5.
広大な森の南端の方、何頭かの馬が木々に繋がれた開けた場所に立つと、男は一瞬怪訝そうに眉をひそめた。
「やはり何者かが先程、ベヒーモスの巣へ……」
それは上に半袖の上衣、下に厚ぼったいズボン、そして何より背中へ大型の立派な弓負った、精悍な顔つきした30代くらいの人物だ。肌はよく日に焼け、顔には分厚い髭もあり、なかなか手練れの戦士らしきこと、この上ない。
もっともそうして馬の群れ見渡していた男だが、しかしどうやら盗っ人の類ではなかったのだろう。彼は特に獣たちに何をするのでもなく、いやむしろ次いでその向こう、森を抜けた先に広がっているはずの場所をそこから鋭く見つめるのみだったのだから。
「一体、どういうつもりだ?」
加えて密やかな空気の中、一人そんな呟き、零しながら。
賢そうな馬たちが警戒の眼差しこちらへ送っているのには、まるで構いもせず。
「……下手に刺激しなければいいんだが」
むろん警戒心、こちらはこちらで決して解くことなく。
木々に遮られたその視線の先に、何かを確かめようと。
あるいはそれは、一つの迫り来る巨大な危機だったとでも言うべきか。
生来の野性にも近い勘が、働いたがゆえの。
ある、恐るべき……。
「――ん?」
常日頃から、注視している。
しかし、かくてまだ昼下がり、七頭の馬に見つめられながらそんな妙にじりじりとした時間が流れていった、それはその時のことだった。
ゴゴゴゴゴ……
「これは……?」
ふいに、その顔がさらに訝しさを増す。
そう、その刹那彼の聴覚が間違いなく音、それも耳慣れぬ、遠くから訪れる重々しい轟きを捉えたのだ。ゆえに途端ビクッと反応示していたのも無理からぬこと。何より、その轟音が段々と聴く間に大きくなっていった上は。
すなわち、いつしか雷鳴、あるいは地響きかとすら思われるレベルにまで到達してしまったくらい。
とにかくもの凄い勢いで。
しかもそれは明らかに森の彼方、<ベヒーモスの巣>の方から遥か届いてきて――。
「く、地震か?!」
従って男は知らず常識的にそう口走っていたものの。
いつしか目の前の馬たちも、その謎めいた響きに恐れをなして不穏な動き、一斉に示し始めていた中。
「しかし、こんな所で――?」
だがむろん、その真の原因となると彼には一切分かりようはずもなく、
この地ではそもそも地震など滅多になかった以上。
「一体、何が……」
……ゆえに結局のところ自らを落ち着かせんがため、自慢の弓に手を掛けるくらいしか、その狩人には今はやれる手立てがなかったのである。
◇
かくてついに揃った三人の家臣。
差し出された左手の、三つの輝ける印。
「さあ、それを上からガルフ、ロラン、ファムの順に重ね合わせろ!」
そうしてたちまち意気強く告げてくる、リロイの声音――。
「こ、こんなの、いつの間に?」
「リロイ様が掛けたんですか?」
むろん三人のうち二人は、その手の印見つつほとんど事情が分からなかったこともあり、一瞬だけ躊躇示したものの。
「そうだ、急げ! ロランがやっているように」
しかし構わずリロイは両者をせっついてきて、
とにかく時間がないとばかりに。
ベヒーモスたちの威嚇する唸り声が、ますます大きく響いてきた中。
「くそ、訳分かんねえけど、仕方ねえ!」
「ああ、何が起こるんだろう?」
結局ガルフたちも、もう一人の同僚に倣って同じように左手をその上と下に慌てて重ね合わさざるを得なかったのだった。
「……すぐに分かるさ」
対する吸血鬼の、いかにも落ち着いた声、耳にしながら。
「何なの、あの印?」
「さあな。だが、巨人復活に関係あるんだろう」
むろんそうした光景すぐ傍から見ていたアリソンとコールが、その余りの緊張感にゴクリと唾を飲みこんでいたのも至極当然で。
「ああ、やっとこれでアウゴエイデスが……あの子が!」
ゆえにその背後、ほとんど恍惚としたと言ってもいい表情浮かべていたティコの様子には、まるで気づくことなく。そう、なぜかその刹那彼の身体さえもが、仄かに光り出していたことには……。
「よし、ついにその時は来たぞ!」
何よりはたして、その発光に呼応するが如く、リロイの声もますます強いものとなり。
隠しようのない興奮で、満ち満ちた。
そう、それは100年ぶりの秘められた儀式。
絶大なる力の解放。
もちろん<黎明の巨人使い>、リロイ・シュバルツシルト以外、誰一人として行うこと一切適わぬはずの――。
「さあ、今こそ目覚めろ、万能のアウゴエイデス!!」
何よりも、偉大なる神秘、魔術と技術のまさしく混然一体となった。
およそ常識というものでは、計り知ること出来ない。
――甚だしき裏切りと、策謀の結晶。
「わあ、眩しい!」
……そして、それゆえだろう。次の瞬間魔道士がとうとう辺りへ耳をつんざくようなそんな烈声発し、同時にガルフたちの手に浮かんだ印がさらに眩しく発光、
ゴゴゴゴゴ……!
次いでそれに合わせ、たちまちどこかからもの凄い轟音が巻き起こってくると、
「!」
「わあ、これは?」
「す、凄い音!」
――皆はただ訳も分からず、余りに突然の事態に慌てて両手で耳を塞ぐのがやっとだったのである。




