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戦いの前の休息

「諸君らは、明日から遂に、実戦を経験することになる。

もしかしたら、死人も出るかもしれない。親しい友人と別れることもだ。

しかし、私たちはそんな親しい人々を守るために戦わなければならない。

これは決して犬死にしろといっているわけではない。諸君らが考えることは第一に命を落とさずに戦うことだ。分かったな!」

「サー、イエッサー!」


 ここに来てから二ヶ月、僕らはついに、実戦の前日を明日に控えていた。

教官の言葉はとても身にしみた。僕は、ユリアや神父さん、みんなを脅かす未確認生命体を一匹でも減らして、みんなの未来を明るいものにしようと、そう思っていた。

戦いの過酷さは知ってたし、仲間や、自分自身が死ぬ事だってありえたけど、僕は必ず、使命をやり遂げようって、この時の僕は本当に希望に満ち溢れていた・・・。


教官の言葉が終わり、士郎はいつも通っていたジムも、あれから一ヶ月続いたイグナとのトレーニングにも今日は行かずに真っ直ぐにユリアの待つアパートに向かった。

軍の施設を出ると、士郎はターミナルへ向かう。

駅へ向かう途中には軍で見かけた顔が何人も歩いていて、考えることは一緒なんだな、と、士郎は思った。もう、空は薄暗くなりかけていたが、次の電車が出るまでは時間がある。

ゆっくり歩いて行こう、と士郎は歩幅を緩めて思い立った。

もしかしたら今日が最後になるかもしれない(少し大袈裟か、と士郎はフッと唇を緩めた。)この景色を見るのも。並び立つビルは見上げるほど高く、人々で街は賑わい、士郎もその中に混じって歩く。

そんな士郎の眼にはジュエリーショップが映っていた。

士郎は何の気なしに、その中に入っていった。

ジュエリーショップといってもそんなに本格的な場所ではなく。

とても安いガラス細工で、若者が軽い気持ちで身につける小道具が置いてあるような店だった。

よって店内も清楚でかつ、豪華な雰囲気ではなく、どちらかといえば、チャラチャラした感じの雰囲気の店内だった。

しかし、士郎は店内に足を踏み入れた時点で、少し途方にくれてしまった。

なにを買うというのだろう、一度も女性にプレゼントなどしたことはないのだ。

だが、ここで店を出るのも周りの目が気になるところだ。

士郎は挙動不審気味に不自然にきょろきょろしながら歩いていた。

店内は、派手な格好をした若者が多く、トレーニング用の軍用スーツを着ている士郎は浮いていた。

「なにか、お探しですか?」

不意に、士郎に店員から声が掛けられた。

店員も異常にチャラチャラした格好をしていて、士郎は一瞬、客から声を掛けられたのかと思った。

「はあ、ここにくるのは初めてなんですけど。」

店員はきついマスカラでくっきり浮かびあがらせた眼を士郎の服装に向けて、

「そうでしょうね。」

と、頷いた。

「彼女への贈り物ですか?でしたら、こちらのハートの指輪なんて。」

「い、意味深過ぎます、意味深過ぎますよ!」

士郎は必死で首を横に振った。

店員は、「あら、そう。」といいながら、次の商品に眼を移した。

「じゃあ、これは?」

と、今度は翼をあしらったネックレスを差し出した。

金色の卵のようなものに、銀色の可愛らしい天使の翼を連想させる装飾が付いたものだった。

「あ、じゃあ、これにします。」

と、士郎は店員から逃げたい一身で、即答した。

「じゃあ、カウンターの方へ回ってください。」

店員は自らも移動しながら、士郎をレジへ導いた。

そして、士郎は渋々お金を出すと。アクセサリーの入った、可愛らしく包装された袋を掴んで、逃げるように店を後にした。そんな、士郎に、後ろから「がんばってね~。」という、声が掛けられたが、士郎は聞こえない振りをした。

その後、士郎は駅へ向かって、再び歩き始めた。厄介な荷物を抱え込んでだ。

携帯端末で時間を確認すると、思った以上に時間が過ぎていたので、士郎は駅に向かって急ぎ足を更に早めた。


いつものアパートに着いた士郎は少し息を切らしていた。

今日はユリアとの大切な約束の日、そして、二人の大切なお客さんも招いている。

・・・、もう来ているだろうか?

士郎は階段を駆け上がって、いつもの部屋、203号室に向かった。

このアパートは決して古くはなく、むしろ新しい、中々住み心地の良い所だった。

実際、この辺にいる出稼ぎの兵士達の根城としてこのアパートは建設されているので建てられてから、そう何十年も立っているということはないだろう。

士郎は203号室の鍵を使って中に入った。

玄関に入ると、笑い声が聞こえてきた。

客はもうすでに来ていたようだ。

士郎はそのまま声のするキッチンルームへ入っていった。(ここは、どちらかというと、英米系の慣習が強いので、家に上がるとき、靴を脱ぐ必要が無い。)

「あら、おかえり、士郎。」

そんな士郎に真っ先に気付いたユリアが笑顔で士郎を労った。

「お邪魔してるぜ、シロー。」

「イグナさん、いらっしゃい。」

お客として招いたイグナが次に話しかけてきた。

そして、

「これが妹のサラだ。」

「ヨロシクね、シローさん。」

「うん、よろしく、君の事はイグナさんから聞いてるよ。」

サラは十四歳で、金髪をツインテールに結び、その整った顔立ちが印象的な美少女だった。

水色のワンピースを着ている。

「さあさあ、士郎も早く座って。」

ユリアはテーブルの空いた席を指差して、士郎を座るよう促した。

それから、楽しい談笑が始まった。


「ええ!サラも改造兵なの?」

パーティーも終盤に傾いたとき、士郎は驚きの言葉を発した。

「うーん、その呼び方は好きじゃないけどね。」

それに対してサラはすこしうつむきながら答えた。

「兄弟が片方、細胞の適合者なら、もう片方も適合者である確率が高いんだ。」

イグナが説明を添える。そんな中、サラはなんだか居心地悪そうにしていた。

士郎はサラの感情を読み取って、言った。

「大丈夫だよ、サラ。僕達は君を怖がったりはしないよ。」

「本当に?」

サラは顔を上げると、上目遣いで士郎とユリアの顔を交互に見た。

士郎もユリアも頷いて、サラを見た。

すると、サラは直後泣き崩れた。

士郎もユリアも慌てて、「何?何か悪いことした?」などと言いながらオロオロしていた。

「いや、サラは嬉しいんだ。ずっとこの力のせいで友達が出来なかったからな。

・・・、ここに連れて来て、良かったぜ。」

イグナはサラの頭を撫でながら、そう呟いた。


―その夜の残りの時間はサラを泣き止ませるのに使った、きっとずっと溜めていた涙だったんだろうな。

思えば、何で僕はサラの気持ちが分かったんだろう?

もしかしたら、自分が異質な存在だと、気付き始めていた僕は同じような気持ちを抱えていたのかもしれない。自分が異質で、周りと違うという疎外感、それを理解できたのは僕だからだったかもしれない。

イグナさんとの戦闘で、何度か味わったあの感覚が、僕を孤独にさせていた。

僕が僕でなくなり始めたのは、この時からかも知れない・・・。

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