第2章:第13話『風に舞う魔導士-藤堂快』
広大な敷地を誇る藤堂家。その地下に広々とした空間があった。床は一面フローリングで、手狭な体育館といった内装。それでも個人の邸宅に備えるにしては十分過ぎる広さだった。誠奈人は室内用のシューズを借り受け、紐を縛って履いた。靴のつま先を軽くトントンと床に当てて、足を整える。数メートル先には既に藤堂快が待ち構えていた。
「とりあえず、適当にかかってきな。胸を貸してあげよう! 」
「どうも」
誠奈人は快の軽口を笑いながら流す。
(藤堂快…神代龍馬と双璧を成す、協会最高峰の魔導士の一人。まさか、やり合うチャンスがこんな形でやってくるとは。いろんな事を吸収させてもらうとしよう)
「いつも通りの戦い方でいいよ。気にせず刀も存分に振るってくれ」
「わかりました…行きます」
誠奈人は走りながら、いつものように鍔が無く青白い魔力の直刀を作り出す。快の目前まで迫ったところで瞬時に刀を下げて、勢いよく切り上げる。しかし、刀は快に到達する前に、鈍い金属音を出しながら弾き返された。誠奈人はすぐさま体勢を立て直して刺突を放つが、今度は自身の体が見えない力に押されるように後ろに飛ばされる。なんとか足で踏ん張り、吹き飛ばされる事は防いだ。
(これが、藤堂さんの風の魔導か。刀を防いだのは、風の刃…かまいたちってヤツか)
藤堂快は魔力で風を自在に操る魔導士だ。魔力によって空気を動かし、人為的に風を発生させ、風に魔力を纏わせた攻撃を繰り出す。風や空気を用いた様々な現象を使いこなし、刀を防いだ際は風の刃をかまいたちのように発生させて、ぶつけたていた。誠奈人の体を飛ばしたのはシンプルな突風だ。
(風ってのは目に見えづらい…厄介だな。だが、まずは攻撃あるのみ)
刀を構えて再び距離を詰める誠奈人。それを余裕の笑顔で待ち構える快。誠奈人は幾多の斬撃を放つが、その全てが風の刃で防がれるか、風で軌道をずらされて回避されてしまう。それでも攻略の糸口を求め、頭をフル回転させて次の一手を考えながら攻撃を続ける。
「纏水刀! 」
誠奈人の得意技である纏魔の装。魔力で作り出した物体に別の魔導、今回は水の魔導を纏わせた。刀の軌道に合わせて、放物線を描くように水が発射される。破壊力はさほどないが、快の前方が水に覆われ、視界を奪う。誠奈人は快の側面に周り込み、死角から一太刀入れようと刀を振るうが、その一撃は空を裂いた。捉えたと思っていた快の姿は、誠奈人から見て前方の斜め上、空中にあった。髪をなびかせながら宙に浮かぶその姿を見て、誠奈人は思わず舌打ちをする。ふわふわと滑空すると、やがて地に足を付けた。
(自身の体に風をぶつけて、移動・飛行したか)
「疾風駆。俺は脚じゃなくて風の力を使って移動ができる」
(あれなら本来人体では不可能な動きも可能になる。便利だな…今度やってみよう)
「風は自由な物なんだよ。だから、誰にも俺を捉える事はできない」
「だったら次は…纏伸刀! 」
誠奈人が刀を振り抜くと、刀の切先が伸びたかのように、長大な刃が快に襲い掛かった。刀そのものではなく、刀に纏わせた魔力を刃の形にして、それを長く変形させた。伸ばした魔力はレーザーのように光る刃となって快の頬を掠める。
「言ったそばから、やるね。なかなかのスピードだ。俺が顔を傷付けられたのは久々だよ」
「ナンパに支障がでますね。すいません」
「このくらい、どうってことねーさ! 」
快が頬の傷に軽く手を当てると、その部分が淡い光に包まれ、瞬く間に傷口が塞がった。魔導でできた傷を治す、治癒魔導だ。誠奈人はそのまま纏伸刀を振り回して快を追い立てるが、快はそれを軽やかな身のこなしでかわす。やがて快が魔力の塊を作り出し、半透明な球体となったそれを誠奈人に向けて放った。誠奈人は素早い動きの妨げとなる纏伸刀を解除し、残る刀でこれを打ち払った。しかし、次の瞬間には目の前に快が迫っていた。誠奈人が遠距離攻撃の対処に気を取られた一瞬の隙を突いて、自分の背中で風を受けて一気に加速し、接近した。
(なんてスピードだ! )
「ここまで接近されたら、刀のリーチは意味ないんじゃない? 」
快は拳による素早い連打を繰り出し、誠奈人はそれを腕でなんとかガードする。快の言うとおり、懐まで飛び込まれた今の状況では、いかに細身で小回りの効く形状と言えど、手に持った刀では快のスピードに対応する事ができずにいた。誠奈人はたまらず刀を手放し、肉弾戦に切り替える。日頃の鍛錬の甲斐もあり、刀だけでなく徒手空拳にも自信はあった。刀を捨てた事で身軽になり、快の拳を正確に捌いていく。
「やるじゃん。じゃあちっとだけギアを上げるよん」
快のスピードが上がる。室内なのに辺りには風が吹き、それが快の動きをサポートする。左右へのステップを織り交ぜながら、誠奈人のガードを崩そうと、鋭い打撃が続く。なんとか喰らいつく誠奈人だったが、快の足元に強く風が吹き、その風に乗って横に回転しながら誠奈人の背後に一気に移動する。回転の勢いを乗せた手刀が誠奈人を襲うが、とっさに腕を上げて防御する事に成功する。
「へぇ。やるねっ! 」
間髪入れずに快は誠奈人の脇腹に蹴りを放つ。これは防げなかったが、誠奈人はとっさに蹴りとは反対方向に飛んで、威力を殺した。快はそれも見込んで足から強烈な風圧を放ち、誠奈人の体を吹き飛ばした。巻き上がる風に飛ばされながら誠奈人は床に叩きつけられたが、受け身を取ってすぐさま体勢を立て直した。今度はこちらから仕掛けようと、刀を拾って高く跳躍し、一気に振り下ろす。かなりのスピードだったが、快はこれを難なくかわして裏拳で誠奈人の頬に一撃入れる。一瞬怯んだ隙を突かれ、そのまま快の拳と掌底による乱舞を叩き込まれる誠奈人。最後に振りかぶった掌底を喰らい、後方に吹き飛ばされる。尻餅をつきそうになるが、床に手をついて持ちこたえる。
「あれ、思ったよりこたえてないな。なるほど、腕でのガードは間に合わないとみて、体の前面に魔力を集中させたね? それで俺の魔力を相殺して威力を軽減した。物理的な衝撃までは防げないけど…迅速で繊細な魔力のコントロールだ。すんごいね」
「基礎は得意分野なので」
「感心感心。舐めてたわけじゃないんだけど、正直ここまでやるとは予想以上だ」
「まだまだ、これからです」
「あらそう。じゃ、もっと見せてもらおうかな。君の実力を」
快が右手の人差し指と中指を前に突き出すと、その先端が薄く光り、微かに風が吹くような音がした。その指を素早く横に払うと、ぼんやりと光る透明な何かが誠奈人に向けて飛んで行った。空を裂く鋭い音を聞いて、誠奈人が瞬時に察する。
「空裂刃! 」
(かまいたち…さっきよりもでかい! )
魔力で作り出した三日月型の風の刃。誠奈人はそれに魔力を込めた刀で応じる。防ぐ事には成功したが刀身に深くヒビが入った。
「コイツにヒビが入るのは久々だな…」
「俺の得意技だかんね。刀が粉々にならないだけ立派よ。本気で撃ったら無抵抗な人体を真っ二つにするくらいは訳ない」
「さらっと恐ろしい事言いますね」
「はっはっは。別に本当に試した事あるわけじゃないぜ? 代わりにサンドバッグとか、畳を丸めたやつとかでやったから」
「いや、そこじゃなくて…」
「お、つまりおれの技の威力が高過ぎて恐ろしいって事かな? 人を斬ることは別に普通、と」
「前半はそのとおりですけど後半は言い掛かりです」
「そうかい。じゃあせっかくだから、もう一回その身で味わってもらおかな。風裂刃! 」
(今度は受け切る…いや、打ち勝つ! )
誠奈人が刀に魔力を込める。先ほどの纏水刀等とは違い、魔力を何かに変換するのではなく直接魔力に纏わせる。魔力をシンプルにエネルギーとして活用する事で高い出力を発揮する技。
「纏魔刀! 」
魔力を纏い、倍以上の等身となった刀が快の放った風の刃を呑み込んだ。今度は快の技を打ち破った誠奈人は、そのままの勢いで追撃を仕掛ける。
「なかなかの威力だ。だが、当たらなきゃ意味がないぜ」
快は素早い身のこなしで刀の切先から逃れる。それを予測していたのか、誠奈人は刀に力を込めて叫ぶ。
「裂けろッ!! 」
誠奈人の声に合わせて、刀に纏っている魔力の刃がニ本に枝分かれし、生き物のようにうねりなら快を追尾し始めた。
「そう来たかっ! 」
鋭く伸びた切先が快に迫るが、徐々にその勢いは衰えて行く。
「ここまでだな…空裂刃! 」
快の風の刃を正面から受け、刀を霧散した。
「くっ…はぁっ! はぁっ! 」
激しく魔力を消耗し、一気に誠奈人の息が切れる。
「ふふ。さーて、一旦この辺にしておこうか。」
「はい…ありがとう、ございました」
「いいアイデアだったけど、おしかったね。魔力で作り出した物体を、戦闘中にリアルタイムで形を変えるってのは、かなり無茶な行為だ。高い集中力が必要な緻密な作業だからね。魔力も体力も大きく消耗するし、その割には出来上がった物の強度も下がる」
「そう、です、ね。もうちょっといけるかと思ったんだけど」
「ソレが上手くいけば、武器のサイズや破壊力を適宜変更できるから、どんな相手にも対応しやすくなるってのは間違いないな。ただ、なかなかそう上手くいかないだろうけど」
「素早い相手にも対応しやすいと思ったんですけどね。特に、懐まで飛び込まれるとやっぱり武器を持ってると対応しづらい。その対策としても使えるんじゃないかって」
「方向性はいいんじゃない? あとは、それをどうやって実現するかね。それと、高火力な必殺技に繋げられると、なお良いんだけどなー」
「必殺技、ですか」
「やっぱ、あった方がいいっしょ。必殺技。火力の高さが必要になる時もある。至遠君とやった時も、最後は火力勝負になったんでしょ? 」
「そうですね。先に大怪我してたとはいえ、正面から負けました」
「じゃあ…色んな状況に対応できて、小回りが効いて、必殺の一撃もある。そんな魔導を編み出せると良いねえ」
「我ながら、贅沢ですね」
「いいじゃん贅沢で。そのための材料は、もう君は持ってる。実戦も鍛錬もたくさんやってきたわけだし」
「藤堂さんの魔導も参考になりました。自分なりに考えてみます」
「おう。またいつでも相手するから、行き詰まったら連絡頂戴よ」
「助かります。その時は、是非」
最後に握手を交わして、二人の稽古は終わった。満足気な笑顔を見せた誠奈人は、大きな収穫が得られたようだった。




