13.
「フム、面白い。まさに愛し愛される者たちの鏡のような話だな」
「……ええ、その通り。事実ルチアは10年間どんな男とも恋に落ちることなく、ただ一途にゲオルグだけを待っていた。それくらい、彼女の愛はまさに真摯なものだったのだから」
「竜殺しのゲオルグ、か」
はたしていかにも興味深げに声を洩らした赤い竜。しかしそれは同時に、どこか懐かしさの籠もったような、奇妙な響きも持ったものだった。
「そう、その男は確かに悪竜と長きに渡って戦い、そして棲み処だったゲブルの山から追い出すことに成功した。……膨大な時を、その大いなる犠牲として」
すなわち次には、そんな感慨深い言葉すら、零していたのだから。
「? 何だか実際見てきたような言い方ね」
「見てきた、か。……ひょっとしたら、そうなのかもしれんな」
「え、どういうこと?」
そう、知らずアリソンが戸惑ってしまったような。まるで、ある種の謎かけの如く。それくらい、その声音には余りに不可思議なものが籠められていて。
「うむ、お前の言いたいことは充分分かった」
ゆえに束の間、奇妙ともいえる間が両者の間を流れていったのだが。
特に少女に怪訝な顔、示させたまま。
「――そう、確かにファムは一度、アミカの元を離れるべきだな」
「え?」
「娘の愛がはたして本当のものなのか、確かめるためにも」
……しかし次の瞬間、ガルトーダがおもむろに、かつ余りに予想外なことのたまうや、それは一息に破られることとなったのだった。
「それって、どういう……」
当然ながらその一言は、アリソンに大き過ぎる驚愕、与えていた。
「言葉通りの意味だ。ファムを一度、お前たちの元に返すという」
「! で、でも、何で」
むろん同時に湧き上がった惑乱、隠しようもなく。一体この隻眼の竜は何を言っているんだ、と。それが自らの何よりも望んだことだったというのに。
「むろんお前の話に、実に感銘を受けたのだ。まさしく愛の形が様々であることを見事証明した。つまりは常に供にいることだけが、愛情の発現ではないという。……何より、そのファム自身がどうやらかつての主とまた旅をしたいと思っているらしい以上。そうだな?」
だが一方ガルトーダはいかにも納得した風で話を進めていき、いつしか少女は置いてきぼり状態。しかも彼はそこでふいに、自らの背後へそんな声、掛けていたのだ。
「ふ、儂の眼は、ごまかせんぞ」
それもどこか、愉快げに。
「……バレていましたか」
「うむ。お前とは長い付き合いだ。ゆえにその声音だけでも、一体何を考えているか大体分かる。特に何か迷いを持っている時は。――そう、今すぐあのリロイという男の元へ、戻りたいのだろう?」
「その通りです」
そしてそんな言葉を発された当の相手は、もちろんファム。彼は竜の後ろ、そのすぐ傍にアミカ従え、静かに立っていたのである。
「あなたには、隠し事ができませんね」
同時にその面に、諦めのようなもの、現わして。
もう観念したとばかりに。
「儂も正直長く生き過ぎたからな。人の心を読めるくらいには。そう、それゆえ先程あの魔道士にあんなこと言われると、思わず激高してしまったのだ。ある種、お前をここから出させる、かなり危険な言葉だったのだから」
「主従関係の方が、まずは優先される、というあれですね」
「うむ。痛いところを突かれたと思ったよ。なかなか小賢しい真似をしてくるものだ、と」
かくていつしか、実に朗らかな感じで話している両者。何より話の内容の割にガルトーダに少しも怒りの色見えないのが、かなり意外といえば意外であろう。そう、それはすなわち彼としても、この事態は決して悪いものではないと思っていることの確かな証しのはずで。
「だが、それがある意味鍵となったのもまた動かし難い事実。つまりはファム、お前を一時この山から解き放つための。ただし仕事を果たした後は、必ずここへ戻ってくる」
何より、相手に対してそんな力強い一言、放ってきたのを見れば。
こうなった以上、もうその決意を妨げるものは何もない、と。
「アミカ」
……ただし次の瞬間、その瞳はいたわしげにファムの隣、我が娘の方を向いていたものの。
「だから分かってくれるな。お前はまだ幼く、この男の妻となるには早い。そのこともあり、一度ファムはここを離れるが、決して彼を忘れることなく、待ち続けるのだ。その愛がいかに深いかを証明するために」
相変わらず厳粛だったとはいえ、その声音に僅かの苦渋めいたもの、含ませながら。
「……本当に、行っちゃうの?」
娘の方に、茫然としたような声、零させ。
あと少しで、山に本格的な夜が訪れる、そんな冷ややかさ纏い始めた空気の中。
「アミカ様……」
「ああ、そうだ。これはもう決まったことだ。――人には、旅立たねばならぬ時がある」
「旅立つ……」
すると、幼女はその父の厳しくも愛ある言に途端大きな瞳潤ませるも、しかしそれでも何とかこの場で泣くのだけは耐えて、そして最後にファム見つめこう告げたのだった……。
「分かった。父様の言う通り、ファムが帰ってくるまで、待つ」
「! よろしいのですか?」
「うん。必ず帰ってくると約束するなら」
何よりも、その表情は歳に似合わず真剣そのもので。
生まれて初めて、人生の大事な岐路に立ったかのような。
むろん間違った選択などすると、後で必ず大きく後悔する。
ゆえにその声聞くと、ファムはたちまち面優しくし、そしてその場にスッと美しく跪くや、
「分かりました。神に誓います。僕は必ず、この冒険が終わったらあなたの元へ戻ると」
――まさしく正統なる騎士の如く、そんな神聖なる誓い、アリソンはじめ皆の前で厳粛に立てていたのである。
そう、かくてこの瞬間、リロイ第二の家臣はようやく魔道士の元へ帰還することと相成った訳であり。
たとえそれが、期限付きのものだったとしても。
古き主の命に応えて、いざともに戦わんと。
すなわち対するそれがはたして、何であれ。
……いささかも、迷うことなく。
「げ、マジかよ、凄えなあ!」
「やったあ!」
「まったくハラハラさせやがって……」
「アリソン、やったな――」
ゆえにその刹那、件の大岩の陰から再び、あるいは新しく仲間となる四人の男たちが姿現わし、臆面もなくたちまち歓喜と安堵の大騒ぎをし始めると、
「! リロイ様、みんな……」
それ見た途端、薄闇空の下、ファムの顔には感極まった色、はっきりと映し出されていたのだった。




