エクスターミネートコマンド
「おい!先方部隊が全滅したそうだ!どうする?」
セイファの戦闘から、数分後、その報せは、地下室の薄暗い部屋を駆け巡っていた。
狼狽するもの、うろたえるもの、怒りに任せて、足を踏み鳴らすもの。
「落ち着け・・・、我が友たちよ。」
これまで無言で奥の席に座り、そんな光景を見ていたワイズマン=カルカロフは厳粛だが、どこか軽い、芝居がかった口調で、仕草で、メンバーを宥める。
その言葉の、不思議な魔力にかかったように、その場は静まり返った。
「なに、おそらくこの短時間で、我が友が殺されたということは相手は改造兵だろう、仲間に引き込めばいいことだ、この文章を見せれば、フレイ=ヴァナディースのようにわが同胞になってくれるかもしれん。」
細い体、青白い肌、ひょろりと長い長身、銀縁の眼鏡、インテリ風のお坊ちゃまにしか見えない容姿、この人物がテロリストを率いているといわれたら、誰もが疑うだろう。
「しかし、もしもこちらの情報が疑われたりしたら。」
「我が友よ、その時は戦えばよい、例え敵わずとも、我らの勇気を、終末を望む気概を相手に見せ付ければいいのだ。我らの勇気を敵に見せつけ、ここで終末の引き金を引けずとも、いずれ来る終末がくれば私たちの夢は果たされる。私たちが、失敗しても、神がいずれこの世界に裁きを下さるだろうから。神の手を煩わせるのが心苦しくて、私たちは決起したに過ぎん神の御手を煩わせることになっても、神は最後の審判で、我らを勝利にお導きくださる。
我が友よ、死を恐れるな、我が友よ、勇敢であれ、終末のときは来た、世界に安楽を・・・。」
「世界に安楽を!終末のときは来た!!」
全員が、催眠術に掛かったように声をそろえた。
歌うような言葉に、詩を口ずさむような雰囲気に、自然と愚か者は付いてくる。
ワイズマン=カルカロフはその光景に、笑みをこぼしながら、時を待った。
その時、上の方で凄まじい轟音がした。
その場に居た人間はビクッとする、しかし、ワイズマンだけは微笑を崩さない。
そして、ワイズマンの真正面のドアがゆっくりと開かれ、その男は悠然と姿を現した。
「来ましたか・・・、エリアの改造兵。」
「お前がボスか・・・。」
ワイズマンの取り巻きが銃を構え、セイファを取り囲むように展開した。
これに、ワイズマンは困り果てたというような顔を作って言った。
「我が友たちよ、そう熱くなるな、まずは彼と話し合おうじゃないか、何事も武力だけで何とかしてはいけない。」
「ふん、テロリストのリーダーが何を言っている。
さんざん武力介入を行っておいて話し合おうだと?どの口がそれを言う。」
セイファの態度は、冷淡なものだった。一切妥協を見せないその姿勢に、ワイズマンはむしろ感動をうけながら、続けた。
「これを見ても、君はその姿勢を崩さずにいられるかな?」
そう言って、ワイズマンは右手に持っていた。書物をセイファに見せ付けた。
「なんだ、それは?」
「これは、如月という研究員が書いたレポートだ。
君達エリアの実態がここには書かれている。」
「・・・聞かせてみろ。」
セイファはワイズマンを睨みつけながら、レポートの音読を促した。
「いいだろう、君っが後悔しなければ、フレイ=ヴァナディースはずっと後悔していたようだったからね。」
そして、ワイズマンはレポートを読み上げ始めた。
エリアという巨大な国という形をとった、実験都市の実態を・・・。
「もういい・・・、どうやら本物らしいな。」
話の半ばでセイファは口を挿む。
そして、突如、強烈な怒気がその場を包んだ。怒気を放っているのはもちろんセイファ。
「まさか如月の研究室に忍び込んだ者がいたとはな・・・。
神聖な場所を汚されたわけだ。
私の親友の叡智の結晶を、おまえごときが。」
それは、静かな怒り、それでいて、鋭く、鋭利で、触れたもの全てをバラバラにしてしまいそうな感情の爆発。
ワイズマンは、セイファの逆鱗に触れたことを知った。
「!」
セイファの姿が突如視界からロストする、そして、振り下ろされる桜色の太刀、だが。
ワイズマンはその刀を受け止めていた、手にした武器は十字架の形をした剣。
「改造兵になるためのサンプルのハイマネティックゲノムがあの場所にはあった。
いざとなれば、戦う必要が私にもある。
今回は戦う必要は無いと踏んでいたのだがね。」
突如、ワイズマンは物凄い力で、セイファの剣を弾き返した。
「なるほど、改造兵になったというわけか・・・。」
セイファは、吹き飛ばされながらも何とか体勢を立て直し、刀を構えた。
「手をだすなよ、我が友たちよ。
敵は一人、こちらも一人だ。正々堂々と戦わなければ神はお怒りになるだろう。」
言い終わると同時に、ワイズマンは、セイファ以外の全員の前から、忽然と姿を消したように見えた。
人間を遥かに上回るスピードでの移動、地面を蹴る音だけが、不気味に聞こえる。
その瞬間、セイファの体もまたワイズマン以外の全員に捕らえられないスピードで、走り出した。
高い金属音が、地下室の中央で鳴り響く。その場にいた誰もが、そこに振り返った。
そこには、鍔迫り合いをする二人の姿があった。
「どうやら貴方はエリアの実態を知ってなお、向こう側についていたようだな!」
「私には友との約束がある、世界を滅ぼすわけには行かない、どんな犠牲を払ってもだ!!」
セイファの気迫に僅かに押されたのか、今度はワイズマンが吹きとばされる。
ワイズマンは取り巻きの立っている場所に突っ込み、取り巻きたちはそれを助け起こそうとした。
「すまないな、わが友たちよ、だが、大丈夫だ。」
手を取らず、自らの手で立ち上がる。
「世界は、ここで、終わるべきなのだ!」
再び、二人の体が消え、連続した金属音が、辺りにこだまする。それもあちらこちらから、不規則に、だが、一定のリズムを刻みながら。
ギイイン!ギイイン!と、鐘を打ち鳴らしたような金属音は鼓膜を揺らし、吐き気を催させた。
だが、この戦いを固唾をのんで全員が見守っていた。
そして、再び、中央で合間見える二人、どちらも息を切らしている。
「ニルヴァーナ!」
セイファが叫ぶ。その瞬間、セイファの体から、金色の光が噴出する。
「な、なんだ、あれは。」
ワイズマンは狼狽した。初めて、セイファが知る限り初めて、ワイズマンはうろたえた。
交差は一瞬、勝敗は決した。
桜色の太刀が、ワイズマンの体を切り裂いていた。
取り巻きたちが悲しみの声を上げ駆け寄る。
だが、セイファは無慈悲に刀を振り上げた。
桜色の刀身が、赤に染まる。目的は達した。
外に出ると、セイファは携帯端末の無線国外電話機能を使い、ハザードへ連絡した。
「作戦は終了しました、第四小隊の投入と共に、不穏分子の排除、エクスターミネートコマンドを施行してください。」
『よくやってくれた、あとは神谷士郎とフレイヴァナディースだけだ。
迎えのヘリをやるから、早々に非難したまえ。」
「はい。」
そう呟いて、携帯端末の電源を切ると、セイファの真上に、ヘリが現れた。
今まで気付かなかったが、プロペラ音が鳴っていたのだ。
ハザードの仕事の速さに感心しながら、セイファはヘリに乗り込んだ。
神谷士郎は、今も自分の事を信じながら戦っているのだろう。
セイファは、乗り込む直前で呟いた。
「如月ユリアの面倒は私が見る、君との約束でもあるし、如月総司との約束でもある。」
セイファはそれだけを言うと、ヘリに乗り込んだ。
群集を前に、士郎とフレイは向かい合っていた。
「私は、エリアには戻れない、エリアの秘密を知ってしまったからだ・・・。」
「秘密?」
士郎は問う、その謎めいた一言に対し、問う。
「そう、エリアは最強の生命体を創り出すための実験都市、私たちが戦っていたのも全てはそのため、sinに戦闘を経験させ、その度に未確認生命体は強くなっていく、その為の出汁だったんだよ私たちは。」
「どういう・・・。」
「sinはエリアがつくったものだということだ!
全ては、エリアの狂言だ!効率の良いシステムだったんだ!」
士郎は未だに、話が呑みこめなかった、sinがエリアに創られた?
「私は、エリアを潰すことで、私の正義を貫く!そこをどけええええ!!」
フレイが突如、突進してくる、全てをかなぐり捨てたような一撃。
耳を劈くような咆哮、だが、フレイは涙を流していた。
士郎は何とか、振り回される二本の剣から身を交わすと、息を切らして、士郎を凝視するフレイを見据えた。が、この瞬間、フレイは急に咳き込み始めた。
「ゴホッ、こんなに早く発作が・・・。」
士郎の頭に、ある可能性が浮かび上がる。
「もしかして、貴方は・・・。」
「くっ!そうだ、私は改造細胞に適合していない・・・。」
荒い息を吐き出しながらも、言葉を紡ぎだすフレイ。
「なのに、こんな苦しみを耐えてきたのに、エリアは私を裏切った。
秘密を知った私を、殺しに、刺客を、よこした。」
「そんな・・・。」
「いずれ、お前も、裏切られる。
そうなる前に、絶望に染まる前に、私のこの手で。」
そう言って、フレイは懐から、カプセル状の薬剤を取り出して、噛み砕いた。
堰が治まり、フレイの顔に生気が戻る。
そしてその顔が怒りの表情に染まる、だが、それは士郎に向けられたものではなかった。
彼女の眼は、上空を見つめていた。
「まさか、第四小隊を投入したのか!?」
フレイは、絶望がこもった声で、そして、激情の詰まった声で、叫んだ。
士郎もつられて振り返る。
軍用のジェット機が空を滑るように、こちらに向かっている。
「く、あいつら、この暴動ごと私を始末する気だ!」
暴動の民衆がその声を聞き、蜘蛛の子を散らすように、とは言い難い、押し合いへしあいの乱闘を繰り広げながら、我先に逃げようとしていた。
だが、無慈悲にジェット機は爆風を撒き散らす弾頭を人々に向けて、降り注がせた。
たちまち、渋谷区、千代田区を火の海に変えた。
「逃げろ!」
フレイのそんな声が聞こえる。
だが、士郎は動かない、そのまま地面にへたり込んで呟いた。
「はは、なんだよ、それ・・・。」
そして、爆音と共に、士郎の視界が真っ黒に染まった・・・。
エクスターミネートコマンド、エリアの保有する第四小隊は、このコマンドを受けたとき、空中からの爆撃により、指定地を完璧に抹殺する。
これは、例えばsinがその都市を完璧に駆逐し、再建不可能だと判断された場合、sinの発する電子機器を狂わせる特殊な粒子を出さない場所から爆撃をし、sinを完璧に抹殺するために下される指令だ。
今回、エリアはこの措置を日本に対して取った。
だが、表向きには、テロリストによる無差別自爆事件としてこの件は処理された。
世界はテロリストの脅威が去ったことを喜びつつ、この事件で死んだ人間を悼んだ。




