3.
「わあああ! あれのどこが大人しいんですか!」
「きゃあ、こっちへ来る! 全然魔法効いていないじゃない!」
「あんなに沢山! まさかリロイ様の術の効果が切れた?!」
それは広漠たる大地の中、アリソンたちが発した悲鳴だった。
「ど、どうすればいいんだ?!」
「いいから逃げろ、とにかく逃げるんだ!」
「いや、そりゃそうだが!」
しかもそのすぐ背後、猛然と迫り来るある存在から必死に逃れようと、皆が皆今まさに全速力で駆け抜けている最中の。
――よりにもよって体長およそ10エメル、それに鋭い爪と牙という、まるで熊をそのまま限りなく超巨大・凶悪化させたが如き恐るべき魔獣、<ベヒーモス>から。
「三頭か……幻惑の魔法でも試してみるか?」
従って一行の最後尾にいたロラン――ちなみに彼は全身をすっぽり、頭から陽光を防ぐという闇色のローブで覆っている――はちらりとそちら振り返り、ふとそんな妙なこと冷静な風で提案してきたものの、
「やめとけって! とにかくここじゃ余りに不利だ!」
「そうだよ、まずは安全な場所へ!」
それは途端ガルフとファムに当然の如くもの凄い勢いで制止されている。
「まずは西だ、西を目指すんだ!」
何よりリロイの喉も張り裂けんばかりの辺りへ響く大声、それぞれが耳にしながら。つまりはそれくらい、今はまさに尋常ならざる事態そのもの、というやつだったのであり。
余りにも予想外というか。
「駄目だ、これじゃ追いつかれちゃうよ!」
ゆえにティコなどははたして、いかにもあわあわと恐怖に充ちた声、走りながらも上げている程なのだった。
◇
……ちなみになぜリロイ一行が昼日中、岩だらけの灰色の台地でこんな危険な目に遭っているのかというと。
「ゼルムスの原?」
その原因は全て、夢魔の館跡において魔道士アルゴたち撃退後、アリソンに対しリロイが放ったひとつの言葉にあった。
「ああ、そこにアウゴエイデスは隠されている」
「でもそんな地名、聞いたことないわ。一体どこなの?」
「まあそこはここからならカロルの森の向こうにある荒地だが、<ベヒーモスの巣>って名前の方が遥かに有名だからな。本来の名称なんて、今や誰も知らないさ」
何より、色々な意味で実に大きなものが含まれていたその声音。それはまさにアリソンをして、いや他の面子も同様だが、とにかくたちまち驚愕の面現わさせるに充分過ぎるものなのだった。
「! それって、ひょっとしてあのバカでかい魔獣が、うじゃうじゃいるっていう?」
「しかも人間は全く住んでいない。……そんな所が、本当に隠し場所なのか?」
当然の如く、次いで少女と相棒の剣士に矢継ぎ早の質問、忙しなくさせて。
「その通り。なぜならいくら知恵あるソーサリスたちでも、そんな場所に隠してあるなんて普通は考えつかないからな」
もっとも対する魔道士の答えは、対照的にいかにも平静な態で彩られた一言だったものの。
「もちろんこれ以上、安全な所はない」
「……凄いこと考えるのね」
「それくらい、アウゴエイデスは絶対に守らなければならないからな」
どこまでも機械仕掛けの巨人が第一、とばかりに。
――自らの知識と技術、その持てる全てを惜しみなく注ぎ込んだ。
「でも、ベヒーモスなんて私たちも危ないじゃない」
「ハハ、それに関しては全く心配ない。何せ俺が昔、決してこちらを襲わないようあいつらへ魔法掛けておいたんだから。今はもう大人しいものさ」
「あんたが?」
「へえ、凄い」
ゆえにアリソンが懸念の声なおのこと発しても、彼は予想通りと大して動揺した素振り一つも見せず。
三家臣にあっさり敗れ、ほうほうの体で一目散に敵が逃げ去った後、再び元の静けさ取り戻した、沼の中の小島の上。
「何よりデカいとはいえ単純なあいつら、魔法の効果はてきめんさ。さあ、だからとにかく先を急ぐぞ! グズグズしていると、パルメノンに追いつかれる!」
そうしてさらに声音強く、皆をこの先、いまだ未知なる世界へ進むよう促したのだった。
「え? ええ……」
「しかし、ベヒーモス、か――」
……対して二人の若者の反応には、だがいまだ躊躇する感、ありありと含まれていたとはいえ。
◇
そう、そしてそんなアリソンらの不吉な予感は結局見事的中することとなり、
「ウソ?!」
――もちろん心の準備をする暇もなく、あろうことか荒野へ足を踏み入れてから僅か十数分後、皆は突如予想外にもその巨獣たちからとても友好的とは思えぬ手荒い出迎え、受けることとなったのである。




