第2章:第14話『ココアとコーヒー』
藤堂家からの帰り道。電車で来た誠奈人と三木だが、途中まで帰り道が同じなので、最寄り駅まで並んで歩いていた。
「隊長、ありがとう。少しヒントがつかめたと思う」
誠奈人が三木に感謝を述べる。誠奈人は至遠との戦いを経て、もっと強くなりたいと思っていた。そのために、守衛の玄治の助言もあり、自分より強い魔導士と話したいと考えていた。快が模擬戦までやってくれたのは嬉しい誤算だった。
「そうか。副会長から電話が来た時は何事かと思ったがな…タイミングよく快君も捕まって良かったな」
「あの人はやっぱりすごい。戦ってみてわかった」
「神代隊長と双璧を成す、協会トップクラスの魔導士だからな。軽薄な雰囲気から、それを感じさせない時もあるがな」
「神代龍馬隊長。会長の息子にして日本魔導協会最高の魔導士…か。顔を合わせた事は数回しかないんだよな」
「若いのに私以上に多忙だからな。本部で見かける事も少ない」
「仕事できる人ほど忙しい、か」
「彼の場合はその戦闘力によるところが大きいがな。他の魔導士では危険な任務も、彼なら朝飯前にこなしてしまう」
「神代隊長があと二、三人いればな」
「実際、協会では第二第三の神代龍馬が求められている。藤堂副会長も若手の育成について言及していたな」
「相変わらず協会は人手不足か。特に魔導士が」
「事件は増えているが、魔導隊はそう簡単に増員できん。実力の伴わない魔導士を無理に動員するわけにもいかないからな」
「うん、全ての魔導士が戦闘に向いてるわけじゃない」
駅の近くまで来ると、人通りが増えてきた。休日の午後という事もあり、親子連れの姿も散見される。それらを眺めながら、誠奈人は少し眼を伏せて寂しげな表情となる。微かな変化だったが、三木はそれに気付いていた。
「まだ少し早いな。どうだ、ちょうど良いところに喫茶店がある。寄って行かないか」
「…ご馳走様」
「さすがに奢るが、先に言うか? 」
「細かい事は気にしない」
たまたま通り掛かったレトロな雰囲気の喫茶店の扉を開けると、芳しいコーヒーの香りが漂ってきた。学生アルバイトと見られる若い女性店員に案内され、空いているテーブル席に二人は向かい合って座る。三木がメニュー表を開き、パラパラとめくりながら誠奈人に尋ねる。
「何にする? ココアか? 」
甘い物が好きな誠奈人は、飲料も甘い者を好んで飲んでいる。
「この、ソフトクリームが乗ってるココアがいい」
「また可愛らしいものを」
「最近は男子もカワイイものを嗜んだ方が良いと。みーこが言っていた」
「別に構わないが、甘い物の食べ過ぎには気をつけるんだぞ。若いうちから糖尿病になりたくはないだろう」
「…聡太先輩にも、同じ事を言われた」
「それだけ目についているという事だ」
「…善処するよ」
「わたしはアイスコーヒーにしよう。誠奈人はどうする? さっきのでいいか? 」
三木の指摘もあり、数秒の間考えた誠奈人。
「…この、ソフトクリームが乗ったココアで」
三木は苦笑いしてから、先ほどの若い店員に声をかけて注文を伝えた。
「二人になるのは久々だな。昔はよくあったが」
「最近は、莉央奈もいるから。それにもう小さい子供ってわけでもない」
「ふふ、泣いてばかりだった小僧が。大きくなったものだな。まぁ、私から見ればまだまだ子供だがな」
「…自分を大人とまでは思ってないけど、子供扱いしないでくれ」
「子供扱いというのは、馬鹿にしているだけではない。庇護する対象ということだ。赤の他人からはともかく、身近な人間の子供扱いは、もう少し受け入れておくといい」
「そういうものかな」
「そういうものだ。特に誠奈人は背伸びし過ぎるところがある。大人に甘えるのは子供の特権だ。それを悪用するクソガキもいるが、その辺りの分別はあるだろ」
「クソガキではないな。自信がある」
「まぁ、優等生でもないがな」
「育ちが悪いもんでな」
「お爺様が泣くぞ」
「むしろ、あの人にしごかれたせいじゃないか? あのスパルタ教育で行儀の良い大人にはならないと思う」
「それは否定できんな…私も若い頃はあの人に半殺しにされた事が何回あったことか」
「…俺に対してはまだ優しかったのか? 」
「実の孫だからな。さすがに可愛かったのだろう」
「じいさんのエピソードは、誰から効いても碌な話が出てこないよ」
「それでも慕ってたんだろう? 」
「そうだな。博貴さんもそうだろ」
「あぁ。今でも尊敬しているよ。しかし、久しぶりだな。名前で呼ばれるのは」
三木に指摘され、誠奈人はハッとなった。無意識のうちに三木を下の名前で呼んでいたのだ。以前はずっとそう呼んでいたが、最近は専ら「三木隊長」と呼んでいた。
「公私は分けないと行かんと思って、普段は隊長と呼ぶようにしてるんだけどな」
「今は休日だし構わんだろう。それに、たまになら構わないさ。他の者に示しがつく程度にな」
「…そうか。わかった」
ひと息ついたところで、若い女性店員が注文の品を運んできた。
「ソフトアイスココアと、アイスコーヒーでございます。ごゆっくりどうぞ」
グラスに注がれたココアの上には、ココアと同じくらいの質量のソフトクリームが鎮座している。甘い物をこよなく愛する誠奈人も満足な一品だ。三木の頼んだ物は、なんの変哲もないアイスコーヒーだった。ガムシロップとミルク、砂糖が備えられていたが、三木はブラックのまま喉に流し込む。
「そういえば、アイスコーヒーは俺もブラックで飲むな。甘いの好きだけど」
「ブラックにはブラックの良さがある。甘みを入れる人の気持ちはわかるがね。私もたまに入れる」
「さてと、いただきます」
誠奈人は行儀よく両手を合わせて挨拶してから、スプーンを手に取った。ソフトクリームの先端をスプーンですくい、口に運ぶ。
「ふぅ……うまい」
ソフトクリームの甘さと冷たさが口に広がった。風味が口に残っているうちにストローでココアを吸い上げる。ソフトクリームとココアの異なる甘味が口の中で混じり合い、誠奈人は舌鼓を打つ。なんとなく入った喫茶店だったが、味は悪くない。
「俺達も長い付き合いになったな」
「お前にとっては特にそうだろうな。最初に会ったのは7歳か8歳の時だったか…」
「人生の半分くらいはあんたがいたわけだからな。大人から見たらたかだか数年だろうけど」
「いや、私にとっても長い年月だった。色々な事があったからな」
「色々、あったな」
『色々な事』の中に、二年前に袂を分かった親友の久住至遠の事も含まれていると察しはしたが、誠奈人はあえて口には出さなかった。それに、他にも多くの出来事があった。良い事よりも嫌な事の方が多いと感じたが、それも口には出さずに飲み込んだ。
「でも、今の生活は悪くはないと思ってる。魔導士としての実力がついてきたからそう思えるんだろうけど」
「それは何よりだ。ところで、これから先も魔導隊に籍を置くつもりか? 別の進路を考えてはいないのか」
「凛子先生とも、そんな話をした。将来の進路について。今のところ高校を出ても魔導隊でいるつもりだけど」
「じっくり考えるといい。魔導士としての適正は高いと思うが、それ以外の道を選んではいけないわけじゃない」
「でも、他の道はなかなか選び難いな。魔導士の就職活動ってやっぱり大変みたいだし」
「まぁ…な。魔導に関係しない職業は、魔導士にとって狭き門なのは確かだ。日本国民には職業選択の自由というものが与えられているはずなんだがね」
「世知辛いな。そんな世の中をちょっとでも変えられたらいいんだけどな」
「魔導隊が日本国民を守るために戦う事は、きっとそこに繋がるはずだ。一つ一つの功績は小さくとも、その積み重ねがやがて大きな意味を持つようになる」
「自分達の世代でそれが実を結ぶかは分からないけど、未来の魔導士のためにも頑張っておくか」
「私達から見たら学生魔導隊の隊員もそうだ。次世代を担う大切な若者達だよ」
「博貴さんは俺に魔導士を続けてほしいか?
「魔導士でいた方が不自由が少なく生きていけるんじゃないかとは思ってる。私の希望というよりは、客観的事実だな。だが、結局は自分で決める事だ。他者の意見は参考程度に思っておけばいい」
「確かに、そうか」
「ここまでの人生は選べる道も少なかっただろう。だからせめて、これからの道は、選べる選択肢の中から自分が本当に選びたい物を取るといい」
「ありがとう。なんか、大人の言う事ってやっぱり少し違うな。経験がそうさせるんだろうか」
「そうだな。多くの事を選び、間違え…人はそうやって生きていくものだ。そこから何を学んだかが、その人間を構成する重要な要素になる」
「失敗からもちゃんと学ぶってことね」
「むしろ、失敗から学ぶ事の方が多かったかもしれないな。成功する事というのは、だいたい事前に正解が見えている物だからな。なぜ失敗したのか、どうすれば成功できたのか…それを考えた時に私は一番成長を実感していた」
「失敗すること、あったんだな」
「当然だ。産まれてから死ぬまで一度も失敗しない人間などありえない。どんなにカッコつけたヤツでも、必ず多くの失敗をしているものだ」
「そう思うと、少し気が楽になるかな」
「だから何度挫折しようとも、心はいつも強く持て。それが苦手なんだろう? 」
「さすが、よく分かってるな。精神修行が足りてないんだ」
「こればっかりは産まれ持っての性質や環境も関わるからな…産まれつき体の強い者・弱い者がいるのと同じだ。鍛えて伸びはするが、先天的な要素も大きい」
「俺の身近にはメンタルの師匠はいっぱいいるから。参考にしてみる」
思い当たる節が多くて、三木は思わず笑った。それからお互いの注文した飲み物を飲み干した後もしばらく話し込んだ。そこからは何気ない日常会話が多かった。ひとしきり話題が尽きた頃、二人は帰路についた。誠奈人にとっては、今日は来て良かったと心から思える一日だった。




