マリー
レイたちがギルドを出ようとすると、腕を組んだ女性がいた。
豪華な装飾が目立つ板金鎧にそれと比較すると無骨な長剣。麗しい金髪。気が強そうでありながら整った顔。もしかするとまだ少女といえる年齢かもしれない。
レイは女性を見ると親しげな態度で声をかける。
「よう、マリー久しぶり」
次の瞬間、マリーは問答無用で剣を抜き手元が見えないほどの速さで剣を振り下ろした。
黒く光る刀身がレイの頭部を破壊せんと向かう。
レイは刀身を横からそっと手で押し、軌道を変える。
剣はドスンと音を立て地面を穿つ。もうもうと土煙が上がる。
「マリー、なにをしやがる?」
「ふん、腕はさび付いてないようだな。レイ、帰るぞ」
「帰る家もなければ、せっかく実力で得た職もなくした。手配書まで回ってる。今さら帰る意味がない」
マリーは一瞬悲しそうな顔をする。
そして次の瞬間、顔を真っ赤にして絞り出すように言った。
「な、ならば! う、うちへ婿に来い。私の実家の力があれば、レイの名誉を回復することもできるだろう。料理人などではない! 貴族として家を復興できる!」
それはとてつもない好条件だった。
王国では貴族への刑罰は訓戒、罰金、流刑、奴隷堕ち、そして死刑の順に厳しいものになる。
流刑すら許されず、奴隷になったものが貴族になることは通常考えられない。
だがマリーの実家はそれを可能にする力があった。
マリーの家は公爵家。王族の親戚なのだ。
だがそれでもレイはその話を断る。
「心配してくれてありがとうよ。だけどなマリー、お前が不幸になる必要はない。……それにな、俺こっちで就職したんだわ。今はわりと楽しくやってる」
そこでなぜかレンがレイの腕に抱きついてくる。
完全に所有権の主張である。
「マスターはとても有能。とても大事なポストにいる。引き抜きは許さない」
それを聞いた瞬間、恥じらいで真っ赤だったマリーの顔が蒼白になる。
「ま、マスター……だと? 少女にマスターと呼ばせてる? こ、これが奴隷ハーレムというやつか!? わ、私との結婚を断ったのはこのせい? もしかしてレイは少女しか愛せないのか!」
「なに恐ろしい事を口走ってんだ。ねーよ!」
だがマリーはガチガチと爪を噛む。
「まさかこの可憐な子に裏でこっそり『お兄ちゃん』とかと呼ばせているのか? わ、私に勝機など……もはや……」
「お兄ちゃん♪」
「レン、そういうギャグはやめなさい。信じちゃうやつがそこにいるから」
「れ、レイ……私……今日は頭を冷やす」
「すべて誤解だからなー。俺はちゃんと就職してちゃんと働いているからなー」
ただし就職先は魔王軍。肩書きは四天王。主な任務は食堂のおっさんである。
マリーはそうとも知らず、フラフラとした足取りで宿屋の方に消えていった。
「ねえ、マスター。マスターは貴族なの?」
「もと子爵家の跡継ぎ息子。つっても養子だけどな。まあ人間の王国の事なんて気にすんな。俺は帰らないからな」
「でもマリーはどうするの?」
「幼なじみの俺の前だと少しポンコツになるが、あれでも王国屈指の魔法剣士だ。それにあれだけの美人だ。心配しなくとも縁談は選び放題。俺に関わらない方が幸せになるさ」
レンは眉をひそめる。いや、むしろ額にしわを寄せる。
「レイはいつか刺されると思う」
「え、なにその顔……俺がなにか悪いことした?」
「それがわからないから悪い! マリーかわいそう」
レイはなにがなんだかわからなかった。
ちなみにレンはアリシアたちにマリーのことを報告。
レンと同じくむくれたアリシアは、レイにひたすら「なでなで」を要求したという。
◇
数日後、アダルトフォームで山の仲に作った村に行くと、すでに形になっていた。
山を修理するときの廃材で小屋ができ、柵も鶏小屋も作られていく。
だがその鶏の様子がどこかおかしい。
「鶏?」
レイは指をさした。
「コケーッ!」
指の先では牛くらいの大きさの鶏が毒々しい水玉模様の卵を産んでいたのだ。
「豚王よ、鶏ってみんなこうなのか?」
アリシアは目を点にしている。
シルヴィアはそれよりも養蚕の方に興味があるのかフラフラと抜け出し、アーヤとレンは頭を抱えている。
「俺の知っている鶏はあんな毒々しい卵を産まない!」
すると側にいたジェームズはポリポリと額をかいた。
「レイ様、ひどいなあ。ちゃんとした鶏ですよ。えっと、たしかコカトリスっていう品種で……」
「コカトリスじゃねえか! それは鶏じゃねえ」
「ちょっと言葉が通じて石化光線を出すだけですって。雛から育ててるからかわいいもんですよ」
ちょっとどころの騒ぎではない。
骸骨姿のアーヤがカタカタとアゴの骨を鳴らした。呆れているようだ。
「コケーッ!」
コカトリスもレイたちに抗議する。
「危険じゃないもん!」と言わんばかりである。
「わかった。俺が悪かった。でも卵はどうすんだ?」
「無精卵はちゃんと渡してくれますぜ」
「……食べられるの?」
レイは思わず聞いてしまう。
それほど奇異なことなのだ。
「そう仰ると思ってお土産を用意してます。濃厚で美味しいですよ」
美味しいらしい。
コカトリスは「えっへん」と偉そうにしていた。
「……うん。ありがとう」
結局、レイは未知の食材への好奇心に負けた。
卵をもらうと今度は段々畑に行く。
「畑は……レイ様のようには……なかなか難しく。まだ土を掘り起こしている段階です」
畑の土は硬く、パサパサしていた。
「えっとさ、モスマンのさなぎってどうしたっけ?」
処分に困っていたのを肥料用としてレイが集めさせたのだ。
「土の栽培の計画が遅れで魔王城の倉庫に眠っているはずです。でも本当に効果あるんですか?」
「あるよ。それと地下の農場から出る魚の糞も乾燥させて撒いて。コカトリスの糞は村から少し離れたところで熟成させて。においがキツいから絶対に村の近くでやるなよ」
「かしこまりました。他はございますか?」
「骨と灰も必要だ。それと材料ができたら土に入れて混ぜまくって土が冷えるまで数日放置……で、土ができるはずだ」
「できるはず……なのですか?」
「それについてはだな……アーヤの工房に来てくれ」
「レイと我の共同研究ぞ」
「ガガガガガ……手伝った」
レンが「手伝ったもん!」とアピールする。
そのままジェームズを宿舎の地下に案内する。
そこにはいわゆる顕微鏡が鎮座していた。
「なんですかこれ?」
「小さなものを見る機械だ。レンズを……って、まあいいや、王国でも作ったが目の前で焼かれたものだ」
「レイ様の昔話は、毎回闇しかありませんよね」
レイの作った発明は、例外なく一度は壊されるか焼き払われている。
まさに闇である。
「王国では聖光中央教会が認定しない技術は全て犯罪になるんだ」
アーヤはふんっと息を吐く。
王国では植物は農地の神の力で育つと考えられている。
神様の力を増やすには祈りが必要だ。
豊作は神への祈りをがんばった。凶作のときは神の祈りをさぼったので村人の誰かが処刑される。
それがメタリア王国の常識だった。
だがレイは土に神の力ではない『なにか』があると考え、それを解き明かそうと思ったのだ。
それは背教行為だった。まだ少年だったレイは鞭打たれ、開発した道具は全て廃棄されたのである。
「愚かなものだ。創造を否定すれば民は苦しむだけぞ」
アーヤは骸骨をカタカタと鳴らす。レイにはアーヤがかなり怒っているのがわかった。
「それでアイデアは俺、精度のいいレンズの製作がレン、アーヤが組み立てと調整をしたんだ。できたのがこれ。さあ、のぞいてみろ」
ジェームズが顕微鏡のぞくと小さな点がモゾモゾと動いていた。
「へい……なんかー、ごま粒みたいなのが動いてますな」
「それが土の中でいろんな働きをしてると思われるんだ。栄養を作り出したりとか毒を除去したりとかな。ゴミを土の中に埋めておくと、キレイになくなるのはこいつらが喰ってるんだ。こいつらは水の中にもいるぞ。今のところなにをしてるかはわからんけどな」
「へえ……難しいんですね……。それでこれが土作りとなんの関係があるんですか?」
アーヤがカタカタと音を鳴らす。
「……つまり、この小さな生物のエサを放り込めば、植物のエサを作ってくれるのじゃ。死した生き物は土に還り、植物を育て別の生き物のエサになる。その生命が循環する謎をある程度解明できた、と言えるだろう」
「なるほど。人間が言ってた『神様の力で』っていうやつよりはわかりやすいですな……って大発見じゃないですか!」
「ふむ、数百年はこれで遊べるぞ。くくく……我の信奉者たちに教えてやらんとな……ぐわーはっはっは!」
アーヤが悪役笑いをした。
アーヤの信奉者とは、王国では邪教徒とされる一派だ。
子どもを生け贄を捧げたとか、邪神を復活させようとしていると言われている。
実際はレイと同じで「神様のご加護」や聖光中央教会を疑っているだけの集団である。
彼らが動くことで、レイよりもより専門的に検証がされるだろう。
みんなが納得しているとアダルトフォームのアリシアとシルヴィアが部屋にかけ込んでくる。
「レイ! これを見ろ!」
2人の両手には大きな繭が握られていた。
「モスマンの繭もらったの! 絹だよ! 服を作れるよ!」
「レイ、服! 服作ろう!」
2人は完全に今の姿とキャラクターを見失っていた。
ソワソワと身を震わせ、目を輝かせていた。
「あー……魔王様。シルヴィア様。ちょっと落ち着いてください」
そこで2人はジェームズを発見し、コホンと咳をした。
「すまないレイ。少し興奮してしまったようだ……。ふふふ、私も娘らしいところが残っていたのだな」
アリシアがごまかした。
現状、思いっきり娘である。
「すまないレイ。ふふふ、新しい防具の事を考えたら少し興奮しちまったぜ!」
シルヴィアも無理なキャラで取り繕った。
だが2人だけではない。アーヤもレンも繭を凝視している。
「かしこまりました。あとで採寸させましょう」
レイも「もう遅い」と思いながらも乗っかった。
ジェームズは特におかしいと思わなかったのか、何も言わなかった。
レイは他人事なのに安堵した。
こうして視察は終わったのである。
なおレイの農業の効果はもう少し後で判明する。




