1【SW】
怪異――俺、剣見雛太は日常茶飯事では無いにしても、そういったものに遭遇しやすかった。今回の件においては、しかしそれまでと毛色が異なるものだったので、まずはそこから話をしよう。
しかし後から思えば、『あかね』にまつわる全ては既に始まっていたのだ――
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高校生活において、先輩という肩書きが与えられる節目の時期が来た。言い換えれば、一学年八クラス生徒数約三千人、県内屈指の進学校である私立茜高校の学年末試験をクリアしたことによって、この一年間をクリアされずに済んだということ。
そんな喜ばしい始業式。俺は喜べない心境にあった。
結論から述べると、おかしな生徒に目をつけられた。額に奇妙な(記号的な模様だったかと思う)お札を貼り付けた女子だ。
いっそ『おい、札付きのワルってそういう意味じゃないぞ。それじゃキョンシーだろ』なんて、小気味良くツッコミを入れてみても良いのかもしれなかった。
しかし仮にも、そんなことをフレンドリーに赤の他人に言えるようなキャラであった覚えは無いし、そこは見なかったことにした。
ところが奇妙なことに気付く。そのキテレツな姿に周りは無視……というよりも認識していないふうだったのだ。
人間とは、普通じゃない事柄には自ずと目がいくものだろう。例えば、赤色灯をつけたパトカー。黒山の人集り。この件に関して、俺はそんな感じだった。
ここから導き出される解答は二つ。
一つは、俺以外の大多数が、彼女はそういう人物だと当たり前のように黙認している場合。要するに、変なヤツ。もう一つは、俺だけしか見えていないという場合。つまり、怪異。
普通に考えたら大多数の生徒が、まして教師が平然とスルーしてしまうのは違和感がある。ならば、答えは後者だ。そうなれば怪異的なのは女子そのものか、それともお札の方か。
あれこれ考えつつ終えた始業式。教科書配布のあとに教室へ戻ってみると、俺の机にはお札と同じようなものが隅に貼られていた。それだけでなく、謎のメモ書きがど真ん中に。罫線ノートの切れ端には『SW』。
さて、状況が一変したのは放課後だった。
「ワタシのこと、見てたわよね」
下駄箱で靴を履き替える最中のことだ。
札が邪魔で顔は見えず。リボンの色は赤色……ということは二年生。いや、こいつ自身が怪異ならあくまで設定なのか。
上履きを拾いながら冷静を装う俺は、怪異ゴトに慣れたもんだった。
「いや、見てないぜ。急ぐから悪いけど」
――バンッ!
ロッカーを閉められたことで宙ぶらりんの上履きも、少しびっくりして後ずさった俺も帰宅困難者に。
「見てたわよね」
見透かしたような物言いをする。
「見えるも何も――」
「私のこと、変って思った?」
「なんなら、何もかもが変だ」
彼女は一瞬、俺の足元を見る。
「……机のものはどうしたの?」
やはりこいつか。
「あのメモとお札、なんなんだ? 俺は別に何もできない。お前が怪異のようなヤツなら、そこは始めに言っとくが――」
「札が……やっぱり見えたのね?」
鋭い目がハッと見開く姿を見て、俺は気づく。
もしや、怪異的なお札に困っていたり苦しめられていたりするから、ひょっとすれば相談できる人を探していたとかなのかもしれない、と。
「お前、もしかして――」
しかし、いとも容易くそれを剥がすではないか。
「剥がれんのかよっ!」
「このお札はね、見える人と見えない人がいるの」
「は……?」
「この世ならざるものを見てしまう人にしか、これは見えないの。つまり、あなたがそういう人……ということになるわ」
「え。じゃお前……怪異が」
「ようやく見つけられた。まぁ、こんなとこで立ち話もね。私についてきてちょうだい」
このときたぶん、突っぱねても良かったのだろうけれど、俺はついていくことにしたのだった――
⭐︎
通学路の裏手の喫茶店。
なぜ彼女がこんな渋い、お歴々が新聞片手にコーヒーを啜ってそうなところを選んだのかというと、合理的な理由があった。
店内は席ごとの間隔もあり、高校生が入り浸るような場所ではない。ゆえに秘密話、あるいは怪談噺となるのだろうか。他人に聞かれるのが好ましいと言えないソレをするには、お誂え向きというわけだ。
窓際の席で、コーヒーとレトロなクリームメロンソーダ(アイスクリーム付きで上にはチェリー)が並ぶ。
「――さっきの話の続きなんだけど。私、探してたの」
「ちょっと待て。単刀直入過ぎて脳みそがエンスト気味だ。あのお札についての説明とかから、まずは始めてくれないか?」
「あれは見える人を判別するものよ。さしずめ式神の原型……かしら」
「お前はわざと目立つようにそのお札を引っ付けて、獲物を待ち構えてたってことか」
「そうね」
「どうしてそんなこと?」
「私は見えない、というより見えにくいの。だから探してたの。私もそういうものを見るために。そして、退治するために」
「ん? お札ってのは、見える人にしか見えないんじゃないの? だったらお前は……」
「だから言ったでしょ、見えにくいだけだって。それに、製作者に関しては当然見えるのよ」
「はあ……」
「それで、お願いがあるのだけど」
「……まぁなんとなく察しはつくけど。俺に変なものを見るための目になれ、みたいなことだろ」
「話が早くて助かるわ。じゃあ、そういうことだから明日からよろしくね」
「おい、誰もオッケーしとらん」
「怖いの?」
「怖いわ普通に考えて」
「普通……? でも妖怪変化を見れる時点で、全然普通じゃなくないかしら」
「たしかに俺の目は普通じゃないけど、思考は普通なんだよ」
「あらら。困ってしまったわ」
それはこっちの台詞だ。
「……というか自己紹介無しにってのもな。俺は剣見雛太。ソードの剣に見るの見。雛が太るで雛太」
「私は、カデイケ リツよ」
「不幸のコウに、不徳のトク、下家のヤに律令制のリツ」
なぜわざわざ母屋に付属する小屋の名称を用いた。逆に分かりづらい。
「幸福のコウに美徳のトクで家じゃダメなのかよ」
「……なるほど」
「お前ひょっとして頭悪いのか」
発想的な意味で。
「いえ、成績は上の方よ」
「……ん?」
「私、下から数えて82番目なの」
下が好きなのかこいつ。
「なぜ下からだよ、上からいけ。18番目ってことか」
「何言ってるの? 19番目でしょ」
「え?」
「引き算が正しくない。例えば10位のうちで下から2番目って言ったら、9。見方を変えるなら、10位のうち上から10番目で10なのだから」
「あ……」
いかん、理数に対する苦手意識ゆえの軽率さが。
「だから19位」
それにしたって中途半端だった。
「……ところで、愛ってなんなのかしらね」
「知らん」
「校長の挨拶。周囲の人たちだけでなく自分にも愛を向けて云々。そんな話があったでしょ」
「あー、愛と英語のEYEをかけてるやつ。
隣人愛と自己愛は天秤にかけることではなく、みたいな話だったか? 優しさとか尊さとか、そういう意味かね」
「じゃあ、優しさとやらを私に向けてみない? あなたに少しでも愛が残っているなら」
「あるに決まってんだろ。残るかどうかすら気にしたことねーよ。毎月保護猫募金やってんだこっちは」
「私はあなたみたいな人を探してたから、これでも喜んでるのよね。ほら」
一時的に視力低下してなければ、そこに喜んでそうな表情は一つもない。というか、話噛み合ってんのか。
しかし、俺はここで思ってしまう。もし小学生の頃、周囲に一人でも構えずに話を聞いてくれる人がいたら、と。
「……はぁ、分かったよ」
「良かった、決まりね。
あなたは知ってるか分からないけれど、実はこの学校って――」
茜高校は怪異の吹き溜まりと化している……と、幸徳池は言った。
それらを鎮めるのが目的のようだ。それは、世のため人のためというよりは、使命感半分自己満足半分という具合で。家柄がそういうことに関わっていたため、資料的なものが山ほどあるのだとか。こいつの家は、陰陽師か何かか。
というわけで、財布をどこかに落としてきたこいつと、俺は協力することになったのだった。ちなみに財布は、高校の守衛室に届けられていた。道端を何往復もしたり交番に行ったり、なんだ無駄なことをしてしまったものである。
「しっかし、まさかカエルのガマ口財布とはな」
「どんなものだと、思っていたの?」
「いや、何ってわけじゃないけど」
強いて言うなら、薄茶とか水色の二つ折り革財布とかだろうか。
「いま返すわね」
立て替えておいたのは、メロンクリームソーダ×2、960円也。ちなみにコーヒーは380円でお代わり半額。
先程から手には硬貨が次々と乗せられていく。
「……おいちょ! 待て幸徳池。何だこれ」
「え、足りなかった?」
「いや、さっき見えてたからな500円玉。なぜわざわざ細かくする」
「財布が重いのよね。この機会に整理しようかなって思って」
このタイミングで思うなそんなこと。
「初対面なのに、その図々しさは全く凄いな」
「褒められても困っちゃうわ」
「や褒めとらんわ、どうしたお前の感性」
「ああ……やっちゃいけないやつだったのね」
「……まぁいいけどな、もう出しちゃったんだし。端数は募金箱にでも入れておこ」
「連絡先教えてくれる?」
「ああそっか。はい」
差し出したスマホに、なぜかキョトンとする。
「携帯無いから、電話番号教えてくれるかしら?」
今日イチの衝撃。
「ウソだろ……」
俺の携帯番号を伝えると、小さいノートにそれをメモして帰ろうとするのだったが、そこでふと思い出した俺は呼び止める。
「そいや、SWだったっけか? アレ何だったの?」
「伝えたつもりなんだけど、余計なお世話だったかしら」
「……?」
「社会の窓、って言うんでしょ。空いてたから。というか今も」
また何を馬鹿な、そんなはずが無い。
それ以前に、よくそんな昔のおっさんが使ってそうな死語を平然と口にしたものだ、と思いながら俺は下を向く。
「おぅ……?」
全開だ。しかし待ってほしい、これには理由がある。俺はちゃんと閉めた。しかし、ファスナーが一方と喧嘩してしまい上手く噛み合っていなかったのだ。
つまり、閉めるという動作をすることで閉めたと思い込んでいたが、そもそも閉まる機能が機能していなかったという話。
というかこいつの伝え方が、俺とは噛み合わなかったのだった。
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幸徳池に借りた安全ピンで応急処置。一人で向かった自転車置き場。そこへ走り寄ってきたのは、大江戸だった。
大江戸太陽。二年男子サッカー部。爽やかで表情豊かで、みんなの人気者、もちろんイケメンである。
「よ、雛太」
「なに、部活帰りか?」
「おう。それよりい……」
ニタニタと。
「なんだよ気持ち悪いな」
「あっはは、なんだよ言ってくれればいいのに。幸徳池だろ? さっきの」
「お前の想像はハズレだぞ」
「またまたぁ。悪いな、幸徳池とはさしもの俺もパイプが無い。できるもんなら、協力してやりたかったが」
「要らんわ」
「照れるなよ。まさか幸徳池がタイプとはまぁ分からんでもない、ミステリアスでスタイル抜群。おっきいもんな、おっぱい」
「臆面も無くそんなこと」
「正直がモットーだからな」
「正直過ぎて煙たがられたりしないもんだ」
「嫌われるのが怖くて何ができる。むしろ嫌いと思っていたのに、段々それが変わっていく方が、仲も深まるし記憶に残ると思わないか?」
「すげー情緒強度だ」
「俺はいつでもお前の味方だからな。困ったことがあったら言えよ。俺が助けてやろう」
「はいはい。ありがとな――」




