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「完結済」婚約破棄されて辺境に追放された悪役令嬢ですが、のんびりカフェを開いたら無愛想辺境伯様に溺愛されています  作者: 夢見叶
第5章 新婚とその後のスローライフ

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番外編1 休日のはずが、今日もカフェはにぎやかです

 その日、私は久しぶりに今日は少しゆっくりしましょうと宣言した。


 宣言したのだけれど。


 リリアナさん! 表の看板、もう本日のおすすめに変えていい?

 マリア、焼き菓子の追加ってあと何段いけます?

 母上ー、ちいさいのがぼくのスプーン取ったー!


 朝から店の中は大騒ぎである。


 暖炉前では、下の子が街の子どもたちに混ざって膝掛けをマントみたいに引きずって走り回り、カウンターの内側では弟子たちがてんてこ舞い。2号店が軌道に乗ったとはいえ、本店が落ち着く日など、そうそうない。


《生活鑑定》

対象:のんびりカフェ店内(開店前)

暖かさ:高め

甘い匂い:上昇中

騒がしさ:かなり高め

休日感:行方不明


(……知ってた)


 心の中だけでため息をつきつつ、私は焼き上がったばかりの小さなパンを籠に移した。


 すると、奥の特等席の方から低い声が飛んでくる。


 無理をするな。今日は休む約束だっただろう


 ディルク様だ。


 今日は珍しく朝から鎧ではなく、黒い厚手のシャツにベスト姿。膝には上の子がちょこんと座っていて、真面目な顔で帳簿を広げている。


 これは、おかねのながれだ

 そうか

 でも、こっちはむずかしい

 それは税だ。難しくて当然だ


 幼い子に朝から何を教えているんですか、この人は。


 思わず笑ってしまうと、ディルク様がこちらを見た。


 笑うな

 いえ。朝から領主教育が早すぎるなと思いまして

 本人が見たいと言った

 父上はすごいのです

 そうか


 真顔で頷く親子を前に、もうだめだった。笑いをこらえきれない。


 上の子は得意げに胸を張り、下の子は暖炉の前からわたしもすごい!と謎の参加をしている。


 平和だ。


 すごく、平和だ。


 婚約破棄されたあの日の私が見たら、たぶん未来の情報量が多すぎると頭を抱えるに違いない。


 母上


 上の子が、帳簿から顔を上げた。


 きょうのおやつは?

 それ、今聞きます?

 たいせつです

 確かに大切だな


 味方しないでください、ディルク様。


 私は肩をすくめ、それでも少しだけ声を潜めた。


 今日は特別に、雪解けパンケーキを焼こうと思っています

 ほんとうに?

 ただし、お昼営業が終わってから。ちゃんと待てた子だけです

 待てます!

 わたしも!

 じゃあ、走って転ばないこと。あと、ノエル君の邪魔をしないこと

 はーい!


 2人そろって元気よく返事をして、そして次の瞬間にはまた暖炉の方へ駆けていく。


 すかさずマリアが回収した。


 こらこら、開店前に靴をぬいだら風邪をひきます! あとお二人とも、今日は待てますじゃなくて待ちなさいです!


 店内に笑いが広がる。


 ディルク様は、その騒ぎを見ながら、ほんの少しだけ目元を和らげた。


 ……悪くないな

 何がです?

 騒がしいのも

 前は静かな方がお好きでしたよね

 今も静かな方が好きだ


 そう言ってから、彼は1拍置いた。


 だが、お前と子どもたちがいる騒がしさは、嫌いじゃない


 不意打ちだった。


 危うく持っていた籠を取り落としかけて、私は慌ててカウンターに置く。


(だからこの人は、たまにさらっと重たいことを言うのよ……!)


 耳が熱い。たぶん少し赤い。


 そんな私を見て、ディルク様は分かりやすく口元を緩めた。


 顔が赤い

 暖炉のせいです

 そうか

 そうです


 絶対に分かって言っている。


 けれど、上の子が母上、あついの?と心配そうに見上げてきたので、私は慌ててしゃがみこんだ。


 大丈夫ですよ。ちょっと暖かいだけです

 父上のせい?

 …………

 …………

 そのへんにしておけ


 ディルク様が咳払いをする。耳がほんの少しだけ赤い。見逃さなかった。


     ◇


 昼営業を終えたころには、外は薄い夕暮れに包まれていた。


 最後のお客さまを見送り、弟子たちが片づけに入り、マリアがさあ約束のおやつですよと宣言した瞬間、子どもたちの歓声が上がる。


 私は厨房で生地を泡立て、温めた鉄板にそっと流した。


 じゅわり、と甘い香りが広がる。


 母上、まだ?

 焼けるまで待ってください

 待ってる

 さっきより近いですね、その待ってる


 振り返ると、下の子が私のエプロンを握り、上の子はディルク様の膝に乗ったまま鉄板を凝視していた。真剣すぎる。


 焼き上がったパンケーキに蜂蜜を垂らし、ベリーのソースを添え、最後に粉砂糖をふわりとかける。雪みたいに白くなった表面を見て、子どもたちが同時にわあと声を上げた。


《生活鑑定》

対象:雪解けパンケーキ

幸福感:かなり高め

ご褒美感:最大

好きな人と食べた時の効果:さらに上昇


(……はいはい、さらに上昇ですね)


 心の中でつっこみながら、皿を運ぶ。


 暖炉の火が揺れる席に並んで座ると、2人の子どもはすぐに頬を甘くして、夢中でパンケーキを頬張り始めた。


 おいしい!

 ふわふわ!


 その向かいで、ディルク様が1口食べる。


 無表情。


 でも分かる。これ、かなり好きな時の顔だ。


 ……どうですか?

 悪くない

 それ最高評価のやつですね

 分かっているなら聞くな


 ぶっきらぼうに返されて、私は笑った。


 暖炉の火の音。

 甘い匂い。

 子どもたちの笑い声。

 長椅子越しにふと触れる肩の熱。


 昔の私は、静かなカフェを夢見ていた。

 疲れても、誰にも邪魔されず、1人で息をつける場所を。


 それも確かに幸せだったと思う。


 でも今の私は、もう知っている。


 1人で落ち着ける静けさだけが、救いじゃない。

 誰かの笑い声が混ざった騒がしさも、ちゃんとあたたかいのだと。


 母上、また作って

 今度はもう少し大きいのがいいです

 欲張りですねえ

 育ち盛りだ

 ディルク様まで


 呆れたふりをしながら、私は笑っていた。


 休日のはずなのに今日も結局ばたばただったけれど、それでも悪くない。


 たぶん、こういう日を幸せと呼ぶのだろう。


 暖炉のそばで頬を寄せ合う家族を見つめながら、私は胸の奥でこっそり頷いた。


(やっぱり、にぎやかな未来も、すごくいい)

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