3-2
大股でずんずん荷馬車へ向かい、そのままの勢いで戻ってきたジェラルドは、リリアに紙とペンを渡してから木陰へ座らせた。
「魔導の基礎云々より、基礎の前から話す」
「よ、よろしくお願いします」
突如始まった講義に、リリアは慌てて頭を下げる。ジェラルドは、どこか得意気だ。
「魔導は魔力がないと使えない。それはニンゲン全てが持つ力だ。大なり小なりな。それと適合性だ。所謂センスってやつだな」
「センス、ですか?」
「そ。自分の魔力を如何に操り、編めるかが魔導だ。センスの無いやつは、精々武器に纏わせるとか媒体使うとかだな。お前の村がそうだ」
「魔除けの札、ですか?」
「そうだ。あれは魔方陣に僅かな魔力が伝われば目眩ましが発動した。すげぇ眩しかった、効果は絶大だな。覚えとけよ」
最後を強調するように声音を低くされ、リリアの顔が引きつる。個人的には仕方なかったのだが、やられた側にしたら理由など関係ない。加えて、ジェラルドはやられたらやり返す質だ。
「魔導を使うには魔方陣がいる。固定するにも相当な魔力がいる。意味、分かるか?」
「その、固定というのが…」
「そうでしょうなぁ」
呆れたように、どこか苛つきながら彼は剣を引き抜いた。
「っ」
剣を突き付けられずとも、怯えてしまうのは髪を切られたときの記憶が鮮明だからか。びくついた肩に、彼はゆるゆると首を横に振った。
「なにもしないっての」
そう困ったように眉を下げて呟くと、ため息と共に剣先で地を削る。
「あの、」
「いいから、よく見な」
リリアには戸惑いがよく見えた。いつのことか騎士にとって、剣は特別だと聞いたことがあったからだ。だが、ジェラルドはそれを遮り、顎で地面を指した。
「なにも、残ってない?」
「そ。魔力を込めて魔方陣を編まないと、編んだ傍から解れて落書きすらできないわけ。魔除けの結界は、魔導師が交代で魔力を注いで成り立ってるわけだ」
「魔力もなにも分からないんですが…」
「無意識にやってるんだろうよ。いいか、お前のやってることは離れ業だ。だから、俺かジーンが居ないときに試すな」
「わかり、ました」
細かいところはともかく、自分が気軽にやっていたことが常識はずれなのは理解した。
「よしよし、いい子は好きだ」
剣を収めてリリアと視線を合わせたジェラルドは、そういって頭を雑に撫でる。
「あの…」
「ん?」
「髪が、乱れます…」
控えめにかけられた声に、翡翠の瞳が瞬く。そうして、自分がしばらく撫でていたのを自覚した。
「あ、悪い」
乱れた髪を手ですいて整えれば、腰をあげてわざとらしく咳払いをする。
「こほん。まあ、それでだ。さっき気軽に魔方陣を編んでくれちゃって、あまつさえ重ねてくれちまったわけだ」
「でも、消えました。魔力がこもってないからだと…」
「それなら良かったけどな。大いに残念だわ」
片手を腰にあて、ため息をついてから、ジェラルドは手のひらを中にかざした。
「ほら、やっぱりな…」
すぐに浮かび上がったのは、白い光を纏った羅盤だ。以前、ジェラルドが解除したものより簡素で小さかった。
「それは?」
「解除盤。結界張った魔方陣を消すには必要なの。まあ、簡単な魔方陣しか編んでないから、層が太いし、道も簡単だろ?村の結界なんて、これよりでかかったし、層も細いし、回路は複雑だし、ほんとさぁ…ほんとさあ!」
「いひゃいです…」
あの時の苦労を思い出したのか、勢いのまましゃがみこんでむんずとリリアの頬を掴んだ。ぐりぐりとつねると気が済んだのか、一息ついて腰をあげる。
「そう言うわけだ。これを出して、さっさと解除しろ。ジーンは明日の朝まで帰ってこないから、それまでには終わらせろな」
「は?」
「じゃ、この本借りてくな」
片手を挙げてにこやかに笑みを浮かべ、ジェラルドはすたすたと荷馬車へ戻ってしまった。そんな説明の仕方があるかと呆けていたリリアは瞬き数回の後、両手で頭を抱えた。
「説明になってないから!」
短くなった髪をかき乱して叫んでも、馬が視線を寄越しただけで、ジェラルドからはなんの反応も感じない。流された事に舌打ちをして、汚れるのも気にせず寝転がった。
「いーてんきー」
ジェラルドが言っていた清浄な感じがどんな感じなのか、リリアには分からなかったが野盗が来ても倒れるらしいので、考えないことにした。なんとなくだが、邪なものが近付けないという認識だ。きっと魔物も寄ってこないだろう。深く考えても、今の自分では答えはでなさそうだと鼻で笑った。
「ジェリーの荷物は、全部荷馬車にあるって言ってたっけ…」
ぼんやりと休んでいる馬たちを眺め、ユージーンの言葉を思い出す。リリアが生き残った理由―つまり、隣町への買い出しだ。普段であれば複数人で向かうところ、今回は家の事情のためリリアが町へ赴いた。馬の管理は彼女の家が行っていたことや、隣町と自警団が協力して魔物狩りをしたばかりだったので一人での旅路が許された。低級魔は狩られると、しばらく鳴りを潜める習性があったためだ。
「あーでも、解除、かあ」
やってみろとは、言ってくれたものだ。ため息の後、寝返りを打って、空を見上げる。鳥が空の高いところを飛んでいた。
「鍵と鍵穴でガチャっとできたらいいのになー」
解除盤の出し方も、魔力の編み方も知らない。基礎の基の前はざっくり分かったが、ざっくり過ぎて、基にも届かない。そうだったらいいのにと、鍵穴と鍵をイメージするが、簡単にはいかないだろう。実際、何も起こらなかった。
「札の時は、どうしてたっけ…」
魔除けの札は、原理はさておき魔力を編んでいたに違いない。さっと起き上がって、描き慣れた魔方陣を途中まで作り、慌てて消した。
「重ねるところだった…」
成功するかは別として、魔方陣が発動してしまえば、曰くの清浄な感じが強まってしまうかもしれない。それに、先程一人の時にやるなと言われたばかりだ。容赦なく怒られるだろう。
「でも、教えを請えるのはって幸せなことよね…」
教え方はどうでも、と言葉はどうにか呑み込んだ。視点を変えたのは現実逃避も含んでいたが、村を思い出せばなんてことはない。生きているのなら、どうにかなる。
「よし!とりあえず、昔を思い出すしない!神父様、どうか、お導きください」
以前のように膝を着くことはせず、胡座をかいて両手を組んだ。肘を足に置いて支えにすると、考え込むように両手に額をつける。そのまま、ゆっくりと瞳を閉じた。




