配のメイドさんがやってきた。
「夫人、夕食の支度ができましたよ」
温かい声だった。
「あ、あの、ま、まだ夫人では……」
「あら。失礼いたしました。私はアビーと申します。この屋敷では一番の古株でして。坊ちゃま──いえ、伯爵さまのことは、子どもの頃からお世話させていただいているのですよ」
にこにこと笑いながら、アビーさんは私の手を取った。もう夫人で決まりだという空気が漂っている。
「やっと良い方に来ていただけて。ばあやは嬉しいですわ」
ばあやと言うほどの年ではないように見えるけれど、お茶目な笑顔を浮かべながらアビーさんはそう言った。
きっとこの人は、ウォーレンさまの秘密を全て知っている数少ない人なのだろう。その目には、主人を本当に大切に思っているという温かさがあった。
(ここは、信頼できる場所なのかもしれない)
アビーさんに連れられて食堂に向かう途中、窓の外を見ると、西の空が茜色に染まっていた。荒野の向こうに沈みかけた太陽が、湖に反射しながら広大な大地を金色に照らしている。
都にはなかった景色だった。
「きれい……」
思わずつぶやいた私に、アビーさんは嬉しそうに微笑んだ。
「この夕焼けの景色はこの町の自慢なんですよ。辺境でも良いところはありましょう?」
私のことはまだ華やかな都の社交界で育ったお嬢様と思っているらしい。
素直にここのことが気に入っていますと笑いながら伝えるとアビーさんも笑い返してくれた。
食堂に着くと、先にウォーレン少年が椅子に座って待っていた。大きな椅子に座った小さな体。足はぎりぎり床に届いている。
「あ……」
目が合った瞬間、ウォーレンさまはまた少しだけ頬を赤くして視線を逸した。
……ああ、これは。
(少し不思議な感じ)
怖くはない。けれど、ただの子どもでもない。
少年の仕草の奥に、確かに大人の教養と知性がある。それなのに、私と目が合うと照れてしまう。頭は大人で、でも心は少年の体に引っ張られている。
そんな不思議な存在だった。
「お食事にしましょう」
アビーさんの声に促されて席につく。三人だけの夕食。
温かなスープとやわらかなパン、香草で焼いた肉。どれも素朴だけれど、丁寧に作られていることがわかる味だった。
「お食事が美味しい」
声に出すつもりはなかったのに、あまりにも感激してしまい、思わず口に出してしまっていた。
「ありがとうございます。坊ちゃまはあまり感想をおっしゃらないので、嬉しいですわ」
「アビー。『坊ちゃま』と呼ぶなと言っているだろう」
ウォーレン少年が、可愛らしい容姿のまま不機嫌そうに文句を言う。でもアビーさんは全く気にしていない。
こぢんまりとしたテーブルを囲んだ三人だけの食事は、素朴な家族の団欒のような雰囲気があって、私は嫌ではなかった。
「なんだか、楽しいですね」
そう言った瞬間、ウォーレン少年がかすかに目を見開いた。
すぐに視線を皿に落としたけれど、その口元がほんの少しだけゆるんでいるのを、私は見逃さなかった。
食事を終えて自分の部屋に戻った後、私はベッドに腰かけて窓の外を見た。
荒野の上に、大きな月が昇りはじめていた。
都で見るよりもずっと近くて、ずっと明るい月だった。もうすぐ満月になるのだろう。まんまるに近い、黄金色の月だ。
(不思議なことになってしまった)
膝の上で手を組みながら、今日一日のことを振り返る。
年上過ぎるのではないかと心配してきたのに、今は可愛らしいすぎる少年過ぎて心配しているなんて思ってもいなかった。
追い出されるようにやってきた場所だけれど、嫌な場所ではなかった。むしろ……。
(もう少し、ここにいてみよう)
窓の外の月が、少しだけ明るさを増した気がした。
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