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訃報

ユリアは突然の訃報に驚きを隠せなかった。

悲嘆に暮れるでもない、涙を流すでもない、ただ、悪い冗談だと思いたかった。

「士郎が、死んだ?」

アパートの一室に突然電話が掛かってきたのだ。

それは無機質な事務連絡、テレビで日本の渋谷が壊滅したという報せが出る前に、その電話は届いた。

『ご愁傷様です。』きわめて事務的な声、人が死んだことなどどうでも良いと言うような声。

いや、もしかするとユリアがその訃報によって多少暗鬼的に成っているのかもしれない。

ガチャリ、と電話の受話器を置くと、ユリアはその場にへたり込んだ。

「どうすれば、いいの?士郎、私は・・・。」

答える者はいなかった。

ただ、静寂がその部屋を支配するだけ・・・。


 第一小隊専用の施設、ミーティングルーム、無数の椅子が設置されており、その椅子の向かい側に大きなスクリーンが設置されている。今はスクリーンを使用していないため明るく照明が付いている。そんな場所で、小隊のメンバーは、士郎の訃報をユリアとは違い当事者であるセイファから聞いていた。

「どういうことだよ?

 何で士郎が戻ってこないんです、隊長!」

今にもセイファに掴みかかり、拳を振り上げようとする勢いで問いただすイグナ。

セイファはどこかうつろな眼で、答えた。

「今回の任務で、神谷士郎はテロリストの自爆テロで死亡。

 まだ死体は見つかっていないが、絶望的と思われる。

 フレイヴァナディースも爆発に巻き込まれて、おそらく死亡した。」

淡々と事務連絡のように、告げるセイファに、イグナはいよいよ頭に来て拳を振りかざした。

「あんたのせいだ!あんたが、アイツをあんな任務に行かせるから!」

イグナの右拳が、セイファの左の頬に強烈な一撃を喰らわせる。

洒落にならないような音とともに、セイファの体が、ミーティングルームの壁に叩きつけられる。

その場にいた全員が、驚き、イグナを押さえつけた。

「落ち着いて、イグナ、別に隊長のせいじゃないだろう?」

サクヤがイグナの腕を両腕で押さえつけながら、必死になだめようとする。

「お兄ちゃん・・・。」

サラは兄のそんな様子を見ながら、思う。

兄にとって、士郎は、今まで腕を磨き合ってきた仲だ。

対等に平等に、二人は友達として、仲間として接してきた。

知ろうという存在は、兄にとって無くてはならない存在になったに違いない。

その大きな存在が居なくなった今、兄は怒りのやり場を当事者のセイファに向けている。

誰が悪いともいえない、そんな世界で生きていることを兄も分かっているはずなのにだ。

だが、セイファは呟く。

「そうだ私が悪いのだ・・・。」

その本意は隠しても、それでも、謝らなければならない。

「全ては、私の責任だ・・・。」

全ての罪は自分にあるのだと。

「好きなだけ殴ってもらって構わない・・・。」

免罪を請うように、自身の咎を呪うように。

「イグナ、私が彼を死に追いやってしまったのだ。」

彼は、真実の一部を打ち明ける、それは色々な意味に取れる言葉で、例えば、自分の見通しが甘かったせいだと、自分自身を責めているようにも聞こえる。

誰もが、セイファ自身が士郎の死に直接関わっているとは思わなかった。

だから、イグナはどこにもぶつけられなくなった怒りを両手で、吐き出すように床に叩きつけた。

コンクリート製の床はたやすくひび割れる。

「くそおお!またかよ!またなのか?」

叫ぶイグナは、行き場のない怒りは鞘の無い刀のように危うく所有者自身をも傷つけてしまう。

イグナは、自分の中のそれを御しきれずに居た。


豪勢な家の、二階の一室、風紅龍は目を覚ました。

眼を左手で、擦りながらぼんやりと部屋を見渡す。

初めて今日、一人で眠った。

昨日、双子の兄、風青龍との分離手術を受けたのだ。

もう片方の手には、手術のあとが残っている。

さすがに兄弟とはいえ、男女が一緒に寝続けることは世間体的に良くないことは分かっていた。

だが、今紅龍は、喜びに満ち溢れている。

「今度、士郎さんに会ったら、青龍に邪魔されずにアタックできるかも。」

紅龍は、士郎に助けられた日から、彼を意識していたのだ。

そして、彼女は妄想に耽った。

士郎と一緒に買い物、士郎と一緒に遊園地に、士郎と一緒にアイスを食べたり。

「恋人になったら、手を繋いだりも出来るよね?

・・・・・、 はっ、いけないいけない。」

妄想に耽るうちに言葉にしてしまっていた。紅龍は、首をブンブン振って、自分を戒めた。

そして、ため息をついて独り言をいつの間にか言ってしまう。

「そもそも、また会わなきゃ、そんなこと出来ないよ。」

独り言は、人が孤独になると増える、一種の防衛機制だというが、彼女ももしかしたら、意識していない部分で、青龍と離れた寂しさを感じているのかもしれない。

ともあれ、乙女の悩みは尽きない。

とにかく、身だしなみを整えようと、立ち上がる。

いつ士郎にあってもいいようにだ。

それ以前に、彼女は歳の差とか、国籍の違いとか、両親の反対とか、色んな諸々の弊害を乗り越えなくてはいけないのだが、恋する乙女は盲目的だった。

冷静で大人びた印象を受ける紅龍でも、恋の前では、その仮面はすぐに外れてしまう、のかもしれなかった。

広い家の、今出た部屋のすぐ脇にある階段を降り、一階の洗面台に向かう。

バスルームや、トイレが一緒になった部屋で、紅龍は顔を洗った。

洗顔クリームを塗って、細やかに顔を洗っていく。

青龍が一緒では出来なかったことだ。

そして、髪を結び頭の後ろに、お玉を作ろうとしたが、中々上手くいかない。

初めてのことだからだ、毎日婆やが、髪型を整えてくれていた。

それでも、四苦八苦しながら、記憶を穿り返し、何度も見た動作を再現する。

「これで、よし。」

顔を綻ばせて、鏡で自分の姿を確認する。おかしな所は無さそうだ。

彼女は再び、自分の部屋に戻り、巨大なクローゼットを開け、沢山の服から、一着を選び出す。

今まで、普通の服を着ることが出来なかった紅龍、何故かというと、片方の手が兄と癒着していたということは、普通の服では、袖を通すことが出来なかったからだ。

というわけで、彼女は今まで、袖口からもう片方の袖口までにチャックをつけた特殊な服を着ていたのだ。

そして、今回ついに普通の服を着ることになる。

紅龍は、赤いチャイナ服を取った、赤いバラの花が刺繍がされた、豪華そうな服。

あの時着ていたのとは違う、お洒落に重点を置いたものだ。

そして、再び一階にもどり、今度はキッチンに行く。

お腹が減ったのだ。

おそらくそこには、長年この家に仕えている婆やがいるだろう。

ドアを開けてみれば、案の定、婆やがせわしなく手を動かしていた。

しかし、ふと手を止めて、こちらを見る。

皴が刻まれた顔がこちらを向き、笑顔になる。

「あら、お嬢さん、お目覚めですか?」

「うん、パパとママは?」

「お仕事に行かれましたよ?日本で大きな事件があったとかでてんやわんやですって。」

風兄弟の母親と父親は、エリアの役員として働いており、任務完了後の、事態収拾などをする仕事を主にやっている。

「日本?」

「はい、しかも、エリアの兵士が一人死んだそうなんですよ。

 しかも、第一小隊所属の、こんな事態は予想もしていなかったようですから、遺族の方に明日挨拶にいかれるとか、なんでも16歳の少年で、日本人なんですって、故郷で死ぬことになるとは何の因果なんでしょうかねえ。しかも遺族の方はまだ幼い少女だって言うじゃありませんか。」

16歳の少年?日本人?紅龍には、覚えがある、それに該当する人物に。

「ねえ、その人の名前はなんていうの?婆や。」

「ええ、確か、神谷、士郎とかいったと思いますけど?

 何故、そんなことを?」

「神谷士郎。」

確かに聞き覚えがあった、密かに思いを寄せている相手の名前ではないか。

紅龍はその場に座り込んでしまった。

「あらあら、どうなさったんです?」

婆やが心配そうに駆け寄ってきた。

だが、紅龍はその名をもう一度呟いただけだった。


その夜、紅龍は、母と父が帰ってきた、夕食の席で切り出した。

「ねえ、パパ、ママ、明日、パパたちが挨拶に行くって言う遺族の人の所へ、私も付いていっていい?」

紅龍の父と母は、顔を見合わせた。青龍もわけがわからなそうに首を捻った。

「まあ、いいけど、どうしてだい?」

「その人、私たちを助けてくれた人かもしれないの!

 だから、お墓参りとか、遺族への挨拶ぐらいはしておきたいの!」

紅龍は必死に言った。

父、風黒龍は、頷くと、優しく言った。

「ああ、あの病院のときに助けてくれたという少年が彼だったのか。

 それは、感謝の一つも言えずにこの世を去られるとは・・・。

 よし、いいだろう、紅龍も青龍も、明日私に着いてきなさい。

 遺族の方には、せめて、家族全員で、感謝と黙祷を捧げなければ。

 それにしても、惜しい青年を亡くしたのかもしれないな・・・。」

紅龍はなんとか自分の頼みが聞き入れられて、ホッとしていた。

そして、父に感謝を述べ、その後、長すぎる夜を過ごすことになった。


朝、紅龍は、黒い装束を身に纏い、家族の待つ、玄関へと向かっていった。

「それじゃあ、行こう。」

父親の合図で、全員車に乗り込み、婆やがそれを見送りながら、車は出発した。

一時間ほどで、目的地に着いた、こじんまりとしたアパートの前に、黒塗りの高級車が停まった。

「確か、203号室だったな・・・。」

黒龍は階段を上っていき、皆もそれに続く。

201、202、を通り越して、203号室をノックする。

中から足音が聞こえる、そして、ガチャッとドアが開かれ、中から十六歳ほどの少女が出てきた。

長い黒髪に、白い肌、東洋人的な容貌の可愛らしい少女だったが、その目は泣き腫らしたように充血していた。

「あ、お電話した、風黒龍です。神谷士郎君の件で、伺いました。」

慌てて、用件を述べる。

少女は、笑顔を浮かべた。ボロボロな壊れそうな、ヒビの入ったガラスのような笑顔だった。

そして、男に着いてきた二人の子供を見て。

「そうですか、風という苗字を聞いてから、もしかしてとは思っていましたが。

 また会えるなんて、嬉しいです。」

わざと気丈に振舞っているのは青龍の眼から見ても分かる。

無理やりすぎるその笑顔も元気も、いっそう彼女の悲しみを、他人に伝えているだけだった。

「さあ、どうぞお入りください、お茶でも淹れますから。」

少女は逃げるように、奥へ向かった。

黒龍と家族は、躊躇しながらも、中に入ることにした。

奥へ行く少女の背中は、確かに泣いていたように思う。

こういう時は、居間に案内するのが礼儀なのだが、それを咎は誰にも出来なかった。

というわけで、家族は、居間を見つけ、中へ入り込む形になった。

しばらくして、お茶が運ばれてきた。そして、少女は茶菓子のようなものを出した。

「こんなものしかお出しできませんが・・・。」

「いえ、お構いなく。」

黒龍は、戸惑い気味に、とりあえず最低限のマナーを守る。

皆、お菓子には手をつけない、気まずくて、そして、沈黙を守りたくてだ。

「あの、お話というのは?」

沈黙を破ったのはユリアのほうだった。

「ああ、はい、この度、神谷士郎君が戦死し、一年間契約は解除されました。

 日本に、貴方の育ての親が滞在していると聞いていますので、帰りの飛行機と、このアパートの荷物の整理と運送を私どもが請け負います。」

「そんなことまでやってくれるんですか?」

「はい、エリアは、契約書で皆さんのご家族をお救いすると誓った以上、契約書が死んだあとでも、最低限のお世話を遺族の方にするという方針を持っています。

 これは全て、ハザード=クライシス長官の方針です。

 そして、死亡保険、円に直すと、一億九千万円が貴方に渡されます。」

そう言って、黒龍は書類を取り出し。

少女に差し出した。

「ここにサインを頂ければ。」

しかし、ここで、今までまがいなりにも笑顔を浮かべていた少女の態度は一変した。

「私、こんなの要りません!私は、士郎が、士郎と・・・。」

少女は泣き崩れ、家族は、その様子を見て、不憫に、ただ不憫に思った。

「士郎君の人となりは、私は良く分かりません、しかし、彼は勇敢な戦士だった。

 それに、お金は汚れたものではありません、士郎君を供養するためにも、このお金の使い道を模索してください、どうか、お願いします。」

ユリアは、泣きながらも、ハッとしたように、顔を上げると。

「士郎の、供養?」

「はい、士郎君の供養です。

 このお金が無ければ、墓を建てることも、まあ出来なくはないでしょうが、中々に難しいでしょう。」

「そう、ですね・・・。」

少女は、泣きやむと、差し出されたペンを握った。

そして、ゆっくりと、ペンを走らせる。

「はい、これで一つ目の用件は終了です。

 後は、まだ士郎君の遺体が見つかっていない件ですがどういたしますか?」

「出来れば、探して欲しいです。

 そうじゃないと供養が出来ません。」

「はい、分かりました。では、今後の貴方の居住地ですが、貴方の生まれ育った、教会でよろしいですか?それとも、ここに留まることも出来なくはありませんが・・・・。」

ここで、黒龍の声が途切れる、玄関から、インターフォンが鳴ったのだ。

「少し、お待ちください。」

ユリアはそう告げると、その場をあとにした。

しばらくして、ユリアは大柄な男を連れてきた。長い金髪、歴戦の戦士を思わせる風格。

「セイファ隊長ではありませんか!どうして、ここに?」

黒龍は面食らったように問う。

「ああ、君達と、この娘に用があってね。

 ここに私が来たことは内密に願いたい。」

ここで、セイファは紅龍と青龍をチラッと見た。

「子供たちに席を外させますか?」

「いや、かまわんよ。」

そして、セイファは話し始めた。

「如月ユリア、君の身柄は私があずかる。」

「えっ?」

ユリアはキョトンとした、予想もしない話だった。

「君は私の家で預からせてもらう。

 君と私で、養子縁組を組むんだ。」

「急に、何で?」

いよいよ話がぶっ飛びすぎて分からなくなるユリア。

「如月総司、これは私の親友の名前だ。

 数年前、如月は病気で死んだのだが、その時に、娘を一人、日本のある教会に預けてる手配をしている。それが、君だ、如月ユリア、後で調べて分かった。親友のたった一人の実の子が君なのだ。

 だから、私は君を引き取って育てたいと思う。」

「そう、なんですか・・・。」

ユリアは唐突な話に面食らったが、かろうじて感情のキャパシティが満杯になることは無かった。

「如月は有名な科学者だった。

そこで、君の日本にいた時の学業の成績を調べさせてもらった。

 前にいた中学校では、君は常に学年トップをキープしていたようだね?

 知能指数もかなり高い数値を出している。」

「それが、何か?」

簡単に引き出すエリアの情報網に唖然としながら、ユリアは問う。

「君は、ここ、エリアの学校で学ばないか?

 きっと輝かしい未来が待っている。

 私は、如月には本当に世話になった、だから、せめて君の事だけでも、精一杯面倒を見たいんだ。

 それが、みすみす士郎君を死なせてしまった、私の責任でもある。」

ユリアはしばし逡巡し、答えに窮した。

「いや、すぐに決めなくて良い、だが、早めに頼む。

 私の用件はそれだけだ。君の育ての親である神父のことも私は知っている。

 話は私のほうからもつけよう、彼とよく話し合うといい。」

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