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83話(戦闘描写あり)


 ずるずると引き摺られて行くケネブをアイーシャは何とも言えない表情で見つめていた。

 王族であるマーベリックの前で醜態を晒してしまった事を恥入り、アイーシャはマーベリックに向き直り、深々と頭を下げる。


「申し訳ございません、殿下。殿下の前でこのような無礼な真似を」

「ルドラン嬢が謝る事ではないだろう? 私は気にしていない。顔を上げてくれ」


 困ったように苦笑い混じりにマーベリックに言われ、アイーシャはおずおずと顔を上げる。

 マーベリックは既にエリシャの方へ視線を向けており、醜く変貌してしまった片腕を蠢かせているエリシャに眉を顰めた。


「拘束を頼みたいが……骨が折れそうか? ウィルバート殿」

「どうでしょう……。姪が無意識に攻撃を繰り出してこなければ、大丈夫かと……。こちらはクォンツ卿もいますしね」

「まあ、そうだな。クォンツとリドルがいれば問題ないか」

「仰る通りかと。では、行ってまいります。アイーシャ、殿下のお傍を離れないようにな」

「はい。気をつけて下さいね、お父様」


 軽く片手を上げ、エリシャの方へ歩いて行くウィルバートの背をアイーシャは見つめる。

 途中、クォンツとリドルと合流して何か話している姿を見ていると、隣に立っていたマーベリックが口を開いた。


「……すまないな。こんな事になってしまって」

「とんでもございません、殿下」

「そうか……ありがとう」


 眉を下げ、申し訳なさそうに笑うマーベリックにアイーシャは違和感を覚えたが、その違和感に首を捻る事しか出来ない。

 そうしている間に、エリシャは、苦しそうな悲鳴を上げた。



◇◆◇


「あぁああああぁ!! 近寄らないで! 近寄らないでよぉぉぉぉぉ!!」

「――ちっ。抵抗するな、エリシャ・ルドラン!」


 痛みに苛まれ、混乱しているエリシャは近付いてくるウィルバートやクォンツを「敵」と認識しているらしく、変貌した腕を大きく振り回し、地面を抉る。

 エリシャの腕は、以前見た合成獣(キメラ)の肌の色のように変色し、青黒くなっている。

 爪の先は鋭い鍵爪のような物がついており、人間の柔い肌など簡単に抉ってしまえそうだ。


 エリシャが抉った地面の土を、四方八方に飛び散らせる。

 視界を遮られたクォンツは、舌打ちをしながらさて、どうやって無力化させようか、と頭を悩ませた。


 クォンツはちらり、とやや後ろにいるウィルバートに視線を向ける。


(できれば、ウィルバート卿には闇魔法を使わずにいてもらいたい、が……ここまで相手が錯乱していると難しいか……?)


 何だか、闇魔法は危険な感じがする――。

 それはクォンツを初め、マーベリックもリドルも感じていた共通の認識。


 ウィルバートと出会った頃。

 初めて会った頃は、ウィルバートの闇魔法も今ほど順応な魔法ではなかった。

 強力な闇魔法を発動する際には時間も要したし、ウィルバート本人の魔力の消費量も著しかったように思える。


(だが、今はどうだ……?)


 闇魔法発動までの時間も初期に比べればかなり短縮されている。

 それが、単純に闇魔法に「慣れた」からであれば懸念や不安は払拭される。

 だが、もし――。


(人道に反した魔法を発動する度に、感情が希薄になって……闇魔法の効力が上がっていくのだとしたら……! これ以上ウィルバート卿に闇魔法を使わせられねえだろ……!)


 時折、ウィルバートが放つぞっとするほど冷たい殺気。

 それは肉親であるケネブに、姪に、義妹であるエリザベートに躊躇いなく向けられていた。


 普段の温厚なウィルバートから、アイーシャに向けられていた温かく優しい眼差しからは想像もつかない程冷たく恐ろしい感情だった。

 その感情を垣間見てしまったクォンツは、先ほど考えたとある仮説をマーベリックとリドルに話した事がある。

 そして、マーベリックやリドルも全く同じような考えをしていたのだ。


 アイーシャに対する態度とその他――味方に対する態度は穏やかで、柔らかい。

 だが、自身が「敵」と認識した相手に対しては感情の抜けた冷たい視線を向け、慈悲も慈愛も全く感じない態度を見せる。


(もし……このまま闇魔法を使い続けて……、最悪の結果になったら。アイーシャ嬢が悲しむ、なんてモンじゃ済まねえだろ……!)


 どうにかウィルバートの手を借りずにエリシャを無力化しようと、クォンツは腰から抜き放った長剣に魔法を付加してエリシャに斬りかかる。


「この腕さえなければ、後はただの人間だろう!? 悪いが斬り落とさせてもらうぞ!」

「――!? いやあああ! 近寄らないで! 近寄らないで!!」


 クォンツの声が聞こえたのだろう。

 エリシャは涙を零しながらクォンツの攻撃から身を守ろうと腕を動かした。

 魔法付加によって斬撃の威力が大きく上がったクォンツの剣を防ごうとエリシャが腕を上げたところで――。

 ギャリっ!!

 と不協和音が耳に届き、次いでエリシャが腕を振った瞬間。


 バキっ

 とクォンツの剣が折れた。


「――は、?」

「クォンツ卿! 避けろ!!」


 クォンツが目の前で折れた剣に目を丸くしていると、後方から焦ったようなウィルバートの叫び声が聞こえた。

 一瞬呆けてしまったクォンツは、ウィルバートの声にも、目前にまで迫っていたエリシャの腕にも反応が遅れてしまい、まともにエリシャの横薙ぎの攻撃を喰らってしまった。


「――っ!」


 ──ぱっ、と血が飛び散る。


 ぱたぱた、とクォンツの頬を掠り、エリシャの鍵爪が肉を抉った。

 掠っただけにも関わらず、深く肉を抉られた感触に、クォンツは悔し気に呻いた。


「お、おいクォンツ! 大丈夫か!?」

「クォンツ卿! すまない、私が防げていれば……!」


 離れた場所にいたリドルとウィルバートが焦った様子で駆け寄ってくる。

 クォンツは油断した自分自身に小さく舌打ちをした。


「大丈夫だ、リドル。ちくしょう、油断した。エリシャ・ルドランのあの腕……なんだあれは……硬化の魔法を纏ってやがる」

「ますます化け物じみてるね」

「クォンツ卿の剣で斬り落とせないのならば、私があの腕を消失させようか」

「いえ、大丈夫ですウィルバート卿。リドル、お前の剣を貸せ」


 いいけど、と言いつつクォンツに自分の剣を渡すリドル。

 クォンツの傷付いた姿を見て、苦しそうに顔を歪ませたウィルバートはどうしたものか、とエリシャに顔を向けた。


「ウィルバート卿。闇魔法は万が一の時のために残しておいてください。……腕しか合成獣(キメラ)に変貌していない人間を拘束すらできないようじゃあ、アイーシャ嬢に笑われてしまうかもなんで」

「……そうだな。私も私より頼もしい男じゃないとアイーシャを任せられないと思っているしな」

「――ははっ、冗談。ウィルバート卿より頼もしい男なんて、この世にいるんですか」


 軽口を叩き合いつつ、簡単に止血だけ済ませたクォンツは、リドルに「援護を頼む」とだけ告げて再びエリシャに向かって駆け出した。


 痛い、痛い。助けて、お母様お父様。と泣き続けるエリシャに向かって、クォンツは雷魔法を発動した。


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